84.狂気と呪いの底で1
御形家の屋敷地下、とある通路にて。
白い床に白い壁。細長い通路に茜は居た。
茜は右拳の側面を軽く壁に打ち付けた。
ほんの少し小突いただけ。
そのつもりだったが、思った以上に力が入ってしまった。
白い壁はひび割れ、破片が床に飛び散った。
しまった、と思ったが、それよりも怒りの感情の方が強かった。
御形 御影の無機質な表情が頭にちらつく。
「ふざけるな!」
湧き上がる怒りを拳に乗せて、再び右拳を振り上げた。
「茜」
突然名前を呼ばれ、振り上げた右拳が静止する。
茜は声の方へ顔を向け、弱々しい声を発した。
「竜一……」
竜一は茜に近付いて、軽く肩に触れた。
茜は竜一の瞳を覗き込んだ。
それだけで理解した。
竜一の瞳には確かな怒りが宿っている。
竜一も自分と同じように憤っていることを理解し、茜は少しだけ冷静になることが出来た。
茜はポツリと言う。
「悔しい……よね」
「うん」
「竜一、私が悔しいのはね、勿論、御形 御影のあの態度のこともあるけど、何よりも自分に対してなの」
「自分に……?」
「美桜ちゃんはさ、ずっと嫌だったんだよ。巫女の務めを全うすることが。自分を失ってしまうことが。だから、逃げ出したんだ。でもそんな風には見えなかった。笑顔の裏でずっと我慢していたんだ。でも、それに気付けなかった。美桜ちゃんのこと妹扱いなんかしてさ……私にはそんな資格なんてなかったんだ……」
「いいや、それは違うよ」
「え?」
「御形さんとは深い付き合いとは言えないけど、それでも俺には分かる。御形さんは強い子だよ。自分の運命と向き合い、それを受け入れていた。俺にはそう感じる」
「でも……それじゃあどうして居なくなっちゃったの?」
「うん。そこが分からない。いや、思いつくことは一つしかない。菖蒲さんだ。菖蒲さんが言葉巧みに御形さんを唆したんだ」
「お姉ちゃんが……」
竜一は茜の両手を握りしめ、茜に言う。
「ごめんね、茜。辛いことを言ってしまって。でも、目を背けては駄目なんだ。だから、俺は戦うよ」
茜はゆっくりと頷いた。
「竜一の言う通りだね。もう逃げない。そう誓ったはずなのにね……」
「大丈夫だよ。俺が付いてる」
「ありがとう……」
茜は両腕を竜一の背中に回した。
竜一も茜を受け入れ、両腕で茜を包み込む。
そのまましばらく、時が流れた。
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御形家地下での会議は、二回に分けて行われる予定だ。
一回目は終了。二回目は午後から開始。
竜一と茜は午後の会議に参加するため、通路を歩いていた。
気持ち速足で通路を進む。
そして、足が止まった。
「ちょっと時間があるし、探索していこうか?」
突然の茜の提案。
数時間前の怒りの感情は収まり、今は元来備わっている好奇心が茜を突き動かしていた。
この気持ちの切り替えの早さ。
これは茜の長所だ。少なくとも竜一はそう思っている。
竜一は少し頭を悩ましたが、せっかく気分を持ち上げた茜を否定することを躊躇ってしまう。
やれやれと頭を掻いて、竜一は言う。
「常識の範囲でね」
「やった!」
飛び跳ねて喜びを表現する茜。
茜は竜一の腕を引いて進み始めた。
探索、といっても地下施設は殆どの場所がロックされていた。
流石の茜も、扉を破壊して内部に侵入することはしない。
故に、迷路のように入り組んだ通路を歩き回る形になってしまう。
「なーんだ、つまんないの」
「ハハ……しょうがないよ」
竜一は愛想笑いをしてそう返し、会議室に向かうことを茜に提案しようとした。
その時、茜は人差し指を通路の奥に向けた。
「あそこはまだ確認してない!」
そう言って竜一の腕を引いて走り出した。
「あ、茜! そろそろ会議室に向かわなきゃ!」
「分かってる! あそこが最後!」
やれやれ……。
と心の中で呟いて、竜一は茜に身をゆだねた。
通路の奥にある扉の前まで辿り着き、竜一は声を上げた。
「ここが最後だからね」
「分かってる、分かってる」
まあ、ここもロックされているだろう。
竜一はそう思い、茜の背後からスライド式の扉を見つめた。
茜は扉の取っ手に手をかけた。
そして右にスライドする。
竜一の予想に反して、扉は開いた。
この扉はロックが掛かっていないらしい。
最後の最後に運が味方するが、これはこれで困った。
このまま部屋に入って大丈夫か?
ここは人様の土地。今まで茜の好きにさせていたのは、結局は扉が解放されることはなかったから。
主の許可なく部屋に入って大丈夫だろうか?
いや、常識で考えて大丈夫なわけがない。
「茜、やっぱり部屋に勝手に入るのは不味いよ」
竜一がそう諫めるが、茜は無反応だった。
「茜?」
茜は真っ暗な部屋を見つめている。
電気が点いていないので、部屋の様子がよく分からない。
「えっと……茜、どうしたの?」
「竜一、覚悟した方がいいかも」
「覚悟?」
茜はそれ以上は何も言わず、前に進みだした。
「あ、ちょっと、茜!」
どんどん前に進む茜。
竜一は仕方なく茜の後を追う。
暗くてよく見えないが、部屋には物が殆ど置かれてなかった。
歩みを妨げるものはない。
そしてその時、竜一は違和感を感じた。
なにか、粘り気のある液体を踏んだ。そんな気がした。
「ん? 何だ?」
しゃがみ込んで、指先でその液体に触れた。
指先に液体が粘りつく感触。
そのまま鼻先へと指を近づける。
「これは……」
すぐに分かった。
裏の世界に踏み入って、散々嗅いできた臭いだったから。
独特の金属臭。悪臭ともいえる、不愉快な臭い。
「血だ」
大量の血液が床に付着している。
「竜一、こっち」
茜にそう呼ばれ、竜一は前に進む。
茜の元まで近づき、竜一は絶句した。
暗闇の中でも分かる。
闇の中で静かに横たわる人影。
死体。
頭にその単語が浮かぶが、まだ断定出来ない。
「あの! 大丈夫ですか!」
竜一は横たわる人物に向かってそう声を掛けた。
「竜一、無駄だよ」
茜の冷めた声が聞こえた。
「無駄?」
「うん。だって、この人……首がないから」
「え……」
その瞬間、部屋の明かりがついた。茜が電気のスイッチを見つけ、それを押したのだ。
眩い光に目がくらむ。
竜一は目を細め、横わたる人物を確認。
「嘘だろ……」
茜の言う通り、その死体には首がなかった。
目を見開き、言葉を失う竜一に茜は声をかけた。
「竜一、あれ」
竜一は茜が指し示す方へ視線を向けた。
この部屋の奥、オフィスデスクの上に、あるものが置かれていた。
それは最近になって目にするようになったものだった。
というより、つい数時間前にも見たものだ。
白い肌の老婆。御形 御影の頭部がデスクの上に置かれていた。




