73.暗闇を抜けて
どこかの高級ホテルと思われる一室にカイレは居た。
カイレは目を閉じていた。
しかし、カイレの額には深紅の瞳が三つ浮き出ている。
三つの複眼は、キョロキョロとせわしなく動いている。
「あらら……やられちゃったか」
そう呟いてカイレは目を開けた。
そして目の前に人物に声をかけた。
「どうする? 菖蒲さん」
菖蒲は革張りの椅子に座っていた。
一拍置いて菖蒲は返事をした。
「別に構わないのでなくて? あのご老人がどうなろうと、私達はやるべきことをやるだけよ」
「……まあ、それもそうか」
「ええ、そうよ。だけど、ここからは私達もよく考えて行動しなければならないわね」
「うん。でも、忘れたら駄目だよ」
「何をかしら?」
「―――楽しむことをさ」
カイレは口元を歪め邪悪に笑った。
「それ以上に重要なことなんてないからね」
「ええ、そうねえ」
「ハハッ」
「ウフフッ」
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エスペランサ月白、三十五階。
怜は自室で待機していた。
本日の業務は粗方片付いた。
業務資料に目を通していたところで、部屋のチャイムが鳴った。
怜は立ち上がって、玄関まで歩き出した。
玄関の扉を開けると、そこには少年の姿があった。
黒髪で黒い瞳の少年、泉谷 竜一である。
怜と顔を合わせた瞬間、竜一は頭を下げた。
「片瀬さん、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた状態で固まる竜一に怜は声をかけた。
「頭を上げてください」
「でも……」
「結果的には貴方の無茶な行動でお嬢様も茜殿も助かったのです。貴方の選択は正しかった……ということでしょう」
怜は竜一を叱責することも殴ることもなかった。
竜一は何らかの罰を与えられる覚悟をしていた。
むしろ、いっそのこと殴ってくれた方がよかったのかもしれない。
気まずい思いを胸に、竜一はゆっくりと顔を上げた。
怜は殴らなかった。
だが、その代わりデコピンを竜一の額に放った。
「―――いてッ!」
怜のデコピンは強烈だった。
流石に殴られるよりはダメージは軽いが、しばらく腫れるかもしれない。
「このぐらいで勘弁してあげます」
竜一はデコピンの痛みで生じた涙を無理やり抑え込んで、怜に強く言い放った。
「俺を殴ってください! そうじゃなきゃ、俺は―――」
竜一の言葉が途切れた。
竜一は声が出なかった。
怜が竜一の体を抱きしめたのだ。
「片瀬……さん?」
「結果的に、今回は上手く行っただけです。こんな奇跡がそう何度も続くはずがない」
竜一を抱きしめたまま怜は続ける。
「私は怖かった。貴方を失うことが……怖かった。ですから、もう二度と無茶をしないでください。どうか、お願いです」
竜一は少し間を置いて答えた。
「本当に申し訳ありませんでした。そして……俺なんかのことを心配してくれて……ありがとうございます」
竜一と怜は、しばらくそうしていた。
怜の願いは、竜一が破滅の道へ突き進まないこと。
だが結局、竜一の口からは怜を安心させる言葉は出てこなかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
第三章はこれで終了です。次回第四章が最終章となります。
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