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69.暗中の遊戯4

 巨大な脚が持ち上がった。

 その長さは、背の高い樹木とほぼ同じ長さ。


 脚の先には鋭い爪。

 脚が振り下ろされる。


 茜と鈴巴は回避する。

 爪が地面を抉った。


 大量に土が飛び散り、まるで爆発が起きたかのような衝撃。


 茜は怪物の左側面に回り込み、飛び上がった。

 怪物の左腹に拳を叩きつける。


 「―――ッ!?」


 硬い。まるで手応えがなかった。

 怪物の分厚い筋肉が茜の拳を防いだのだ。


 怪物の爪が茜に襲い掛かる。

 茜は爪を躱し、右脚を怪物の脚に向かって蹴り上げる。


 やはり硬い。これほど手応えを感じないのは、生まれて初めてかもしれない。


 「鈴巴! 駄目だ、硬い!」


 鈴巴は上空に居た。

 上空から急降下。


 翼が風を切る。赤色に輝く翼を怪物の右腹にぶつける。

 この翼が切り裂けぬものはない。はずだった。

 怪物の分厚い筋肉は、翼の斬撃を防いだ。


 「くッ」


 鈴巴は顔をしかめた。

 茜の拳と同様に、この翼も怪物には通らない。


 だが、それでも。


 「茜、このまま攻撃を続けましょう! 繰り返せば傷つけることが出来るはずよ!」


 茜は頷いた。

 茜は諦めずに拳を叩き込み続ける。

 鈴巴は空を飛び、翼を振るい続ける。


 怪物の動きは、その巨体に似合わない速さだった。

 八本の脚が稼働し、周囲に大きな破壊を巻き起こした。

 動くだけで樹木が倒れ、大地が揺れる。

 山が動いているのかと錯覚するほどだった。


 しかし、怪物は茜と鈴巴に攻撃を当てることが出来ない。

 巨大な脚の威力は絶大。それでも、当たらなければ何も問題はない。


 茜と鈴巴の攻撃は怪物には通じない。

 怪物は茜と鈴巴に攻撃を当てることが出来ない。


 持久戦。怪物の体力が尽きるのが先か、茜と鈴巴が被弾するのが先か。

 この戦いはそういった様相を呈していた。


 茜と鈴巴は攻撃を与え続け、怪物の攻撃を避け続ける。

 それがしばらく続いた。


 どれだけ時が流れただろうか。

 茜と鈴巴の顔に疲労の色が滲み始めた頃、怪物に変化が起きた。


 蜘蛛の怪物の腹部が膨れ上がった。

 ただでさえ山のように大きい腹部が、はち切れんばかりに膨張。


 そして、音を立て破裂。大音量が森に響いた。

 破裂と同時に、腹の中から何かが飛び出す。


 それは蜘蛛だった。

 大きさは成人男性と同じほどの巨大な蜘蛛。


 鈴巴は息を呑んだ。鈴巴の顔には驚愕の表情。

 蜘蛛自体にも驚いたが、最も驚くべきは蜘蛛の個体数。


 数えきれないほどの数。

 百ではきかない。確実に五百体以上。


 「うえ、気持ちわる」


 舌を出し、顔をしかめ茜がそう言った。

 鈴巴は何も言えなかった。

 その余裕がなかった。


 蜘蛛の大群。黒色の蜘蛛。

 まるで、闇が動いているように見えた。


 蜘蛛の大群が茜と鈴巴に襲い掛かる。

 

 茜と鈴巴は、己を奮い立たせた。

 襲い掛かってくる蜘蛛を迎撃していく。


 茜は拳で蜘蛛の頭部を破壊し、鈴巴は翼で蜘蛛の腹を両断した。

 それでも蜘蛛の猛攻は緩まない。

 四方八方から蜘蛛が迫る。


 更に、蜘蛛達を生み出した大蜘蛛の巨大な脚も攻撃に加わる。


 茜と鈴巴は守りに徹せざるを得ない。

 鈴巴は冷静に判断した。

 一旦、距離を取る。鈴巴は正面を向いたまま、翼をはためかせた。

 鈴巴の体は後ろに流れる。樹木の間を滑るように飛行。


 蜘蛛の包囲網から抜け出すことに成功したが、次の瞬間、鈴巴は後悔した。

 体に纏わりつく何か。

 その何かのせいで身動きが取れない。


 「糸!?」


 それは蜘蛛の糸だった。

 その糸は、この森の至る所に仕掛けられている。

 鈴巴は蜘蛛の巣に囚われた。

 空中で身動きが取れない状態となってしまった。


 「―――まずい」


 焦る鈴巴。焦らなければならない。

 大蜘蛛の山のような巨体が迫ってきていたのだから。

 大蜘蛛は高い再生力で破けた腹の修復を終えている。

 大蜘蛛は万全の状態。


 地響き。


 大蜘蛛が脚を動かし、鈴巴へと接近。


 「鈴巴!」


 茜が声を張り上げた。大蜘蛛を止めたいが、蜘蛛に邪魔をされる。


 「くそッ! 邪魔!」


 拳を繰り出し、蜘蛛を叩き潰していく。

 しかし数が多すぎる。蜘蛛の包囲網から抜け出せない。


 鈴巴は必至にもがくが、糸を引き剥がせない。

 そして、鈴巴は土砂に飲まれたと錯覚した。

 大蜘蛛の突進。


 大質量の体当たり。

 大蜘蛛は鈴巴を跳ね飛ばした。


 鈴巴は森の奥へと弾き飛ばされた。


 「すずは―――ッ!」


 茜の叫ぶ声が森に響き渡った。



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



「嘘でしょ……鈴巴……」


 茜はダメージを負っていた。

 肉体にではない。

 精神にだ。


 迫りくる蜘蛛の群れから逃れるため、大きく後方に跳躍した。

 そして体を翻し、鈴巴の救出へ向かおうとする。


 踏み出した足が止まる。

 体から熱が失われていく。

 鬼神化が解けてしまった。


 「えっ……どうして?」


 戸惑った。

 もう一度、鬼神化を試みるが無駄だった。


 鈴巴がこの場から消え失せてしまい、茜に動揺が走った。

 その動揺は、とても大きかった。

 気力を保てない。鈴巴の安否を気にする余り、気迫が削がれてしまう。

 故に、鬼神化できない。


 窮地に陥る茜。

 敵は当然、待ってはくれない。


 蜘蛛の大群。そして大蜘蛛。


 「くッ! 放せ!」


 蜘蛛が体にしがみついてくる。

 蜘蛛の脚に絡まれた。


 足を止めた茜に群がる蜘蛛たち。

 茜はバランスを崩し、背中から転倒してしまう。


 「うッ、ま、まず―――」


 身体中に蜘蛛。

 蜘蛛たちは茜の体を蝕んでいく。


 身動きが出来ない。

 

 「嘘でしょ―――」


 蜘蛛の隙間から見えた。

 それは大蜘蛛の脚。

 巨大な脚が見えた。脚が大きく持ち上がっている。

 脚の先には鋭い爪。


 大蜘蛛は、蜘蛛ごと茜を貫くつもりだ。

 茜には分かった。

 あれはまずい。今の状態であの爪を受けてしまうのは不味すぎる。

 この時、茜は恐怖した。

 明確に死を感じた。

 

 茜の口から自然と声が漏れた。


 「怖い……。助けて……竜一」


 そして、爪が振り下ろされた。

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