第11話 無関係
空賊船は先程までルイたちが歩いていた大通りに着陸しようとしているようだった。もう地面に船の底が着きそうだ。道の反対側の路地に隠れた紫苑から、ハンドサインが送られる。
『隙を見て迎撃』
ルイは了解のハンドサインを返しつつ直ぐ側のケイリーに命令を伝えた。
「あのくらいの感じなら、私は出なくても良いよねぇ」
「……命令ですので、一応準備を」
ケイリーは戦闘は得意ではない。たいてい一番後ろで隠れている。航空士なので仕方ないとはいえ、一応軍所属で一通りの戦闘訓練は受けているのだからそこは頑張ってほしい、とルイは心の中でため息をついた。
「君は真面目な男だねぇ」
ルイの心中を知ってか知らずか、ケイリーはあからさまに嫌そうな顔をしながら、首からぶら下げている陣の描かれた金属のタグをジャラジャラと取り出した。
空賊船は標準的な大きさだ。乗組員は多くて三十人くらいだろう、とルイは推察した。ケイリーの言った通り、並の空賊でこの規模ならばこの部隊の誰か二人がいれば事足りる。しかし、念には念を入れるべきだ。人数不利なこちらとしては、不意打ちを狙いたい。
「ウフフッ! おいでなさい、私の獲物ちゃん」
思い描いていた定石を見事に裏切る動きをしたのはビアンカだ。一般的なサイズより一回り大きな斧を持ち、笑みを浮かべて通りのど真ん中に立った。空賊の真正面だ。船は着陸寸前。
「空軍だ! ぶち殺せっ!」
空賊たちの敵意むき出しの怒号。銃声が響く。こらえきれず大きなため息をつきつつ、ルイは敵の死角になるよう素早く民家の屋根に上がり狙撃ポイントを決めた。ビアンカが撃たれる前に敵の狙撃手を倒したい。
「おい! どうした……」
「なんだ!? 後ろ……」
リボルバーが回り、短く散る火花。ビアンカに気を取られていた空賊達は、ルイの狙撃に気づくのが遅れバタバタと倒れていく。大通りを挟んで反対側からは雷光が走り、空賊たちを痺れさせる。ルイは目の端で、屋根上に身を潜める洋の姿を確認した。
慌てふためいた空賊たちの雑な銃撃を軽く躱し、ビアンカは素早く船に駆け上がる。
「ビアンカ、加減を考えろ! 尋問したい」
紫苑がビアンカに続き愛刀の二本の小太刀を抜きながら叫んだ。
「わかってるわよ、隊長」
そう言いながら満面の笑みで斧を振り下ろす。切られた空賊がうめき声とともに倒れる。ビアンカは恍惚の表情だ。……そう、彼女は好きなのだ。
以前なぜ空軍に入隊したのかという話題になった際、彼女はこう言っていた。
「医療従事者がいいかなぁって思ったのよ。でもね、やってみて気づいちゃった。病院ってどちらかというと止める側なのよね、血」
そう、彼女が愛してやまないのは人の鮮血だった。合法的にもっと血を見る方法はないだろうかと考えた結果、空軍に入隊したのだそうだ。そんな彼女なので、戦いのあとは尋常ではない量の返り血を浴びているし、敵の有様はそれは悲惨だった。
船の上が静かになってきた。動く影も殆ど見えない。ルイは屋根を駆けて移動し、空賊船の甲板に跳び乗った。
「黒幕は?」
「いないいない! 俺達だけだ……!」
紫苑に刀を突きつけられ、尻餅をついたまま船長と見られる男が後退りする。ビアンカは船縁に座っていた。紫苑と船長との他に動くもののない甲板を見渡しつつ、血の滴る顔に満足げな笑みを浮かべタバコを吸っている。ルイは構えていた銃を腰のホルスターに収めた。もう必要ないだろう。
「では、なぜ『マスク空賊団』と名乗る?」
紫苑は船長の手の甲にサクッと刀を刺した。
「うあぁぁぁ……!」
「早く答えろ!」
紫苑は基本的にどんなときでも仏頂面をしている。誰かにお礼を言われても、貶されても、大きく表情が動くことはない。しかし、今、ほとんど叫ぶように尋問する彼女の額には血管が浮かび上がっていた。つり上がった目元からは、激しい怒りが容易に読み取れた。
「お、俺の名前だ……。俺はディノン・マスクってんだ」
「『仮面の空賊』とは無関係か?」
「か、関係ない! そんな奴、知らない……!」
男は嘘はついてなさそうだった。紫苑は男の手から刀を抜き、着いた血を振り払い鞘に納めた。男は血の流れる手をもう一方の手で強く握り涙を流していた。
「ルイ、掃除班に連絡しろ。ビアンカ、こいつは殺さず縛っておけ」
「了」
「あら……残念」
ビアンカはきっと、もう一血飛沫期待していたのだろう。ルイは掃除班に郵便鳥を飛ばすため、空賊船からとび降りた。掃除班とは、空軍作戦部内の戦闘の後片付け担当の者たちのことだ。空賊どもの司法機関への引き渡しや空賊船の撤去などを行う。
「おーい! もう片付いたのか!?」
頭上から声がし、ルイは目を細めながら空を見上げた。応援の巡回船が到着したようだ。
「げ……ビアンカが戦ったのか」
「人間性はともかく……強いよな、この隊」
船上での会話が聞こえていただろうが、紫苑はそれには反応せず通常業務に戻るよう伝えた。
まあ、確かに……とルイは心の中で応援に来た隊員たちの言葉に納得していた。自分も人のことを言える立場ではないが、この巡回部隊のメンバーは一癖も二癖もある。ただ、ルイにとってはさしたる問題ではなかった。寝食心配なく様々な島に行くことができる、目的のためにはそれで十分だった。




