63.ヒュペリオンの大難4
風を切る轟音。
椅子が空を裂きながら、竜一へと襲い掛かる。
竜一は回避。
最小限の動きで躱し、すぐに体勢を整える。
二発目がくる。
再び椅子を躱した時、竜一は巨大な圧を感じた。
アデブの突進。
竜一は大きく飛び退き、アデブの突進を躱す。
竜一は苦戦していた。
アデブの隙を見つけることが出来ない。
アデブの思考は意外にも冷静に機能しているようで、竜一を逃がさないように立ち回っている。
アデブに正気はないが、竜一を追い詰める様は、狡猾な狩人のようであった。
おそらくは、これはアデブに刻み込まれた殺し屋としての習性。
竜一は意を決する。
やるしかない。
間違っていた。相手は歴戦の猛者。
下手に隙を見せればやられる。
逃げるのは困難。ならば戦うしかない。
竜一はアデブを見据え、構えを取る。
そして、アデブの突進。
風圧。プレッシャー。
まるで大岩。
岩の塊が迫ってくる。
それを躱す竜一。
直後、竜一はアデブの背中を追い、アデブが振り向いた瞬間に合わせて飛び上がり、蹴りを放つ。
竜一の蹴りがアデブの顔面にヒット。
「―――ッ」
竜一は顔をしかめた。
硬い。
竜一の蹴りは確実にヒットした。
だが、まるで手応えがない。
アデブは丸太のように太い腕を振るった。
竜一はステップでアデブの腕を躱し、少し距離を取る。
またアデブの突進。
竜一は突進に合わせて垂直に飛ぶ。
アデブは竜一の下を通過。
着地した竜一は、床を蹴り上げアデブの方へ駆ける。
そして飛び上がり、空中で腰を捻り、右脚をアデブの横顔へと振り抜く。
直撃。
しかし、やはり手応えなし。
アデブにダメージを受けた様子はなく、唸り声を上げ竜一に反撃。
アデブは振り向きざまに裏拳を放った。
竜一は屈んで躱し、すぐさま距離を取る。
強い。
アデブにこちらの攻撃は通らず、しかもアデブの攻撃を一撃でもくらえば大ダメージは必至。
だが戦うしかない。
大丈夫だ。集中を途切らすな。
アデブの攻撃は躱せる。このままダメージを与え続ければ勝機が見えてくる筈だ。
竜一は集中し続けた。
アデブの攻撃を躱し、反撃を繰り出す。
それを何十回と繰り返した。
アデブの顎を殴る、蹴る。
アデブに変化が見られたのは、おそらく五十回以上、顎を殴りつけた時だ。
アデブの膝が揺れる。
一瞬だが、確かに揺れた。
竜一はこの機に全てを懸けた。
アデブの突進に合わせてカウンター。
竜一は右肘を前に突き出した。
アデブは止まらない。
竜一の右肘がアデブの顎に直撃。
竜一の右肘に大きな衝撃。
竜一は衝撃を受け吹き飛んだ。
竜一は後ろに吹き飛び、背中から壁に衝突。
「―――かはッ!」
背骨が軋み、全身に振動と衝撃。
すぐには起き上がれなかったが、問題はなかった。
竜一は大きなダメージを受けたが、アデブのダメージはその比ではなかった。
アデブは膝をついていた。
アデブは動けなかった。脳が激しく揺れている。
唾液を垂らしながら、血走った目で竜一を睨む。
竜一は自分の状態を確認。
動ける。
立ち上がり、竜一は突進。
膝をつくアデブの顎を蹴り上げた。
アデブは仰け反り、竜一は更に蹴り。
アデブの顎へ一点集中。
計六発蹴りを入れたところで、アデブは崩れ落ちた。
ズドンと衝撃が発生し、アデブの背中が床に衝突。
そして、アデブは動かなくなった。
「ハァ……ハァ……」
荒い息を整え、竜一は身を翻した。
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アデブは闇の中にいた。
ふと、自分の腕に視線をやる。
アデブの太い腕は、何かを握りしめていた。
首だ。
とても細く、脆い、子供の首だ。
アデブは視線を上げた。
首の上には、見覚えのある顔。
アデブが決して忘れることの出来なかった顔。
寝ても覚めても思い出す、かつてアデブが殺した筈の、幼女の顔だった。
幼女は死んでいた。
アデブはすぐに手を離したが、すでに遅かった。
幼女はもう、息をしない。永遠に。
また殺してしまった。二度も殺してしまった。
アデブは我が身を呪った。
そして祈った。我が身の破滅を。
ああ……御仏よ、私に罰を。
地獄の杭で我が身を貫き給え。
黒縄で我が首を縛り上げ、へし折り給え。
灼熱の業火で、我が身を焼き尽くし給え。
もっと、もっとだ。
もっと……もっと、私に罰を。私に破滅を。
「ぐあああッ!」
アデブは目を覚ました。
アデブの腕が動いた。袈裟の内側に手を伸ばし、ある物を取り出した。
それは、親指ほどのサイズの珠だった。
珠の先には針が付いている。
アデブはその針を自分の腕に刺した。
血管に針が入り、すぐに効果が表れる。
全身の血管が浮き上がり、脈を打ち始める。
只でさえ盛り上がった筋肉が更に膨れがる。
心臓が激しく脈を打ち、脳が過度に活性化し、理性が吹き飛んだ。
アデブのかつての通り名は『薬師』。
アデブが調合した特別な”薬"は、人間の潜在能力を強制的に引き出す。
常人が使えば心臓が張り裂けてしまうほどのその劇薬は、アデブ専用の特別仕様である。
強力なドーピング効果。その副作用は、まさに劇薬。
しかし、アデブならば耐えられる。
変異種としてのタフネスと、生まれながらの毒薬耐性。
それと、幼少の頃より訓練した賜物であった。
今、薬師は怪物となった。
そして、怪物は起き上がった。




