第13話 作った人
近くの島に知り合いの碧瞳族が住んでいるのでそこに向かう、とスヴェンが次の目的地を決めた。
「その人がこのバンダナの製作者。発熱した時の温度の調整をしてもらいたいのよね」
髪留めがわりにしている自身のバンダナを指差し、マイリが補足した。
「っていうか、当初の目的地はそこだったろ。イリンザー島はミスって向かっただけで」
「でも、おかげで僕は助かりました。さっそく違う種族の島ですか。楽しみですね」
ルイの真っ当な突っ込みに、リアムは子どものように無邪気な笑顔を浮かべている。
「お前の島と違ってかなり田舎だ。ソエジュ島の奴の住んでいるあたりは、ほとんど人がいない」
「だから、目の色を誤魔化さなくてすむのよ」
スヴェンとマイリの知り合いの碧瞳族。こいつらは空賊になる前から知り合いだったのか……? とルイは首を傾げた。他種族同士の交流は禁止されている。どう知り合うのだ。
「その碧瞳族の方も、この空賊の一員ということですか?」
「まあ、そうね! 島常駐の仲間よ」
それって空賊か? とマイリの島常駐という言葉にルイは疑問を持ったが、とにかく空賊という枠で仲間になっているのならば、種族が違うのも納得だと一人小さく頷いた。
船後方に立つルイ。スヴェン、マイリ、リアムはもたつきながら危なっかしく帆を畳む。風向き、風速、ともに良好。ルイは舵輪の横の操縦桿を握り、目的地を見定めゆっくりと引いていく。船底に埋め込まれた浮遊石の浮力が落ち、地面が迫る。
ルイは緑の絨毯広がる原っぱに立つ、数本の木の陰に船を着陸させた。甲板にいる者誰一人よろめき倒れるなんてことは起きなかった。
「どこかで習ったのか? 碧瞳族といえど、初めてでここまで上手くいくとは思えないが」
スヴェンの不思議そうな顔を見て、ルイはしまったと思った。
「前に気のいい商人に操縦させてもらったことがあるんだよ」
といい加減な嘘をついた。信じたのかそうでないのか、スヴェンの表情からは何も読み取れなかった。本当のことはまだ言えない。
スヴェンの言った通りソエジュ島は絵に描いたような田舎だった。船を泊めた場所から少し行くと、舗装されていない土がむき出しの道が伸びている。周辺には人家は見えず、両側に麦畑が広がっていた。風に揺られるまだ青い麦。鼻孔を抜けるみどりの風。ルイは故郷を思い出した。
目的の家は、そんな麦畑の中にぽつんとあった。確かに他の人には会いそうになかった。何の変哲もない石造りの二階建て。生垣で囲まれた土地の中に、もう一つこちらも石造りの倉庫のような建物が見えた。
つるつるとした石の表札には〈ジェイ・フェアクロフ〉と刻まれており、その下の即席であろう木製の表札には〈ラナ・クロフト〉とあった。
「あ、助手の子がいるならまずいわね」
マイリは色眼鏡をかける。スヴェンとリアムも右に倣う。木製の門をためらいなく押し開け、マイリが玄関の呼び鈴を鳴らした。
何か大きなものが倒れる重たい音と、ガラスかなにかが割れる危なっかしい音がした。しばらくすると白衣で眼鏡をかけた女性が出てきた。
「はい、フェアクロフ研究所です!」
低い位置で二つに結んだ黒髪は、ところどころほつれている。碧い瞳を抱く目の下には隈があった。
「ジェイに用事があってきたんだけど『マイリが来た』って伝えてもらえる?」
マイリの言葉にわかりました、と返事をして家の奥へ向かおうとする女性は、スリッパを玄関の段差にひっかけて転んだ。
「大丈夫ですか?」
すかさず手を差し伸べるところは、さすがリアムである。すみません、と手を借りて女性は立ち上がった。
「ラナ、もういい。あとは私が対応する。上で先ほどのデータをまとめておいてくれ」
廊下の奥から男性が出てきた。窓から差し込む日に輝く銀髪。ラナと同じ白衣を着て、右目にモノクルを付けている。碧い瞳には疲れがたまっているようだった。雰囲気が少しスヴェンに似ている、とルイは思った。
「ジェイ! 久しぶりね。元気?」
マイリの弾む声とは対照的に、ジェイはほとんど表情を変えず「ああ。久しぶりだな」と短く答え、ルイ達を家の中へ案内した。
応接室と思われる部屋へルイたちは通された。ローテーブルを挟んで三人掛けのソファが二つ置かれている。扉から見て奥のソファにルイ、リアム、スヴェンが座った。向かいにジェイとマイリ。
「仲間集めは順調なようだな」
ジェイはルイとリアムに目をやった。詳細に観察し、記憶にとどめる作業をしているかのようだった。一見冷徹な態度に見えるが、その視線には好奇心や親しみのようなものが含まれているようにルイは感じた。
「新しく仲間になった、天才狙撃手のルイと……」
「……スタイナー」
ルイはフルネームを伝えてほしく、強引に口をはさんだ。マイリは訂正して続けた。
「そう、ルイ・スタイナーとレディファースト精神の芯の強い王子のリアムよ。こっちは今世紀最大の頭脳を持つ科学者のジェイよ」
マイリが大げさな他己紹介をした。笑顔の彼女は自分がつけた肩書を寸分も疑っていないようだった。ジェイが咳ばらいをし、何か言おうとしたがやめ、おもむろに立ち上がると応接室のドアを開けた。
「ああ、博士。ありがとうございます」
人数分のお茶の入ったカップを乗せたお盆を持ったラナが、ドアの目の前に立っていた。中に入ろうとしたが躓きよろめいた。お茶が少しこぼれ、ジェイの白衣に染みができた。
「すみません!」
「大丈夫だ。あとは私がやるから、気にするな」
そう言ってジェイはお盆を受け取った。ラナは申し訳なさそうに扉を閉めた。
「彼女は優秀なんだが、そそっかしいところが玉に瑕でな……」
ジェイは表情を変えないで一口お茶を飲んだ。スヴェンが口を開いた。
「まだ、あの研究を続けているのか?」
「……そうだ」
ジェイの言葉を聞くと、スヴェンはふんっと鼻をならしお茶を一口も飲まず部屋を出て行った。扉を閉めた勢いで、部屋が揺れた。
マイリとジェイはため息をついた。
「うーん、やっぱりまだダメか」
「悪いな。スヴェンは私のことが嫌いなんだ」
いつも見ない感情的なスヴェンに目を丸くするルイに、ジェイが言った。
「前は仲良しだったんだけどね。スヴェンはいつまでも意地を張ってなきゃいいのに」
マイリはそう言ってお茶を飲んだ。
「で、用事があって来たのだろう?」
毎度のことなのか、スヴェンが嵐のように去っていったのに、ジェイは平然としている。マイリがバンダナが熱すぎるので、温度を下げてほしいと伝えた。
「わかった。発熱時の温度を調整しよう。すべて預かる」
ルイたちはバンダナをジェイに預けた。自分が詮索されたくないくせに、この家族のようにも見えるスヴェン、マイリ、ジェイの三人の関係がルイはどうしても気になってしまった。




