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66.暗中の遊戯1

 高い木々が聳え立つ森林地帯。

 

 真夏の夜。

 粘りつくような湿気。そして熱風。

 

 しかし、この森は、そういった夏の気配が少しばかり薄れていた。

 

 静寂。静まり返ったこの森に満ちるのは、静謐で神秘的な空気。

 静かな空気が、僅かばかり気温を下げているような気がした。

 少なくとも、鈴巴はそう感じた。


 鈴巴と茜は、森の中に居た。

 ここがカイレが指定した場所であるからだ。


 「鈴巴、この辺で間違いない?」


 「ええ、間違いないわ」


 鈴巴は、手元の携帯電話の画面に映し出された地図に目を移し、茜にそう返事をした。


 カイレから送られてきた座標は、間違いなくこの位置を示している。


 茜は鈴巴の返事を聞いて、息を吸い込んだ。

 そして声を張り上げる。


 「あのさー! 早くしてくれないかなー!」


 風が木々を揺らし、茜の声をさらった。

 茜の呼びかけに応える者は居ない。


 茜は苛立つ。

 つま先で地面を蹴り上げた。

 

 茜が再び声を張り上げようとしたその時、大気が震えた。 

 それは、しわがれた老人の声だった。


 「そう急くでない。もう少しこの静かな夜を楽しめんもんかのう」


 その老人は、暗がりから現れた。

 白髪。顎からは、腹の辺りにまで届く長い髭が生えている。

 体格は小柄。身長はおそらく百六十センチ前半。

 背筋はピンと伸びているが、痩せ細っており、骨と皮だけの印象。

 

 目の前の人物は、小柄で痩せ細った老人。

 しかし、鈴巴は感じた。

 この老人の内側には、途轍もない化け物が巣くっている、と。

 

 「おじいちゃん誰?」


 茜の問い掛け。

 茜は、一切怯んでいない。

 平然と、気軽に、老人に尋ねた。


 鈴巴は、改めて気付いた。

 化け物なら、こちらにも居る。


 老人は口元を歪めた。

 口角を吊り上げ、愉悦の哄笑。


 「カハハハハハハッ。よいなあ、よいなあ。その可憐な顔が歪む様は、さぞかしヨイであろうなあ」


 茜は嘆息し、頭を掻いて返答。


 「そういうのいいから、とっとと答えて。誰なの?」


 「おお、すまんのう。儂は斯貴(しぎ) 廻向(えこう)。元、斯貴の当主じゃ」


 「へー、おじいちゃんがそうなんだ。知らなかったなー」


 「クフフッ。これでも裏の世界ではそこそこ有名だと自負していたのだがのう。儂もまだまだということか」


 「あー、ごめんね。私そういうの興味ないから。鈴巴は知ってた?」


 「ええ、まあ……」


 鈴巴も廻向との面識はない。

 だが、天染家当主代行として、廻向の情報は頭に入れている。

 目の前の老人は間違いなく斯貴 廻向だ。

 記憶にある姿と一致している。


 それでも、この老人が斯貴 廻向だと信じたくなかった。

 しかし、信じざるを得ないだろう。

 老人から放たれる強大な気配。それが、紛れもなく廻向本人だと裏付けていた。


 「で、その斯貴家元御当主様が私達に何の用? 大人しく解毒剤を渡してくれるっていうんなら、お尻叩きぐらいで許してあげるけど?」


 廻向は笑う。


 「面白い嬢ちゃんだ。何の用、か。なあに、そう大したことではないさ。儂と遊んでいかんか?」


 「遊び?」

 

 茜が怪訝な表情で廻向に問い掛けた。

 廻向は纏った和装の内側に手を伸ばし、ある物を取り出した。


 それは親指ほどのサイズの瓶だった。

 瓶の中には錠剤が入っている。


 廻向は瓶を揺らして見せた。

 中の錠剤が瓶にぶつかり、音が鳴る。

 

 「お嬢ちゃん達が欲しておるのはこれかのう?」


 「それが解毒剤?」


 「そうじゃ」


 「じゃあ、それ渡して」


 「じゃから、そう急くなと言うた」


 廻向は唐突に瓶を口に含み、そのまま飲み込んだ。

 

 「なッ!?」


 茜が驚愕の表情で声を上げた。鈴巴も茜同様に驚いている。


 「ちょっと! 何してんの!?」


 「じゃから、遊びじゃ遊び。解毒剤が欲しいのじゃろ? なら奪ってみい。儂を殺して、儂の腹を掻っ捌いてのう」


 廻向のしわがれた笑い声が響いた。



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 怜は異変を感じていた。

 刀を握り、廃屋工場出口へと向かう。

 

 今は真夜中。おまけにこの場所は、人里離れた山間に位置する。

 近づく者は居ない筈だが、周囲には人の気配が満ちていた。


 闇の中に浮かぶ、赤い瞳。

 正気を失った赤い瞳が、夜の闇に浮かんでいた。


 怜は鞘から刀を抜いた。

 構えを取り、周囲に目を走らせる。


 闇から現れる亡者達。

 悪鬼のような表情で、唸り声を上げながら怜の前に姿をさらす。


 亡者達が、廃工場前の空き地に集結する。


 怜は即断した。

 腰を落とし、地面を蹴り上げた。

 

 前方亡者の正面に接近。

 刀を水平に振るう。

 

 風を切る音が鳴り、それと共に亡者の首が吹き飛ぶ。

 怜は一太刀で亡者の首を刎ねた。


 怜は間を置かず、獲物を変更。

 五体満足の亡者へと接近し、刀を一閃。


 肉と内臓と背骨を一振りで切断。

 亡者は上半身と下半身が分離し、大量に血をこぼしながら地面に沈む。


 怜はまだ止まらない。次々に亡者達を切り裂いていく。

 怜に言わせれば、亡者達の動きは遅すぎる。

 この程度の相手ならば何十体と切り裂ける。


 だが、それが数百体ならばどうか。


 亡者達は、間断なく現れる。

 断続的に怜に襲い掛かる。

 

 それでも怜は足を止めない。

 亡者の牙を躱し、振り下ろされる拳を避け、体当たりをいなす。


 怜は刀を振るい続ける。

 一心不乱に振り続ける。


 感情を切り離し、敵を屠り続ける。


 やるしかない。殺し続けるしかない。 


 今の自分には、これしか出来ないのだから。

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