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56.修行3

 時刻は午後一時を回ったところであった。

 竜一たちは講堂にて僧侶の説法を聞き、それから場所を移した。


 石段を下り、少し歩いた位置に古民家がある。

 今はその古民家の広い居間で昼食を取っていた。


 精進料理というやつだ。

 豆腐に吸い物、大根や人参を煮た物、お粥。

 質素ながら美味かった。

 きっと、色々な工夫が凝らされているのだろう。

 薄味ながら、どれも食材の旨味を感じることが出来た。

 

 「うーん! 結構いけるね、これ!」


 明るい声音で感想を叫ぶのは茜だ。

 

 「茜、ちょっと、失礼だよ」


 「あっ、そかそか。ごめんなさい」


 茜の謝罪を聞いて、安慶は盛大に笑った。


 「アーハハハッ! いや、構いませんヨ。茜さんは、本当に愉快な方ダ」


 「エヘヘー。そうですかねー?」


 照れ笑いを浮かべる茜。

 竜一は、軽く嘆息し周囲の様子を窺った。

 

 この場に居るのは、七名。

 竜一、茜、静、安慶、それから老夫婦と中学生ぐらいの銀髪の少年。

 安慶以外の者たちは、修行体験の参加者だ。


 座布団の上に座り、皆で食事を取っている状況である。

 茜の無邪気にはしゃぐ様を見て、老夫婦は優し気な笑顔を浮かべている。

 静は黙々と箸を動かし、銀髪の少年は安慶と談笑している。


 「これ住職が作られたんですか? とても美味しいです!」


 少年は、爽やかな笑顔を浮かべ安慶を褒め称える。

 安慶は微笑みながら返事をした。


 「ありがとうゴザイマス。とても嬉しいでデス」


 この少年、見たところ、この国の人間ではなさそうだ。

 少年の容姿を形容するならばこうか。

 西洋の美少年。まさにその表現がぴったりの美しい見た目をしていた。

 

 少年の様子を観察していると、少年と目が合ってしまった。

 竜一は、心の中で「しまった」と呟いた。見すぎてしまったか、と。


 それでも少年は、嫌な顔一つしなかった。


 「お兄さん、羨ましいです」


 少年から声を掛けられ、竜一は慌てて返事をした。


 「え? な、なにが?」


 「だって、こんなに綺麗な女の人と一緒だなんて。しかも二人も」


 竜一は、反射的に反応してしまった。


 「確かに……」


 「プッ」


 少年は吹き出してしまった。

 そして、大きな笑い声を上げた。 


 「アハハハッ!」


 「な、なに?」


 ひとしきり笑ったあと、少年は竜一に返事をした。


 「あー、いやごめんなさい。お兄さんが面白いから」


 「そ、そうかな?」


 「そうですよ。自分のことなのに、確かに、って……プッ、アーハハハッ」


 ツボにはまってしまったようだ。

 

 「少年! 君は見る目あり! お姉さんは、君を褒め称えます!」


 そう叫んだのは茜。


 「うん。その意見に賛同……」


 小声でそう言ったのは静。


 少年は笑顔で声を発した。


 「アハハッ! ですよね!」


 そして、全員の目が竜一に向けられる。


 えっ……なに、この空気。


 竜一は、必死に声を絞り出した。


 「私は、本当に幸せ者です」


 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 いよいよ本格的な修行が始まった。

 座禅を組み、写経を行い、敷地内を掃き清め、講堂の清掃に取り組んだ。


 修行は、日頃ハードなトレーニングを積んでいる竜一にとってはそれほど厳しいものではなかったが、静にとっては過酷なものであったようだ。

 特に、講堂の雑巾がけには随分苦戦しているようだった。

 度々手を止めて深い溜息を吐いている。

 それでも、静は自分のペースで頑張っているようだった。

 少し休憩すると、また手を動かしている。

 

 竜一は感心しつつ、自分の仕事に集中することにした。


 すると、隣から声を掛けられた。


 「お兄さん、結構体力ありますね」


 銀髪の美少年だった。

 この少年の名は、カイレ・メーヴィス。

 年齢は十四歳。この少年から聞いた話では、ここには父親と共に来る予定だったらしいが、父親は仕事でこれなくなったとのこと。

 父親の仕事の関係で四年前からこの国に越して来たようで、一家揃ってこの国の文化にどっぷりと嵌ってしまったらしい。

 

 「ま、まあね。体力だけが取り柄だからね……。そういう君も、中々やるね」


 「実はやせ我慢してます。結構きついです」


 そう言う割には余裕そうなカイレ。

 竜一はカイレを観察しながら感想を浮かべる。

 まあ、この少年、凄く細いもんな……。


 カイレはとても華奢な体格をしていた。

 簡単に折れそうな細腕は少し心配になるほど。


 「そうなんだ……。まあ、無理しすぎないようにね?」


 「アハハッ、ありがとうございます。ところで、お兄さん」


 「ん?」


 「どっちが本命なんですか?」


 「どういうこと?」


 「またまたー、とぼけちゃって。朽葉さんと冬城さんのことですよ。どっちが、泉谷さんの本命なんですか?」


 「本命って……。あの二人は、そういうのじゃないよ」


 「いいじゃないですか。誰にも言いませんから教えてくださいよ」


 「い、いや、ホントにホントに……」


 「お兄さん、中々口が堅いんですねえ」


 竜一は少年からの追撃を逃れるため、打って出ることにした。


 「そ、そういう君はどうなの?」


 「何がです?」


 「学校で好きな子とかいないの?」


 少年は少し考えてから答えた。


 「うーん、居ませんねえ」


 「本当に? 君モテそうなのに」


 「そうですねー。そうかもしれないですけど、なーんかピンとこないんですよねー」


 「ピンとこない?」


 「はい。こういうのって理屈じゃないじゃないですか? フィーリングでバチッとくる子がいないといいますか」


 「は、はぁ……」


 随分大人っぽいことを言うな、と思いながら竜一は生返事をした。

 カイレは何かを思い出したように言う。

 

 「あ、でも、お兄さんは、ちょっといい感じかもしれません。少しだけバチッときます」


 「え? それって……」


 カイレは爽やかに笑った。


 「お兄さん、愛の形は色々ですよ」


 「……」


 竜一は何も言い返せなかった。

 こういった手合いは初めてだった。

 茜とはまた違う曲者感がある。


 「あっ! 竜一がサボってる!」


 と、茜の声が響いた。

 声の方に目を向けると、茜がこちらを指さして眉を吊り上げていた。


 「あ、やば」


 竜一は慌てて掃除を再開。

 

 そして、カイレの囁くような声が竜一の耳に響いた。


 「もしお兄さんがその気なら、僕は構いませんからね」

 

 なにが構わないのだろうか。

 そんな疑問が頭に浮かぶが、竜一は敢えて無視し、邪念を払うように床を掃き清めた。

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