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77.桜色の少女1

 まいったな……。


 天井を見つめながら、竜一は溜息をついた。

 

 隣から聞こえてくる静かな寝息。

 隣には寝袋に包まれた少女、御形(ごぎょう) 美桜(みおう)


 美桜は言った。


 自分は御形家より派遣された者だと。

 その目的は、泉谷 竜一の観察。

 竜一を御形家に招くことが出来ないのなら、逆に竜一の元に押し掛ければいい。

 と御形 御影は考えたようだ。


 竜一の意志を無視した突然の来訪。

 困惑する竜一に美桜は「お兄さんの部屋に泊まらせてください」と言った。

 「無理だ」と言う竜一に、美桜は「では、今日は野宿します」と返した。


 そう言われてしまっては、部屋に入れない訳にはいかない。

 こんな子供を外で寝かせるのは道徳に反する。

 

 分かっている。この少女は御形家の人間。

 仮に暴漢に襲われたとて、問題なく対処するのだろう。

 それでも、美桜の幼さの残る容姿を前にしては、外に放り出すという選択は取れなかった。


 疲れているはずなのに眠れない。

 自分に言い聞かせる。

 部屋に少女が一人いるだけだ。

 気にするな。もう寝ろ。

 

 それでも、駄目だった。

 一向に眠れない。


 また溜息をついて、顔を横に向けた。

 

 美桜の寝顔を眺める。


 人形のように整った顔立ちだった。

 静かに眠る桜色の髪のその少女は、何かの芸術作品のようにも見えた。

 

 美桜の横顔を眺めながら、竜一は思い出した。

 離れ離れになってしまった妹のことだ。


 顔立ちは似ていないが、雰囲気だけは少し似ているような気がする。

 

 懐かしい気持ちになった。

 それと共に、記憶が溢れてくる。


 今頃どうしてるかな? 元気でやっているといいな……。


 そんな風に考えていたところで、竜一は眠りについた。


 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 朝の六時。

 竜一は目を覚ました。


 上体を起こし伸びをする。

 布団を片付け、カーテンを開ける。

 朝日が眩しい。


 いつもと同じような朝だが、いつもと違って今朝は一人ではない。

 

 「どうしたらいいだろう?」


 竜一の視線の先には、ぐっすりと眠る美桜の姿。

 

 起こした方がいいよな? 多分、中学校とか行かなきゃ行けないだろうし……。


 そう思い、美桜をそっと揺する。

 

 「御形 美桜さん、起きてもらえるかな?」


 「う、うーん、もう少し……」


 「いや、もう少しじゃなくて」


 美桜は寝言を呟くが、一向に起きる気配がなかった。


 「まいったな……」


 竜一はそう呟き、頭を掻いた。

 数秒間考え、次の行動を決めた。


 とりあえず、朝食でも作っておくか。


 台所に向かい、朝食の準備に入る。

 冷蔵庫から食材を取り出し、手早く調理を進めていく。


 味噌汁を作る傍ら、鮭の切り身をフライパンで炒める。

 香ばしい匂いが部屋に立ち込める。


 「よし」


 十分火が通ったことを確認し、フライパンの火を止めた。

 鮭を皿に移し、味噌汁をお椀によそう。

 最後に白米が炊けたことを確認し、お茶碗によそった。


 「お兄さん?」


 美桜が目覚めたようだ。

 美桜は目を擦り不思議そうな顔をしている。


 「何をしているですか?」


 「何って……料理だけど?」


 竜一は、ちゃぶ台の上に朝食を並べていく。

 呆けた様子の美桜に竜一は声を掛ける。


 「さあ、まずは顔を洗って来てくれ。君の分も作ったから一緒に食べよう」

 

 「私の分も?」


 「そうだよ。さあ、早く」


 「は、はあ……」


 そう言って、美桜はゆっくりと立ち上がった。

 締まらぬ顔で、ノソノソと歩いている。

 どうやら美桜は朝が弱いらしい。


 美桜は洗面所で時間をかけて顔を洗い、軽く寝癖を直して朝食の席に着いた。


 美桜は首を傾げる。


 「あの……これが朝食?」


 「え、そうだけど。何か嫌いなものとかある?」


 「いえ、そういう訳ではないのですが……」


 と言ったあと、美桜は小声で「これが庶民の朝食というものですか……」と囁いた。


 竜一は愛想笑いをして「まあ、とりあえず食べよう」と言った。

 

 竜一は、まず味噌汁を啜った。

 それから鮭の切り身に手を付け、最後に白米を頬張る。


 美桜は竜一の様子を見ていた。

 しげしげと眺め、竜一が白米を喉に流し込んだあたりで美桜はようやく箸を動かした。

 竜一の真似をして、味噌汁、鮭、白米の順に手を付けた。


 無言で食べ続ける美桜。

 美桜の感想が気になって、竜一は尋ねてみた。

 

 「どうかな?」

 

 美桜は箸を止めて答えた。


 「……美味しい」


 驚いたような表情で美桜はそう呟いた。


 「良かった」


 ほっと胸を撫でおろす竜一。

 お嬢様の口に合って良かった、と感想を浮かべた。


 そして竜一は訊かなければならないことを尋ねた。


 「それで、本気なの? しばらくここに住むって……」


 「ええ、本気です」


 「昨日も言ったけどそれは困る。それを食べたら出て行ってくれ」


 「勿論出て行きます」


 「そ、そうか。よかった」


 「また戻ってきますけど」


 「え?」


 「当主への報告と用事を済ませたら戻ってきます。私の家はここなのですから当然です」


 「いや、違うと思うけど……」


 諦める様子のない美桜。

 困り果てた竜一は、少し考えて妙案を思いつく。

 

 「分かったよ。なら君はここに居てくれ。俺が出て行くから」


 「どちらへ行かれるのですか?」


 「それは言えない」


 竜一はエスペランサ月白に一時的に避難するつもりだった。

 あそこは広すぎて落ち着かないが、こうなったらやむを得まい。


 「そうですか……」


 悲し気な顔をして美桜はそう呟いた。

 箸を置いて、小さな声で続ける。


 「それでは……この朝食は今日が最後なのですね……」


 竜一は美桜を見つめていた。

 控えめで小さな姿。

 その姿が妹と重なって見えてしまった。


 竜一は大きな溜息を吐いた。


 「分かった、分かった。俺の負けだよ」


 「負け?」


 「もう好きにしてくれ」


 竜一の返事を聞いて、美桜の表情が和らいだ。

 パッと顔に花が咲く。その表情は可憐の一言。

 

 「はい、そうします」

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