76.来訪
朽葉家本邸大広間にて。
「ごめなさいね、竜一くん」
そう言って、心配そうな表情を浮かべるクララ。
「いえ、俺は大丈夫です」
竜一は安心させるように微笑んだ。
会合が終わったのは、今から三十分ほど前。
竜一の犠牲のお陰で、集った面々の信用を得ることができた。
大広間に残っているのは、朽葉クララと朽葉八雲、それから竜一。
八雲は丸眼鏡を掛け直し、優しい口調で言った。
「竜一君、ご苦労様でした。改めて君に感謝を」
「いえいえ、俺にはこれぐらいしか出来ませんので……」
「ふーむ」
丸眼鏡のフレームを中指で押さえ、何やら考え込む八雲。
「あの……なにか?」
「君は中々肝が据わっているね。うん、いいんじゃないかな?」
そう言って八雲は、クララの方に視線を向ける。
クララはニッコリと笑い、楽し気に言う。
「そうでしょ? 茜ちゃんの目に狂いはないわね」
何の話だろう?
疑問を浮かべる竜一。
竜一が尋ねようとした時、大広間の襖が開かれた。
三人の視線が襖に集まる。
襖を開けて大広間に踏み入ったのは、白い肌の老婆。
御形家当主。御形 御影。
八雲は御影に尋ねた。
「おや? 御影殿、どうされましたか?」
御影は無表情かつ感情のこもらぬ口調で答えた。
「そこの少年だ」
「竜一君がなにか?」
「私はそこの少年に興味がある」
「御影殿、それはまあそうでしょう。彼は非常に稀有な存在ですから。ですが彼は疲れております。ですので、代わりに私がお相手させて頂きます。どうぞ、彼について知りたいことを御質問なさってください」
八雲はそう言って竜一に視線を送り、小声で「さあ、もう休んでなさい」と言った。
どうやら、この場から離れろということらしい。
竜一は八雲の指示に従い、立ち上がり大広間から退出しようとした。
「待て」
御影は待ったを掛け、続けて言う。
「私は少年に興味がある。少年、君のことを調べさせて欲しい」
「え……」
戸惑う竜一。
竜一は助けを求めるように八雲に視線を送った。
「御影殿、申し訳ないが彼は当家の関係者、といっても過言ではありません。ですので、そういった話は当家を通して頂きたい」
「では、その許可を要求する」
「それは不可です。認めるわけにはいきません」
御影は黙って八雲を数秒間見つめ、口を開いた。
「では、今回の協定、御形家は降りさせてもらおう」
「おや?」
八雲は驚いた様子だったが、すぐに切り返した。
「それを言いますか御影殿。それを言ってしまったら最後ですよ。残念ですが、どうぞ降りて頂いて結構。ですが、よろしいのですか? 困るのはそちらでは?」
御影は黙り込んだ。
たっぷり時間を使ったのち、ようやく返事をした。
「そうだな、先程の言葉は訂正しよう」
「ええ、それがよろしいかと」
「では譲歩しよう。少年のことを調べることはしないと約束しよう。その代わり、当家に客人として数日間迎え入れたい」
「ふーむ、客人ですか……」
悩む様子の八雲。
クララは慌てて声を上げた。
「だ、駄目よ八雲くん! うちの息子を妙な家に預けるなんて、絶対に許さない!」
「わ、分かっているよ。落ち着いて、クララちゃん」
そこで御影は疑問を口にした。
「息子?」
「ああ、いや、言葉の綾というものですよ。お気になさらず」
八雲の返答に御影は何の反応も示さなかった。
その代わり、竜一に喋りかけた。
「少年、どうだろう? 君は当家で気の向くまま過ごしてくれればいい。私はただ、君の生態を観察したいだけだ」
「い、いえ、俺は……」
「その代わり、君が望む物を与えよう。何が欲しい? 望みを叶えよう」
平坦な口調で言う御影。
その瞳は、虚ろな穴のように見えた。
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「っていうことがあったんだけど……」
朽葉家本邸での会合が開かれた翌日の夜、竜一は山吹壮自室にて携帯電話で通話をしていた。
通話口から返事が聞こえた。
「なるほどねー、あのお婆さんがねー」
「茜、御形家の当主と会ったことあるの?」
「うん、お父さんに連れられて行った会合で何度かね」
「へー、なんと言うかあの人って……」
「不気味だよね」
「……うん」
ハッキリと不気味だと言う茜。
それは竜一も思っていたことだ。
なんというか、あの老婆からは生気が感じられない。
まるで人の皮を被った機械。
そのような印象を受けた。
「あの人って、どういう人なの?」
「うーん、実は私もよく知らないの。ちゃんと話したこともないし。正直ちょっと苦手……」
人懐っこい茜が他人を苦手と評するのは珍しい。
御形 御影はそれほど異質の存在だということだ。
「だからよかったよー。竜一が御形家に行っちゃわないで」
「あ、うん。それについては八雲さんとクララさんに感謝しないと。随分助けてもらったから」
「流石、お母さんとお父さんだね!」
「うん、ホントだよ」
「あ、でもお母さんとお父さんが竜一を助けるのは当たり前だよ!」
「え、どうして?」
「だって竜一は、もううちの家族みたいなもんだし」
「家族か……」
「どうしたの?」
「うん……ありがとう」
二度と手に入らないと思っていた家族。
だけど、そうではなかったのかもしれない。
少なくとも、家族だと言ってくれる人達がいる。
「うん! だから、またうちに遊びに来てよ! お母さんが会いたがってるし!」
「分かった。近いうちに」
竜一はそう返事し、部屋の時計に視線を向けた。
時刻は夜の十一時を回っている。
夜も遅いし、今日はここまでかな。
「さてと、今日はもう休もうかな」
「あ、もうこんな時間? 竜一と喋ってたらすぐに時間がすぎるなー」
「ハハッ、そうだね」
「じゃあ竜一、お休み」
「うん。お休み、茜」
竜一は通話を切った。
それから布団を敷いて、寝る準備を整える。
部屋の電気を消そうとした時、チャイムが鳴った。
「ん? 誰だ……こんな時間に」
不審に思いつつ、玄関の方へ足を向けた。
そして、扉の覗き窓から外を覗いた。
「……」
竜一はその人物の姿を確認した。
初めて見る人物だった。
驚いた。
驚いたのには訳がある。
その人物があまりにも若くて、あまりにも可憐だったから。
中学生ぐらいだろうか。
鮮やかな桜色の長い髪に白い肌。
精巧な人形のように整った容姿をした少女だった。
少女の姿を見て、竜一の警戒心は薄れた。
それよりも、ただひたすらに疑問が湧く。
この少女は何だ?
この疑問を解消させたい。
そう思い、扉を開けた。
「泉谷 竜一さんですね?」
少女は微笑みながらそう尋ねた。
「う、うん……君は?」
「突然の無礼をお許しください。私は御形 美桜と申します」
「御形……?」
美桜はスカートの裾を軽く持ち上げ、少し頭を下げた。
「私は、御形家当主の意向を受け派遣されてきました。しばらくこちらに厄介になります。どうぞ、よろしくお願いいたします」




