85.狂気と呪いの底で2
御形 御影が死んでいた。
頭部と首が切り離され、尚かつその頭部には幾つも穴が穿たれている。
「これは……」
狼狽える竜一に対し、茜は即座に声を上げた。
「竜一! とにかく皆に知らせよう!」
そうだ。茜の言う通りだ。
まずはこの事実を他の者と共有する必要がある。
「分かった!」
この地下は携帯電話での通話が出来ない。
そのため、二人は部屋から飛び出した。
目的地は会議室。きっと誰かが居るはずだ。
「嘘……だろ……」
竜一は目を見開き、そう呟いた。
部屋を出た二人の目に飛び込んできたもの、それは複数の人だった。
しかし、その者達は明らかに正常ではなかった。
赤い瞳には殺意を漲らせ、口から涎を垂らしながら犬歯を剥き出しにしている。
その姿は、ホテル・ヒュペリオンで目撃した亡者そのもの。
「なんで亡者がここに……」
困惑する竜一に対し、茜は冷静だった。
「不味いことが起きてるね。でも私達のやることは変わらないよ。早く皆と合流しなきゃ」
「そ、そうだね。その通りだ」
二人は通路を走り出した。
迫りくる亡者を最小限の動きで捌きながら駆け抜ける。
「しつこい!」
茜が背後から迫る亡者に回し蹴りを放った。
茜のつま先が亡者の顎に命中。
亡者の下顎は潰れ、亡者は吹き飛んだ。
容赦のない茜を横目で見ながら、竜一は前方に立ち塞がる亡者へタックルをかました。
亡者は複数の亡者を巻き込みながら床を転がり、その隙に竜一と茜は前へと突き進む。
そして曲がり角を右に曲がった時、竜一は驚愕した。
前方に亡者。
今やこの地下施設には亡者が溢れている。
前方にて蔓延る亡者の数は、竜一の想像を遥かに凌駕していた。
通路が埋め尽くされるほどの大量の亡者。
流石にこの数を捌くのは無理だ。
竜一と茜はお互いの顔を見合わせた。
どうする? 正面突破は不可能だ。
ならば戻るか?
すぐに判断しなければならない。夥しい数の亡者が前方から迫ってくる。
後方の亡者の数ならば、まだ対処可能。
しかし、後方に戻ったとて会議室には辿り着けない。
「竜一! やろう!」
茜は前方を睨みつけて構える。
その表情からは、茜の覚悟が垣間見える。
茜は鬼神の力を開放するつもりだ。
鬼神の力を使えば、前方の亡者どもを蹴散らせるだろう。
「分かった!」
竜一も覚悟を決めた。
力を開放し、一気にかたをつける。
そう決心し、己の奥に眠る力の源に意識を向ける。
その時、予想外の事態が起こった。
竜一と茜の足元の床が、一瞬にして崩れ落ちた。
「え?」
竜一は突然の出来事に頭が真っ白になった。
そして、何も出来ぬまま落下。
流石の茜も顔に驚愕の色を滲ませ、為す術もなく重力に引っ張られた。
そのまま二人は地下深くへと落ちて行った。
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落下した先には、広い空間が広がっていた。
縦横五十メートル程度の広さだろうか。
白い壁に白い床。物は一切ない。
無機質で寒々しい空間だ。
「竜一、無事?」
「うん、問題ない」
滞空時間から考えて、ここは地下深くに存在するエリアだろう。
随分と高所から落ちたものだが、竜一と茜の肉体ならば怪我の心配はない。
竜一と茜は周囲を警戒する。
静かだった。何の音もない。何も起きない。
しばらくして茜が声を上げた。
「どうしようか?」
「うん……何も起きないみたいだし、脱出しよう」
見たところ出入口は無さそうだが、それならば作るしかない。
壁を無理やり破壊する。それしかなさそうだ。
「分かった。私に任せて」
そう言って、茜は肩を回して壁際へと歩き出した。
その時、正面の壁の一部が上にスライドした。
スライドした壁の先に、階段が存在した。
階段は上に続いている。
壁は独りでにスライドした。
竜一の警戒心が跳ね上がるが、それ以上は何も起きなかった。
ならば、ここに居ても仕方がない。
危険を承知であの階段を駆け上がるしかないだろう。
「茜、行こうか」
「うん、行こう」
二人は歩き出した。
竜一が茜の前を歩く。
そのまま進むが、しばらくして竜一は足を止めた。
止まらざるを得なかった。
何故なら、茜に右腕を引っ張られたから。
「茜?」
竜一は疑問に思い、茜の顔を見つめる。
しかし、茜は何も答えなかった。
茜は前を見据え固まっている。
五秒ほど静寂が流れた時、ようやく茜が口を開いた。
「来るよ」
「来る?」
その時、竜一にも聞こえた。
反響する誰かの足音。
その足音は、少しづつ大きくなっていく。
誰かが階段を下って、こちらに近付いてくる。
そして、その人物は竜一と茜の前に現れた。
優し気な笑みを携えて、気品を放ちながら近づいてくるその女は、竜一と茜の宿敵といえる存在。
「菖蒲さん……」
現れたのは菖蒲だった。
思いつく限りの中で最悪に類する状況が起きている。
今、この施設には亡者達が溢れている。
菖蒲がそれに関わっていない筈がない。
予想はしていたことだが、菖蒲の登場でそれが確信に変わった。
菖蒲は竜一の方へ顔を向け、優し気に笑った。
「御機嫌よう、泉谷君。また会えてうれしいわ」
「菖蒲さん、何を考えているんですか?」
「あら、泉谷君も随分とせっかちね。まずは世間話でもどうかしら?」
「ふざけているんですか?」
「まさか、ふざけてなんかないわ。私は大真面目よ。私は泉谷君とお話ししたい。これは本心よ」
竜一は首を振って答えた。
「俺には理解出来ません。菖蒲さんが何を考え、何をしようとしているのか。それが分からない以上、俺は貴方に気を許すことはありません」
「冷たいわね。私の考えていることなんて単純よ。泉谷君、貴方が欲しい、それだけよ」
「なっ……」
閉口する竜一。ここでようやく茜が口を開いた。
「お姉ちゃん、前にも言わなかったっけ? それだけは―――許さない」
そう言い終わると同時に、茜の体に変化が起きた。
茜の周囲の大気が弾け飛び、
直後、茜の皮膚が赤く染まり、瞳が朱色に変化。
茜の体内から無尽蔵ともいえる力が溢れだし、茜は鬼神と化した。
「あらら。茜、貴方もせっかちねえ。実の姉と久しぶりに会ったっていうのに、会話する気もないの?」
「それはこっちの台詞だよ」
首を傾げる菖蒲に対して茜は続ける。
「わざわざ私の前に姿を現したってことはさ、私に勝つ自信があるってことだよね? つまり、はなから私と会話する気なんてなく、私とやり合いたいんでしょ?」
「はぁ……。随分と生意気な口を利くようになっちゃって、姉として悲しいわ。でも、まあ―――その通りよ」
菖蒲の身に変化が起きた。
烈風が吹き荒れ、その後、茜同様に皮膚が赤く染まり、瞳が朱色に変化。
しかし、茜と違い、菖蒲は尚も変化を続ける。
菖蒲の背中が大きく隆起した。その後、背中を突き破り、異形の脚が現れた。
それは、巨大な蜘蛛の脚。漆黒で硬質のその脚は、紛れもなく斯貴家に由来するもの。
菖蒲は元来備わっている朽葉家の力と、新たに手に入れた斯貴家の力を発動した。
巨大な力を手に入れた菖蒲は、笑みを深めて言う。
「うふっ、まだよ」
変化が起きたのは菖蒲の両腕だった。
両腕に桜色の線が浮かび上がった。
その桜色の線から、何十という数の棘が出現。
菖蒲の身に起きた変化を目撃し、竜一は細い声で呟いた。
「菖蒲さん……その力は……」
「うふふっ。今、私には三つの純粋種の力が宿っている。さあ、やりましょうか? 茜」
茜は大きな溜息を吐いて返答した。
「そうだね。それしかなさそうだね」
戦う意志を示す茜に、竜一は声をかけた。
「あ、茜。あれは不味い。一緒に戦おう。二人で力を合わせれば―――」
「いいや、竜一。私一人でやる」
「な、なに言ってるんだよ!?」
「お願い。一人でやらせて」
「茜……」
茜の意志は固い。茜はこの場で姉との因縁を断ち切るつもりのようだ。
茜の気持ちは分かる。だけど、一人で戦わせていいのか?
「でも俺は……」
「竜一」
苦悩する竜一に茜は言う。
「私のことを見てて。竜一が見ててくれるのなら、絶対に負けないから」
気持ちの良い笑顔で茜はそう言った。
この時、竜一の脳内に立ち込める靄が晴れた。
「ハハッ、すごい自信だね」
「勿論!」
竜一は観念した。いや、茜を信じることにした。
「分かったよ、見てるから」
「うん!」
そして、菖蒲の呆れるような声が聞こえた。
「……貴方達、相変わらずのようね」
「まあね」
「でもいいのかしら? 茜。貴方一人で今の私に勝てるの?」
「勝てるよ」
「あら、すごい自信ね。その自信はどこからくるのかしら?」
「だって、私が勝ちたいと思った時に、私、お姉ちゃんに負けたことないし」
「……」
「だから、今回も勝たせてもらうね」
「茜」
「ん? なに?」
「そういうところ、ほんっとうに―――大っ嫌い!」
「そう? 私はお姉ちゃんのこと嫌いじゃないよ。今でもね」
茜と菖蒲は同時に動き出した。
姉と妹の喧嘩が始まる。




