表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/91

80.桜色の少女4

 調達した武器を怜に渡し終え、今日の仕事は終了した。

 今日はもう帰って休むように怜から指示され、素直に従うことにした。


 帰り道、夕飯の材料が無いことに気付く。

 

 「駅前のスーパーに寄ってくけどいいかな?」


 「ええ、構いません」


 美桜の許可が降りたので、竜一は山吹壮とは逆方向へと歩き出した。


 時刻は夕方。

 通りを歩くのは、仕事終わりのサラリーマンや主婦や学生といった者達。

 

 ありふれた日常の景色。

 特別、珍しい物はないはずだが、美桜は物珍しそうに周囲をキョロキョロと眺めていた。


 竜一は美桜のことを気にしながら通りを歩いていた。

 そして、危惧していたことが起きた。


 美桜は注意散漫になっている。

 そのせいで、対向から歩いてくる通行人とぶつかりそうになってしまう。


 竜一は反射的に美桜の手を取って手繰り寄せた。


 「ちゃんと前見ないと危ないよ」


 美桜はハッとして答える。


 「私としたことが、申し訳ありません」


 お辞儀して丁寧に謝る美桜。

 竜一は少し困ったような顔をして返事をする。


 「ま、まあ、気を付けてくれればいいんだ」


 「はい」


 そう返事する美桜であったが、やはり周りが気になるようで、視線を周囲に走らせている。


 「そんなに珍しいかな?」


 「はい。このように庶民が集う場所に訪れることがなかったものでして。先日訪れた、喫茶店というものにも随分と驚かされました」


 「そ、そうなんだ……」


 美桜は駅前商店街を庶民が集う場所と表現した。

 改めて、上流階級である美桜との感覚のズレを感じた。


 その時竜一は、美桜の視点が一点で止まっていることに気付いた。

 

 あれは……。

 

 美桜の視線の先にあったのは、鮮やかな看板が掲げられたクレープ屋だった。

 

 「あれが気になるの?」


 美桜は慌てた様子で返事をした。


 「い、いえ、気になりません」


 そう言って首を横に振る美桜。

 

 竜一は美桜の様子を見て微笑んだ。


 夕飯前だけど、まあいいよな。


 「小腹がすいたしちょうどいいや」 


 竜一は美桜の手を引いてクレープ屋の方へ歩き出した。


 「あ、あの、お兄さん! 私はいりませんから!」


 「そう? でも俺は食べたいから、ちょっと付き合ってよ」


 そう言って、竜一は優しい笑みを美桜に向けた。


 「そ、そういうことでしたら……まあ」


 「ありがと」


 そしてクレープ屋で二つクレープを購入し、竜一は片方を美桜に差し出した。


 美桜はクレープをまじまじと見つめていた。


 もしかして食べ方が分からないのか?

 と言っても、正しい食べ方なんて俺も分からない。

 好きなように食べればいいのだ、と思う。


 「こうやってかぶりつけばいいよ」


 竜一はクレープにかぶりついて見せた。

 口の周りが生クリームで汚れるが気にしない。


 「こ、こうでしょうか?」


 躊躇いがちに言って、美桜は小さな口を開けた。

 そのままクレープにかじりつく。


 「これは……」


 「美味しいかい?」


 「おいしい……です」


 「ハハッ、よかった」


 それから美桜はクレープを食べ進めていく。

 最初こそ戸惑ったが、もう止まらなかった。

 こんなに美味しい物があったなんて知らなかった。


 竜一の笑い声が聞こえた。


 「アハハッ、ついてるよ?」


 竜一は笑いながら、美桜の鼻に付いている生クリームをハンカチで拭った。

 

 美桜は目を丸くして竜一を見ていた。


 「ん? どうかした?」

 

 「あ、い、いえ……ありがとう、ございます……」


 礼を言って、美桜はまたクレープを食べ始めた。

 何故だがとても、優しい味がした。


 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


 

 それからの数日間は、概ね穏やかな日常と言えた。

 いつも通り仕事に行き、学校に通い、訓練を受ける。

 以前と違うのは、桜色の髪の少女が傍らに居ること。


 ある日の休日、山吹壮の竜一の部屋には、竜一と美桜、それから茜が居た。


 茜は美桜のことをとても可愛がった。

 茜は「こんな妹が欲しかったんだ!」と言って、美桜に抱き着いている。


 美桜は強引な茜に最初こそ戸惑っていたが、今となっては「茜姉さま」と呼んで、茜のことを慕っている様子。


 「アハハッ! 美桜ちゃん可愛いね~」


 茜は美桜の長い髪をいじり、結んだり編んだりしていた。

 ポニーテール、ツインテール、三つ編みなど、まるで人形遊びするように楽しそうに美桜の髪をいじっている茜。

 美桜が人形のように整った容姿をしているものだから、本当に人形遊びをしているのかと錯覚するほどだ。


 美桜は抵抗せず、茜にされるがままの状態。

 美桜の様子から悪い気分ではなさそうで、寧ろ嬉しそうにしているように見えた。

 自由人な茜だが、人の嫌がることはしない性格だ。

 もし美桜が本気で嫌がっているのなら、茜はそれを敏感に読み取り、即座に手を離すだろう。


 つまりは、自分はなにもせず遠くから二人の様子を眺めているだけでいい。

 と、傍観者に徹しようとしていた竜一だが、例によって例の如く茜に巻き込まれてしまう。


 「ねえ、竜一はどの髪型がいいと思う?」


 茜はそう言って、美桜の髪を触りながら竜一に視線を向けてくる。


 「え、それは……」


 困る質問だった。

 本心を言うのなら、どうでもいい。

 これは決してなげやりな回答ではなく、どんな髪型でも似合っている、という意味なのだが、これをそのまま言うのは不味かろう。それぐらいの分別はある。

 

 それに心なしか、美桜の表情がやけに真剣に見えた。

 これは、回答を誤ればのちの関係に響いてしまう。

 根拠はないが、そう確信した。


 ゴクリと唾を飲み込み、意を決して口を開いた。


 その時、部屋のチャイムが聞こえた。

 絶好のタイミングだった。

 竜一はこの時ばかりは神に感謝した。

 

 「ちょっと行ってくる!」


 と言って、玄関の方へ小走りで駆けだした。

 チャイムを鳴らしたのは、不動産を扱っているという業者だった。

 なんでも、マンションのオーナーになってひと稼ぎしないか?

 という、とても胡散臭い勧誘だったが、この時ばかりは業者の話に耳を傾けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ