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73.暗闇を抜けて

 どこかの高級ホテルと思われる一室にカイレは居た。

 

 カイレは目を閉じていた。

 しかし、カイレの額には深紅の瞳が三つ浮き出ている。

 三つの複眼は、キョロキョロとせわしなく動いている。


 「あらら……やられちゃったか」


 そう呟いてカイレは目を開けた。

 そして目の前に人物に声をかけた。


 「どうする? 菖蒲さん」


 菖蒲は革張りの椅子に座っていた。

 一拍置いて菖蒲は返事をした。


 「別に構わないのでなくて? あのご老人がどうなろうと、私達はやるべきことをやるだけよ」


 「……まあ、それもそうか」


 「ええ、そうよ。だけど、ここからは私達もよく考えて行動しなければならないわね」


 「うん。でも、忘れたら駄目だよ」


 「何をかしら?」


 「―――楽しむことをさ」


 カイレは口元を歪め邪悪に笑った。


 「それ以上に重要なことなんてないからね」


 「ええ、そうねえ」


 「ハハッ」


 「ウフフッ」



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 エスペランサ月白、三十五階。


 怜は自室で待機していた。

 本日の業務は粗方片付いた。


 業務資料に目を通していたところで、部屋のチャイムが鳴った。


 怜は立ち上がって、玄関まで歩き出した。


 玄関の扉を開けると、そこには少年の姿があった。

 黒髪で黒い瞳の少年、泉谷 竜一である。


 怜と顔を合わせた瞬間、竜一は頭を下げた。


 「片瀬さん、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げた状態で固まる竜一に怜は声をかけた。

 

 「頭を上げてください」


 「でも……」


 「結果的には貴方の無茶な行動でお嬢様も茜殿も助かったのです。貴方の選択は正しかった……ということでしょう」


 怜は竜一を叱責することも殴ることもなかった。

 竜一は何らかの罰を与えられる覚悟をしていた。

 むしろ、いっそのこと殴ってくれた方がよかったのかもしれない。


 気まずい思いを胸に、竜一はゆっくりと顔を上げた。

 

 怜は殴らなかった。

 だが、その代わりデコピンを竜一の額に放った。


 「―――いてッ!」


 怜のデコピンは強烈だった。

 流石に殴られるよりはダメージは軽いが、しばらく腫れるかもしれない。


 「このぐらいで勘弁してあげます」


 竜一はデコピンの痛みで生じた涙を無理やり抑え込んで、怜に強く言い放った。


 「俺を殴ってください! そうじゃなきゃ、俺は―――」


 竜一の言葉が途切れた。

 竜一は声が出なかった。


 怜が竜一の体を抱きしめたのだ。


 「片瀬……さん?」


 「結果的に、今回は上手く行っただけです。こんな奇跡がそう何度も続くはずがない」


 竜一を抱きしめたまま怜は続ける。


 「私は怖かった。貴方を失うことが……怖かった。ですから、もう二度と無茶をしないでください。どうか、お願いです」


 竜一は少し間を置いて答えた。


 「本当に申し訳ありませんでした。そして……俺なんかのことを心配してくれて……ありがとうございます」


 竜一と怜は、しばらくそうしていた。


 怜の願いは、竜一が破滅の道へ突き進まないこと。

 だが結局、竜一の口からは怜を安心させる言葉は出てこなかった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

第三章はこれで終了です。次回第四章が最終章となります。

最後までよろしくお願いします。

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