79.桜色の少女3
ある日の日曜日、竜一は怜から仕事を与えられた。
仕事内容は武器の調達。
拳銃や小型爆弾、手榴弾など、法律で所持を禁じられている武器の入手。
当然ながら、それらを販売している店舗は表の世界には存在しない。
故に、裏の世界で活動する武器商人から購入する必要がある。
怜は別の仕事があるため、竜一だけで仕事をこなさなければならない。
と、竜一は思っていたのだが、当たり前のように美桜が隣を歩いている。
好きにしろと言った手前、無下にもできまい。
そう思い、美桜を強く拒絶することはしなかった。
竜一は大きなトランクケースを担ぎ、駅前広場を歩いていた。
隣に居る美桜の様子をチラッと窺う。
さっきからやけにソワソワしている。
「御形さん、何か気になることでも?」
「……私、初めてなんです」
「初めて?」
「電車に乗るの、初めてなんです」
「ああ……電車ね」
流石はお嬢様。庶民の乗り物とは縁遠いのだろう。
「まあ、一回乗ってみれば別にどうってことないよ」
「そう……なのでしょうか」
やけに不安そうな美桜。
竜一は美桜のことを気にしつつも、そのまま歩みを進めた。
日曜とあって人が溢れていた。
人ごみをかき分けながら改札を通過し、ホームで電車を待った。
老若男女、様々な人間がホームで電車を待っていた。
美桜はキョロキョロと落ち着かない様子。
美桜に声をかけようか迷ったが、かける言葉を迷っている間に電車が到着してしまった。
ドアが開き、大勢の乗客が降りて来る。
それはまるで人の波だった。
波が通り過ぎ、竜一は足を踏み出した。
そして美桜の様子を確認しようとチラッと後ろを向いた時、美桜の姿が消えていることに気付いた。
「え……」
美桜は人の波にのまれていた。
小柄な美桜の目線では、竜一の姿を確認出来ない。
目線の先には人の壁。
まずいですね。このままではお兄さんに先に行かれてしまう。
焦る美桜。
その時、左腕を誰かに掴まれた。
「ごめん、配慮が足りなかった」
左腕を掴んだのは竜一だった。
呆気に取られる美桜の左腕をひき、竜一は電車に乗り込んだ。
「お兄さん、どうして?」
「どうしてって……付いてきたいんでしょ?」
「え、ええ……まあ」
美桜は視線を落とした。
遠慮がちに竜一に言う。
「あの……もう大丈夫ですから」
「あ、ああ! ごめん、ごめん」
竜一は美桜の左腕から慌てて手を放した。
そして車内を見回し、空いている座席を見つけた。
「あそこが空いてる。さあ、あそこに座って」
「え、でもお兄さんは?」
「俺は立ってるからいいよ。さあ、行って」
躊躇いつつも、竜一に促され美桜は従うことにした。
ちょこんと席に座り、自分の左腕を見つめる。
妙な気持ちだった。
くすぐったくて、それでいて温かいような。
その正体がなんなのか、それを確かめるために左腕を見つめ続けた。
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都市部から離れた場所に廃墟ビルが建っていた。
かつては風花食品株式会社という食品メーカーの本部だったが、経営不振が続き事業継続困難となってしまった。
武器商人はこの廃墟ビルの地下に店を構えていた。
廃墟ビルの裏口に回り、設置された電子キーを使って番号を打ち込む。
番号を打ち込み終え、決定ボタンを押すとロックが解除された。
扉を開け、薄暗い廊下を進む。
少し進むと、坊主頭の屈強な男が待ち構えていた。
竜一は声をかける。
「どうも」
ここに来るのは初めてではない。
男は竜一の顔を覚えていたようで、無言で頷いた。
そして当然の疑問を口にした。
「その娘は?」
その娘とは美桜のことだ。
竜一は何と言えばよいか迷った。
ありのまま伝えることは出来ない。
異世界人である自分の観察のため、御形家から御形 美桜が派遣された。
と伝えるわけにはいかない。
そんな竜一をよそに美桜は答えた。
「私は御形 美桜。故あって泉谷 竜一さんの付き添いをしております」
美桜は堂々とそう宣言した。
流石は裏の世界で大きな力を持つ御形家の人間。
つい数時間前、駅でソワソワしていた小柄な少女の姿は、そこにはなかった。
坊主頭の男は、怪訝な表情を浮かべ美桜を見つめた。
数秒間見つめ、ハッと驚いた顔をした。
そして男は頭を下げた。
「これは失礼しました。御形家の御息女様」
今度は竜一が驚く番だった。
御形家の名は裏の世界で広く轟いている。
男は裏世界の大家である御形家の人間へ敬意を払ったのだ。
美桜は鷹揚に頷いて男に言う。
「余計な気遣いは不要です。ここを通してさえ頂ければ」
「は、はい。それは勿論」
「感謝します」
そう言って美桜は歩き出した。
「行きますよ、お兄さん?」
「あ、うん」
あまりにも堂々とした美桜の態度に、気後れしながら竜一は返事をした。
通路を進むと奥に階段があった。
階段を降り、地下へと到着。
正面にある扉をノックした。
「開いてるぞ」
と中から声が聞こえたので、竜一は扉を開けた。
部屋にはカウンター席が設置されており、その奥に男が居た。
顔に刺青が入った、六十代ぐらいの老人。
老人は、しわがれた声で喋った。
「よう、竜坊。待ってたぞ」
「ご無沙汰しております。ピクトルさん」
この老人の名はピクトル。といっても本名かどうかは分からない。
ピクトルと呼べ、と本人から言われているので竜一はそう呼んでいるだけ。
「おっと竜坊、随分と可愛い娘じゃないか。お前のこれか?」
ピクトルはそう言って、小指を立てて見せた。
「まさか、違いますよ。彼女は只の付き添いで―――」
美桜のことを紹介しようとしたその時、脇腹に衝撃。
「―――うッ」
美桜に脇腹を小突かれた。
竜一は美桜に尋ねる。
「え、なに?」
美桜は笑顔で答えた。
「いいえ、何も」
顔は笑っているのだが、竜一には分かった。
何か怒っている?
美桜の感情を理解できず困惑する竜一だったが、美桜は気にせずピクトルに向かって名を名乗った。
「私は御形 美桜。どうか私のことはお気になさらず。只の付き添いですので」
ピクトルは驚いた様子で返事をした。
「御形 美桜? まさかお前さん、御形家の巫女か?」
「ええ、そうです」
巫女?
竜一の頭に疑問符が浮かぶ。
巫女とは何だろう?
「御形さん、その巫女って?」
美桜は咳ばらいをして、竜一に言う。
「お兄さん、今は仕事を優先するべきかと思います。私は只の付き添いですが、そう判断します」
「そ、そうだね」
竜一は苦笑いでそう返事をした。
竜一が只の付き添いと表現したことが、美桜は気に入らなかったらしい。
ピクトルは竜一と美桜の様子を無言で眺めていたが、やがて唸り声を上げて竜一に言う。
「まあ、そうだな。人様の事情に深入りしてもいいことはねえわな。竜坊、準備出来てるから持ってけ」
そう言って、ピクトルはカウンター席の上に武器を並べ始めた。
竜一はピクトルに礼を言って、トランクに武器を詰め込んでいく。
全ての武器を詰め込み、竜一はピクトルに頭を下げて退出する旨を告げた。
竜一と美桜が部屋を退出する直前、ピクトルは言った。
「まあ、この世にはよう、どうにもならねえことってのがあるわなあ……」
何故ピクトルがそんなことを言ったのか、その時の竜一には理解出来なかった。




