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67.暗中の遊戯2

 茜は大きな溜息を吐いた。

 

 「分かった、分かった。やればいいんでしょ」


 茜は鬱陶し気な表情で、そう呟いた。


 「鈴巴、いいよね?」


 「そうね、やるしかないわね」


 「ってことで、いいよ、お爺ちゃん。付き合ってあげる」


 「ほほっ、そうかそうか。感謝するぞぉ」


 「いいよ感謝なんて。だって―――すぐ終わらせるし」


 直後、茜の体に変化が訪れる。

 空気が変わる。

 

 茜から放たれる絶大な圧力。圧倒的な気迫。

 茜の瞳が朱く変化。体内から湧き出る熱により、体の表面から煙が立ち上る。

 

 茜は鬼神へと変化した。


 茜の姿が消えた。

 一瞬後、廻向の背後に出現。

 

 茜は躊躇うことなく、廻向の背中に右拳を叩きつけた。

 

 轟音。廻向の背中に直撃。

 

 廻向は吹き飛んだ。豪速球の如く、廻向の体が弾け飛ぶ。

 樹木にぶち当たるが、廻向の体は止まらない。

 派手に樹木を破壊しながら、森の奥へ消えて行った。


 茜の拳が直撃した。

 如何に純粋種といえども、無傷ではすまない筈だが、茜は渋い顔をしていた。


 「かったいなあ……」


 茜は顔をしかめて右拳を振った。


 「やりおるのう、お嬢ちゃん」


 森の奥から廻向の声。

 廻向は平然とした様子で歩いている。


 鈴巴は警戒心を強めた。

 背中から翼を生やす。


 茜と鈴巴、異形の存在が二人。

 しかし、異形は二人だけではない。廻向もまた異形の怪物。


 廻向の背には八本の脚が生えていた。

 その足は昆虫の脚。長く、巨大。黒鉄の蜘蛛の脚。


 「鈴巴、あの脚、すごく硬い」


 「そのようね」


 茜の拳を受けても、廻向にダメージを受けた様子はない。

 鈴巴は、自分自身に注意を促した。


 二対一と思って、気を緩めてはいけない。

 目の前の老人もまた、純粋種の血族。

 斯貴家は、蜘蛛の化け物の力をその身に宿す血族。

 あの硬質な八本の脚は、如何なる攻撃も防ぎ、脚の先にある爪は如何なる防御も突破する。

 

 斯貴 廻向はかつて、その蜘蛛の化け物達の長であった。

 長にまで上り詰めた存在。

 相手を侮っては駄目だ。むしろ格上と思って対峙するべし。


 「茜、二人で合わせるわよ!」


 「おっけーい」


 茜は「ハッ!」と息を吐き、気合を入れる。

 鈴巴は無言で翼をはためかせる。

 羽が震え、翼が赤色に発光。


 先に動いたのは茜。

 茜は真正面から、廻向を殴りつける。

 

 蜘蛛の脚が伸びる。

 蜘蛛の脚と茜の拳が衝突。


 蜘蛛の脚が弾かれる。

 膂力は茜の方が上。

 

 しかし、脚は八本。

 一本弾かれても、残りの脚が茜を迎え撃つ。

 茜を懐に入り込ませない。


 「邪魔!」


 茜が苛立つ。

 

 鈴巴も動き出す。

 翼が唸りを上げ、廻向へと迫る。


 甲高い音が響く。


 蜘蛛の脚が翼を防いだ。

 脚は傷つかない。


 鈴巴は止まらない。

 翼で攻撃を続ける。


 茜も止まらない。

 拳で攻撃を続ける。


 廻向は八本の脚で茜と鈴巴の攻撃を同時に受けていた。

左側からは鈴巴の翼。右側からは茜の拳。


 百戦錬磨の廻向は、二人の攻撃を捌き続けるが、流石に相手が悪かった。

 

 何かが罅割れる音がした。

 脚に亀裂が入ったのだ。


 茜と鈴巴は、ただ攻撃を加えていた訳ではなかった。

 無軌道に見えてその実、同じ箇所に攻撃を集中していたのだ。

 何度も何度も同じ箇所に攻撃を受け、脚は劣化していた。


 廻向は異常を感じ、すかさず後方に跳躍するが、茜と鈴巴はこの時を待っていた。


 茜と鈴巴は大きく前に踏み出した。

 茜の拳と鈴巴の翼。


 拳が脚を吹き飛ばした。

 脚の関節は七つあるが、四つ目の関節より先が千切れ、森の奥へと消え失せる。


 翼が脚を切断した。三つ目の関節部分が切り裂かれ、血液が飛び散る。


 「さあ、これであと六本! 全部無くさないうちに降参したほうがよくない?」


 「やりおるのう小娘ども。痛いのう、痛いのう……」


 その口ぶりとは裏腹に廻向はニヤついている。

 

 鈴巴は警戒を強める。

 廻向は脚を二本失った。

 だが、それは廻向にとっては大きな問題ではない。


 千切れた脚。脚の切り口から、血液が大量に吹き出した。

 そしてすぐに、新たな脚が生えた。


 「うっそ!?」


 驚く茜。

 鈴巴は驚かなかった。これこそが斯貴家の力。

 純粋種の中でも飛び抜けた再生力。

 欠損部分を再生することが出来るのは、純粋種の中でも斯貴家だけだ。


 「茜、これでいいわ。続けましょう。無限に再生出来る筈がない。いずれ力尽きる筈よ!」


 「オッケーイ」


 「クフフッ、そうじゃ、その通りじゃ。さあ、儂を殺しきってみせえ!」



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


 

 熱い。体が燃えている。

 このままでは……。


 竜一は目を開いた。


 「どこだ……?」


 視線の先には穴の開いた屋根。

 周囲は錆びついた金属の壁。

 地面に寝かされている鈴巴配下の者達。


 そして、己の体に巻き付いた鎖。

 

 竜一は、混乱しつつも冷静に思考してみることにした。

 状況からいって、自分は茜か鈴巴か怜に助け出されたのだろう。

 鎖で拘束されている理由は、他の者と同様、暴れ出すと思われたからか。


 大丈夫だ。

 頭はハッキリとしている。

 冷静に思考できている。


 しかし、体が熱い。

 風邪ではない。そんな生易しいものではない。

 炎であぶられているようだ。今にも肉が焦げだしても不思議ではない。

 そのような感覚であった。


 ひどく喉が渇いている。

 だが、そのわりには水を飲みたいとは思わなかった。


 飲みたいのはもっと別のもの―――。


 そこで思考を止めた。

 無理やり止めた。

 

 間を置いて考える。

 さっき俺は何を考えた。


 俺は今、血を求めたのか?

 

 そうか、カイレだ。カイレに噛まれた。

 俺も……亡者に成り果てるのか。

 アデブさんのように……。


 その時、竜一は異変を感じ取った。

 異変は己の内側からだ。


 「茜?」


 自分でも不思議に思ったが、何故だが茜が呼んでいるような気がしたのだ。


 「行かなきゃ……」


 竜一は決意する。

 だが、体の状態は絶不調。

 雁字搦めの鎖を引き千切るのは難しい。


 仕方がない。

 力を使うか。


 鬼神の力を使えば、この身がどうなるか分からない。

 破滅の予感を感じるが、竜一は既に決めていた。


 集中し、己の内側に眠る力と向き合う。


 その時、声が聞こえた。


 「起きたのですか?」


 怜の声だ。

 怜の衣服には、ベッタリと血が飛び散っていた。


 「片瀬さん……その血は?」


 「これは返り血です。そんなことより、気をしっかり持ってください」


 怜はしゃがみ込んで竜一の額に手を伸ばした。


 「熱い……」


 顔をしかめ、怜は言う。


 「じきに医療班が来ます。それまで、どうか耐えてください」


 「でも……俺、行かなきゃ」


 擦れた竜一の声。

 怜の目には、苦しそうな表情をする竜一の姿が映っている。


 「行く? 何を言っているのですか?」


 「茜の元に……行かなきゃ」


 「茜殿なら大丈夫ですよ。きっと上手くやる筈です」


 「いいや、駄目なんです」


 その瞬間、竜一の身に変化が起きた。

 体の内側から溢れ出る力の奔流。

 瞳は朱く変化し、白目は黒く塗りつぶされていく。

 体の表面からは蒸気が立ち上る。


 少しだけ力を入れた。

 それだけで鎖は呆気なく千切れた。


 竜一は立ちあがった。随分と楽になった。

 多分、純粋種の力を使ったことで抵抗力が上がったのだろう。

 しかし、これは一時的なもの。力を使い果たした時、大きな反動を受けてしまうだろう。

 

 「泉谷殿……その力を使うなとあれほど……」


 「はい、本当に申し訳ありません」


 「いくのですか?」


 「はい」


 「では、それを止めなければなりません」


 怜は鋭い瞳で竜一を見据え、刀を抜き放った。


 竜一は、申し訳なさそうな表情で怜に告げる。


 「本当に、申し訳ありません」

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