74.季節はまだ
大手系列の喫茶店『ノクト・コーヒー』。
昼時とあって、それなりに客入りはあった。
スーツ姿のサラリーマンや、主婦と思われる二人組の女、身なりの整った老婦人など、客層は様々。
その中で、一際存在感を放つ少女が居た。
年の頃は十二歳前後と思われる少女で、鮮やかな桜色の長い髪に白い肌。
精巧な人形のように整った容姿をしていた。
少女は一人で席に着いていた。
手元に置かれた陶器のカップをゆっくりと持ち上げ、少し口をつけた。
その後、音を立てずカップを受け皿の上に戻した。
十二歳前後の少女とは思えないような、優雅かつ上品な所作。
見る者が見えれば分かる。佇まいから、上流階級特有の雰囲気が滲み出ている。
その少女に近付く人影あり。
「お待たせしたかしら?」
少女は落ち着いて答えた。
「いいえ、お気になさらず。菖蒲さん」
そう言って微笑む少女。
菖蒲は少女に微笑み返し、少女の対面の席に座った。
菖蒲が席に着いたことを見計らって店員がやってきた。
菖蒲は店員にブレンドコーヒーを注文し、店員はお辞儀して下がった。
少女は菖蒲に話しかけた。
「さっそくですが、先に結論を申し上げます」
「あら、もう本題に入ってしまうの? まずは会話を楽しみましょうよ」
「いいえ、こうして菖蒲さんと会っていること自体、私には大きなリスクがあります。出来れば手短に済ませたいのです」
「そう……。分かったわ。それで、答えは?」
「―――答えはノーです。貴方達に協力することは出来ません」
「……それはどうして?」
「人は誰しもが、生まれた時点で役割を与えられる、と私は考えております。私にも与えられた役割があるのです。あるいはそれを宿命と言うのかもしれません。私は御形家の巫女として、その宿命を受け入れ、私の生を全うします」
少女は一呼吸して続きを言う。
「ですから、貴方達には協力出来ないのです」
菖蒲は何も答えなかった。
しばらく無言の時間が続く。
店員がやってきて、菖蒲の前にブレンドコーヒーが注がれたカップが置かれた。
菖蒲は一口だけブレンドコーヒーを飲んで、ようやく言葉を吐いた。
「つまらないわね」
「はい?」
「つまらないと言ったのよ。御形 美桜さん」
美桜と呼ばれた少女は、怪訝な顔で菖蒲に言う。
「つまらない? これは随分ですね。私は私の生き方を説いているのです。そのような低俗な感性で私を誹るのはお止めください」
「あら、ごめんなさいね」
菖蒲は口元を緩め楽し気に語る。
「でもね、やっぱりつまらないわ、貴方。ああ、でも私もそうだったわ。かつての私も貴方と同じだった。朽葉家の長女として生まれた私は、生まれた時から重荷を背負わされていた。私はそれでも必死に頑張ったわ。自分を擦り減らして、他人の望む通りの私を演じていた」
一拍置いて菖蒲は続ける。
「でも、今は違う。本当に愚かだったと思うわ」
「……何が貴方を変えたのでしょう?」
「愛よ」
「愛?」
「ええ、そうよ。貴方には想像できるかしら? その人のことを思い出すだけで、胸の奥が熱くなる感覚を。寝ても覚めてもあの人の顔が頭によぎり、食事も満足に喉を通らない。そんな体験をしたことがあるかしら?」
「……いいえ」
「ウフッ。じゃあ貴方も経験することね」
「そんなもの……私には不要です」
「本当に? 本当にそう思っているのかしら?」
「菖蒲さん。昔の誼で付き合いましたが、それもここまでです。私はこれで失礼します」
「そう……行くのね」
「はい、失礼します」
美桜は立ち上がり歩き出した。
「一つだけ予言しおくわ」
美桜は足を止め尋ねる。
「何をでしょう?」
「貴方は私と同類。だから私には分かる。貴方もいずれ、こっち側に来る」
「それはあり得ません」
美桜はそれだけ言うと、また歩き出した。
それっきり振り返ることはなかった。
外に出ると、涼しい風に頬を撫でられた。
秋の気配が近付いている。
「桜の季節には、まだ遠いですね……」
そう呟き、雑踏の中に紛れていった。




