81.桜色の少女5
夕方時、竜一と茜と美桜は夕飯の食材を確保するため、近所のスーパーへと向かっていた。
「ふんふんふ~ん」
茜は鼻歌交じりに上機嫌だった。
茜の左手には美桜の小さな手が握られている。
竜一は、茜と美桜の後ろ姿をぼんやりと見つめながら歩いていた。
今日一日で茜と美桜はすっかり仲良くなったようで、まるで仲の良い姉妹のようだった。
その光景を微笑ましく見つめる竜一へと、茜は顔を向けた。
「ほら! 竜一も手を繋いで!」
茜はそう言って、美桜の左手の方へ視線を向けた。
美桜の左手は何も握られていない。つまりはフリー。
「え……」
美桜の左手を握れと?
手を繋いで一列になって歩けと?
現在地は人通りの少ない住宅街。
確かに今ならば、一列になっても人の邪魔にはならないだろう。
だが、しかし、問題はそこではない。
やはり気恥ずかしさが最大の障害。
それに、俺はよくても御形さんが嫌がるかもしれないじゃないか。
美桜と目が合った。
美桜の綺麗な金色の瞳がこちらを見ていた。
その瞳には、何故だが期待が込められているような気がした。
「分かったよ」
観念したように呟き、美桜の左手を握った。
小さくて、とても柔らかい手だった。
本当に異形の血を引く純粋種の家系の人間か?
と疑うほどだ。
竜一が美桜の手を握ったことを確認し、茜は楽し気に笑った。
「アハハッ! じゃあ出発!」
他人から見たら、今の俺達はどう見えるのだろう。
夫婦とその子供にしては竜一と茜は若すぎるし、兄弟姉妹といえるほど似てはいない。
では何だろう。
「ハハッ! 楽しいね、美桜ちゃん!」
茜の明るい声が聞こえた。
茜につられるように、美桜も笑顔になる。
「はい! 茜姉さま!」
まあ、いいか。
何だっていい。
二人が楽しいなら、それでいい。
夕焼けに照らされながら、竜一はそんな風に考えた。
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無事に食材を買え終えた竜一は、台所で夕飯の準備を進めていた。
今日の夕飯は何がいい? と茜と美桜に訊いたのだが、茜は「何か美味しいやつ!」と答え、美桜は聞き慣れない料理名を口から発した。
美桜に詳しく聞けば、西洋のコース料理ということが分かったが、当然そんなもの作れるわけもなく、結局は好きなようにさせてもらうことにした。
というわけで、子供も好きであろうハンバーグを作ることに決めた。
ひき肉をこね、形を整えてからフライパンで炒めていく。
後ろから茜と美桜の笑い声が聞こえた。
どうやら二人は、ケータイゲームに興じているようだった。
二人の笑い声を聞きながら、調理を継続。
ハンバーグを炒める傍ら、味噌汁を作り始める。
しばらくして、ハンバーグが炒め終わり、野菜と共に皿に盛りつける。
出来上がった味噌汁を椀によそい、茜と美桜に声をかけた。
「二人とも、夕飯にしよう」
「ありがとう竜一!」
「お兄さん、感謝いたします」
ちゃぶ台に皿を並べ、手を合わせて食べ始める。
「ん~! おいひ~」
と茜がオーバーリアクションをした。
「美味しいです」
と美桜は上品に感想を漏らした。
「それは良かった」
二人から高評価を貰え、竜一の口角が自然と上がる。
「それにしても……」
と美桜の呟きが聞こえた。
「どうしたの?」
「はい。お兄さんの作るお味噌汁は、どうしてこんなに美味しいんでしょう?」
味噌汁を見つめながら、しみじみと言う美桜。
「え、そ、そうかな? 口に合って良かったよ」
美桜に褒められ、照れながら竜一はそう返した。
「だよね! 竜一の味噌汁は最高! 毎日作ってよ!」
「いや、毎日は……ちょっと」
「えー! そこは、じゃあ結婚するか? って言うところでしょ!」
「なんでそうなる!?」
それから竜一と茜の応酬がしばらく続いた。
それは息のあった漫才師のように、もしくは演劇の一部のように、聞き心地がよいものだった。
美桜は二人の会話を聞きながら、味噌汁を啜った。
「本当に……美味しい」
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茜が帰宅して数時間後、竜一は台所で皿洗いをしていた。
皿を洗いながら、ふと思う。
そういえば、御形さんは、いつまでうちに居るのだろう?
当たり前だが、一生一緒に居る訳にはいかない。
それがいつなのかは分からないが、この関係が終わるときは必ずくる。
そう思うと、少しだけ寂しい気持ちになった。
初めは美桜のことを拒絶していたはずなのに、ほんの数日共に過ごしただけで、もう情が移ってしまった。
人間とは、なんとも情に弱い生き物か。
それともこれは、俺が特殊なだけなのだろうか。
もしかすると、そうなのかもしれない。
良くないなと思いつつも、妹と美桜を重ねてしまう。
いつか来る別れを想像し、少しだけ気が重くなり、そんな自分を鼻で笑う。
しっかりしろ。美桜は妹とは違う。美桜にも妹にも失礼だ。
「あの……お兄さん」
後ろから美桜の声が聞こえた。
手を止めて、後ろを振り返った。
「どうしたの?」
美桜が真後ろに立っていた。
顔を少し俯け、ソワソワと落ち着かない様子。
不審に思ったが、美桜が答えるのを待った。
しばらくして美桜は答えた。
「教えて欲しいのです」
「なにを?」
「お兄さんと茜姉さまの関係をです」
「それは……」
言葉に詰まってしまった。
正直言って、痛いところを突かれてしまった。
それは竜一自身にも分からないことだったからだ。
茜とはとても深い関係だが、関係性を一言で言い表すのは難しい。
竜一が返答に迷っていると、美桜が重ねて質問。
「もしかして……恋人……ですか?」
「……違うよ」
これだけは断言できる。茜とはそういう関係じゃない。
ある意味では恋人以上の関係であるのかもしれないが、美桜の質問についてはノーと言える。
竜一の答えを聞いて、美桜の表情が変化した。
パッと花が咲くような、とても綺麗な笑顔だった。
その笑顔に、流石の竜一も見惚れてしまいそうだった。
そんな竜一に、美桜は言う。
「では、もう一つ教えて欲しいのです」
「な、なにかな?」
「昼間の、茜姉さまの質問の答えをまだ教えてもらっていません」
「昼間の?」
「はい。その……どの髪型が一番好きかという……」
「ああ……」
昼間、茜が美桜の髪の毛を散々弄り遊んでいた時のことだ。
茜は竜一に訊いた。どの髪型が一番好きか。
その話、まだ生きてたのか……。
悩んだ末、竜一は答えた。
「えっとさ、御形さんは可愛いからさ、どんな髪型でも似合うよ」
無難な回答を選択した。
しかし、それは美桜が欲していた答えではなかったようだ。
「お世辞は不要です。答えてください」
「う……」
いや、お世辞ではないのだが。いや、ホントに。
こちらを見上げる美桜の姿を見ながら、竜一は思った。
なんか、この感覚懐かしいな。
それは、随分と昔の記憶。実際は五、六年ほど前の記憶の筈だが、体感では十年以上前のような気がした。
妹も、よくこんな風に俺のことを見上げていたな。
とても懐かしい気持ちになった。
それと同時に、美桜が愛おしく思えた。
「本当だよ。君は可愛いから、どんな髪型でも似合うよ。だからさ、君は君の思うようにすればいいんだ」
そう言って、美桜の頭を撫でた。
他人の、それも年頃の少女の頭を撫でるのは褒められた行為ではないのかもしれない。
それでも、自然と手が動いていた。
美桜は息を呑んだ。
目を丸くし、竜一を見つめる。
「君の思うように……」
「そうだよ」
優しい笑みを浮かべる竜一。
美桜の頬は、淡い桜色に染まっていた。
「さあ、俺は洗い物するから座って寛いでて」
「いえ、それには及びません」
「いいからいいから」
「違うのです。時が来てしまったのです」
「ん?」
「御形家当主から帰還の命が降りました。本日をもって、御形 美桜は暇を頂きます」
「え―――」




