83.巫女について
竜一は、山吹壮自室に戻っていた。
どうやってこの部屋まで戻ってきたのか、まったく覚えていない。
精神的なダメ―ジは計り知れないほどに大きい。
仰向けに寝そべって、天井をボーッと見つめる。
嫌な記憶を頭から追い出そうと努めるが、無理だった。
思い出すのは、先程の菖蒲と美桜の姿。
竜一のことを拒絶し、菖蒲と共にいくと宣言した美桜。
何故だ? 何故なんだ?
ただひたすらに疑問が頭に溢れる。
その時、ちゃぶ台の上に置かれた携帯電話が震え始めた。
電話に出る気にはなれず放置した。
しかし、携帯電話はその後も震え続けた。
竜一は大きな溜息を吐いて、状態を起こした。
そして、携帯電話に手を伸ばした。
「もしもし、聞こえる!?」
「あ、茜……?」
電話を掛けてきたのは茜だった。
いつになく、真剣な口調の茜に竜一は戸惑った。
「竜一、私もさっき知ったんだけど……ごめん、私って裏の事情に疎いから、さっきお父さんから聞いて……それで……」
「お、落ち着いて茜、一体どうしたの?」
「う、うん……美桜ちゃんはどうしてる?」
竜一は言葉が出てこなかった。
美桜はもう居ない。菖蒲と共にどこかへ行ってしまった。
そして竜一は今更気付いた。
そうだ、呆けている場合ではない。
早くこのことを純粋種の家系の者に報告するべきだったのだ。
竜一は茜に話をした。先程の菖蒲と美桜の行動を。
見たままを全て。
「うそ……」
絶句する茜。
茜はその後、ポツリと呟いた。
「でも……そうか。美桜ちゃんは選んだんだね……」
「どういうこと?」
「うん。竜一、落ち着いて聞いてね。というか、覚悟はある?」
「覚悟?」
「私が今からする話は、決して気持ちのいい話なんかじゃない。とてもおぞましくて、嫌悪感を感じるような……そういう話」
「……それは、御形 美桜さんに関わることなんだね?」
「そう」
「教えてくれ」
竜一の覚悟を聞いて、茜は深呼吸し言葉を返した。
「分かった」
それから茜は話し始めた。
純粋種の家系である御形家は、純粋種の中でも特殊な家系である。
その特殊性は御形家当主の存在に集約されている。
御形家現当主の御形 御影の外見は白い肌の老婆であるが、中身は老婆ではない。
例え話ではなく、そのままの意味で老婆ではない。
精神は別人。その正体は、御形家の血を引く者の脳に寄生する異形の寄生生物。
その寄生生物は、脆く弱い体を守るため、御形家の者に寄生することを選んだ。
その代わり、宿主となった者の脳の制限を外し、大きな力を与えることが出来る。
御形家もその恩恵を受け入れ、寄生生物と共に歩む道を選んだ。
共存共栄。それが、御形家と寄生生物の選んだ道である。
寄生生物は、太古の昔から存在する本物の異形種。
体は脆弱だが、一つだけ特殊な力が備わっている。
それは、不老であるということ。外的要因以外では死なない存在。
永遠を生きる異形。
しかし、問題が一つ。
器となった存在は、この世界に存在する有機生物。
生物である以上、いずれ肉体は滅びる。
器が滅びるならば、寄生生物は次の器を見つけなければならない。
その器こそが、巫女。
当主を除く、御形家の中でもっとも才ありと認められた存在。
それが、御形家の巫女である。
ここまで話を聞いて竜一は、吐き気がする思いだった。
何故なら、巫女が誰であるのかは明白であったから。
「御形 美桜さんが……巫女なんだね?」
「うん……そうだよ」
「……寄生されてしまった巫女はどうなる?」
「精神は完全に寄生生物に乗っ取られ、自我を失う」
「そんな……それじゃあ、つまり……」
「美桜ちゃんは、この世から消えてしまう。そういう……ことになるね」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
御形家の屋敷は、人里離れた山間部に存在した。
周囲には現代的なビルや商業施設はなく、あるのは古めかしい建物のみ。
その中で取り分け大きな建物が存在する。
和風建築の屋敷で、年季を感じさせる古めかしい建物だ。
その屋敷の地下深くには、地上の古い建物の外観とは打って変わって、近未来的な空間が広がっていた。
白い壁に白い床。周囲には液晶パネルに大型機械。用途不明の電子パーツが配置されている。
研究所。そう表現すればしっくりとくる雰囲気であった。
地下の一室、長方形の広い部屋に、その者達は集まっていた。
部屋に集まったのは以下の面々。
白い肌の老婆。御形家当主、御形 御影。
三十代と思われる、体格のいい男。白い髪に碧い瞳。斯貴家当主、斯貴 廻雲。
すらりとした体型で長身。四十代と思われる丸眼鏡をかけた男。
ブラウンの長い髪で、人の良さそうな表情。朽葉 八雲。
長く澄んだ水色の髪と紫の瞳。天染家当主代行、天染 鈴巴。
髪色は橙色で、瞳はアンバー。外ハネしたショートカットの少女。朽葉 茜。
そして、最後に竜一。
ここに集った理由は、御形 美桜が御形家から離反したことと、朽葉 菖蒲が美桜の離反を後押ししたことが発覚し、今後の対応を話し合うためであった。
部屋の中央部には円型のテーブル。
シンプルだが座り心地のよいオフィスチェア。
まるでどこかの企業の会議室のような雰囲気であった。
その会議室にて、まず声を上げたのは斯貴 廻雲だった。
「しかし……驚きましたなぁ。御形家の巫女が失踪するとは、前代未聞ではなかろうか?」
心底驚いたような様子で言う廻雲に反応したのは八雲。
「そうですねえ。過ぎたことを掘り返すのは好きではありませんが、今回ばかりは反省して頂きたいですね。御影殿?」
八雲に非難されるが、御影は無表情で八雲に視線を向けるのみ。
何も言わぬ御影に八雲は続ける。
「泉谷 竜一くんは、朽葉家の関係者と申し上げたはずですよ。貴方は我々の許可なく、美桜さんを竜一くんへ差し向けた。これを言うのは卑怯かと思いますが、罰が当たった、と言えなくもないのでは?」
御影は虚ろな瞳で八雲を見つめ、ゆっくりと言葉を発した。
「問題はない」
八雲は尋ねる。
「問題ない?」
「巫女が消えたのなら次の巫女を見繕うだけ。大した問題ではない。それよりも―――」
バンッ! と大きな音が響いた。
茜が机を叩いた音だった。
茜は立ち上がって、御影に対して語気を荒げて言う。
「大した問題ではない!? 本気で言ってるの? 美桜ちゃんはアンタの家族でしょ!」
「茜、落ち着きなさい」
そう八雲が諫めるが、茜は御影を睨み続ける。
御影は答える。
「血縁関係という意味ではそうだ。この器と美桜の関係は祖母と孫の関係に当たる。だが、それだけだ。君達人の情というものは、私には理解できん。君が私を理解出来ぬようにな。そして私はこの場でそれを議論するつもりはない。実に不合理だからだ。よって今は―――」
茜は椅子を後ろに蹴り飛ばし、駆けだそうとした。
御影を殴り飛ばすために。
しかし、茜の足が止まった。
「やめなさい、茜」
八雲が茜の腕を掴んでいた。
「お父さん、行かせて!」
「茜」
八雲はしずかに茜を呼んだ。
たったそれだけ。八雲の表情に怒りの感情は見られない。
しかし、丸眼鏡の奥の瞳は、鋭利な刃物のように鋭かった。
「茜」
八雲はもう一度茜を呼んだ。
茜は顔を俯けて、ポツリと呟いた。
「分かった」
そう言って、八雲の手を振りほどき、部屋を出て行った。
八雲は溜息を吐き、御影に笑顔を向ける。
「いやはや、申し訳ない、御影殿」
「問題はない」
御影は抑揚のない声でそう言った。




