80.桜色の少女4
調達した武器を怜に渡し終え、今日の仕事は終了した。
今日はもう帰って休むように怜から指示され、素直に従うことにした。
帰り道、夕飯の材料が無いことに気付く。
「駅前のスーパーに寄ってくけどいいかな?」
「ええ、構いません」
美桜の許可が降りたので、竜一は山吹壮とは逆方向へと歩き出した。
時刻は夕方。
通りを歩くのは、仕事終わりのサラリーマンや主婦や学生といった者達。
ありふれた日常の景色。
特別、珍しい物はないはずだが、美桜は物珍しそうに周囲をキョロキョロと眺めていた。
竜一は美桜のことを気にしながら通りを歩いていた。
そして、危惧していたことが起きた。
美桜は注意散漫になっている。
そのせいで、対向から歩いてくる通行人とぶつかりそうになってしまう。
竜一は反射的に美桜の手を取って手繰り寄せた。
「ちゃんと前見ないと危ないよ」
美桜はハッとして答える。
「私としたことが、申し訳ありません」
お辞儀して丁寧に謝る美桜。
竜一は少し困ったような顔をして返事をする。
「ま、まあ、気を付けてくれればいいんだ」
「はい」
そう返事する美桜であったが、やはり周りが気になるようで、視線を周囲に走らせている。
「そんなに珍しいかな?」
「はい。このように庶民が集う場所に訪れることがなかったものでして。先日訪れた、喫茶店というものにも随分と驚かされました」
「そ、そうなんだ……」
美桜は駅前商店街を庶民が集う場所と表現した。
改めて、上流階級である美桜との感覚のズレを感じた。
その時竜一は、美桜の視点が一点で止まっていることに気付いた。
あれは……。
美桜の視線の先にあったのは、鮮やかな看板が掲げられたクレープ屋だった。
「あれが気になるの?」
美桜は慌てた様子で返事をした。
「い、いえ、気になりません」
そう言って首を横に振る美桜。
竜一は美桜の様子を見て微笑んだ。
夕飯前だけど、まあいいよな。
「小腹がすいたしちょうどいいや」
竜一は美桜の手を引いてクレープ屋の方へ歩き出した。
「あ、あの、お兄さん! 私はいりませんから!」
「そう? でも俺は食べたいから、ちょっと付き合ってよ」
そう言って、竜一は優しい笑みを美桜に向けた。
「そ、そういうことでしたら……まあ」
「ありがと」
そしてクレープ屋で二つクレープを購入し、竜一は片方を美桜に差し出した。
美桜はクレープをまじまじと見つめていた。
もしかして食べ方が分からないのか?
と言っても、正しい食べ方なんて俺も分からない。
好きなように食べればいいのだ、と思う。
「こうやってかぶりつけばいいよ」
竜一はクレープにかぶりついて見せた。
口の周りが生クリームで汚れるが気にしない。
「こ、こうでしょうか?」
躊躇いがちに言って、美桜は小さな口を開けた。
そのままクレープにかじりつく。
「これは……」
「美味しいかい?」
「おいしい……です」
「ハハッ、よかった」
それから美桜はクレープを食べ進めていく。
最初こそ戸惑ったが、もう止まらなかった。
こんなに美味しい物があったなんて知らなかった。
竜一の笑い声が聞こえた。
「アハハッ、ついてるよ?」
竜一は笑いながら、美桜の鼻に付いている生クリームをハンカチで拭った。
美桜は目を丸くして竜一を見ていた。
「ん? どうかした?」
「あ、い、いえ……ありがとう、ございます……」
礼を言って、美桜はまたクレープを食べ始めた。
何故だがとても、優しい味がした。
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それからの数日間は、概ね穏やかな日常と言えた。
いつも通り仕事に行き、学校に通い、訓練を受ける。
以前と違うのは、桜色の髪の少女が傍らに居ること。
ある日の休日、山吹壮の竜一の部屋には、竜一と美桜、それから茜が居た。
茜は美桜のことをとても可愛がった。
茜は「こんな妹が欲しかったんだ!」と言って、美桜に抱き着いている。
美桜は強引な茜に最初こそ戸惑っていたが、今となっては「茜姉さま」と呼んで、茜のことを慕っている様子。
「アハハッ! 美桜ちゃん可愛いね~」
茜は美桜の長い髪をいじり、結んだり編んだりしていた。
ポニーテール、ツインテール、三つ編みなど、まるで人形遊びするように楽しそうに美桜の髪をいじっている茜。
美桜が人形のように整った容姿をしているものだから、本当に人形遊びをしているのかと錯覚するほどだ。
美桜は抵抗せず、茜にされるがままの状態。
美桜の様子から悪い気分ではなさそうで、寧ろ嬉しそうにしているように見えた。
自由人な茜だが、人の嫌がることはしない性格だ。
もし美桜が本気で嫌がっているのなら、茜はそれを敏感に読み取り、即座に手を離すだろう。
つまりは、自分はなにもせず遠くから二人の様子を眺めているだけでいい。
と、傍観者に徹しようとしていた竜一だが、例によって例の如く茜に巻き込まれてしまう。
「ねえ、竜一はどの髪型がいいと思う?」
茜はそう言って、美桜の髪を触りながら竜一に視線を向けてくる。
「え、それは……」
困る質問だった。
本心を言うのなら、どうでもいい。
これは決してなげやりな回答ではなく、どんな髪型でも似合っている、という意味なのだが、これをそのまま言うのは不味かろう。それぐらいの分別はある。
それに心なしか、美桜の表情がやけに真剣に見えた。
これは、回答を誤ればのちの関係に響いてしまう。
根拠はないが、そう確信した。
ゴクリと唾を飲み込み、意を決して口を開いた。
その時、部屋のチャイムが聞こえた。
絶好のタイミングだった。
竜一はこの時ばかりは神に感謝した。
「ちょっと行ってくる!」
と言って、玄関の方へ小走りで駆けだした。
チャイムを鳴らしたのは、不動産を扱っているという業者だった。
なんでも、マンションのオーナーになってひと稼ぎしないか?
という、とても胡散臭い勧誘だったが、この時ばかりは業者の話に耳を傾けた。




