55.修行2
円唐寺は、桂山の麓に存在する歴史ある寺院だ。
建立されてから八百年。現代までに何度か建て直しされたその寺院は、歴史的に貴重な文化財である。
広大な敷地面積を誇り、本尊には薬師如来が祭られている。
「皆さま、ようこそいらっしゃいました」
そう言って竜一達を迎え入れたのは、坊主頭の僧侶である。
柔和な笑みを浮かべる三十代ぐらいのその男は、自らのことを大鉄と名乗った。
竜一、茜、静の三人は、大鉄に先導され歩みを進める。
急な斜面に造られた石段を上る。
竜一は石段を上りながら後ろを振り向いた。
「うっ……もう無理……」
静が背中を丸めた状態で足を止めていた。
顔色は酷く悪い。
竜一は静に声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
静は目線を上げ竜一に返答。
「……無理」
竜一は苦笑いを浮かべる。
分かってはいたが、静の体力は人並み以下。
どう見ても、インドアって感じのタイプだしな……。
「というか冬城さん、その恰好……熱くないですか?」
静は山登りするかのような恰好をしている。
今は夏真っ盛り。標高の高い山に登るのならその恰好もありだとは思うのだが、ここは山の麓。
静の恰好は、単純に今の状況に適していないのだ。
「やっぱり……そうかな?」
「はい……そう思います」
「じゃあ、脱ごうかな……」
と言って、静はマウンテンパーカーを脱ぎ始めた。
白いティーシャツが露わになる。
そして竜一は、ハッと息を呑んだ。
静の着ている白いティーシャツが汗にぐっしょりと濡れていた。
生地の薄いティーシャツの下に淡い水色。
静の下着が透けて見えていたのだ。
竜一は慌てて顔を背けた。
竜一の挙動を不思議に思った静は尋ねた。
「……どうしたの?」
「あ、いや……その」
「ん?」
静は竜一顔を覗き込む。竜一と目線が合わない。
竜一は目線を逸らしたまま、咳ばらいを一つ。
「あの……やっぱり着てもらえます?」
「えっ、でも、着たら熱くて動けないし……」
本当になんでそんな恰好で来たんだ……。
とそんな疑問を浮かべつつ、竜一は溜息を吐いた。
それから竜一は、しゃがみ込んで静に背中を向けた。
「おぶりますので、乗ってください」
「……いいの?」
「はい」
「じゃあ、遠慮なく」
少しは遠慮して欲しいのだが……。
竜一は軽く溜息をつき、静を背負い歩き始めた。
まあ、いいか。今の肉体であれば、何も問題はない。
正直、軽すぎるぐらいだ。
「悪いね」
すぐ後ろで聞こえてくる静の声。
極度に密着した状態であるが、このシチュエーションはもう慣れたもの。
背中に感じる柔らかな弾力には、やはりどきまぎさせられてしまうが、平静を装い竜一は尋ねた。
「どうして、そんな恰好で来たんですか?」
「うん……」
少し間を置いて静は答えた。
「結局、どういう恰好がいいのか……分からなくて」
「……?」
「着ていく服、一晩悩み抜いたんだけど、結局決められなくて……」
「そうなん……ですか?」
「そう。それで、ちょっと迷走しちゃった」
「なるほど……」
流石に迷走しすぎではないだろうか。
無難にティーシャツ、ジーパンとかでいいではないか。
といった感想が竜一の頭に浮かぶが、口に出すのは止めておいた。
代わりに、別の疑問を口にする。
「どうして、そんなに悩むことがあるんですか?」
「それは……」
「それは?」
「だって……君に、少しでも……よく見られたくって」
「……」
竜一は考えてみた。
今の静の台詞。竜一を男として意識しているという旨の発言だ。
それはつまり、静は竜一のために悩み抜いたと言う事。
竜一の心境は少し複雑であった。
これは、どう返答するべきか。
静の好意が嬉しくないと言えば嘘になる。
しかし、自分は静の好意に応えることは出来ない。
何故なら、自分は静とは生きる世界が違うのだから。
今はただ、何かの偶然でほんの少しだけ道が重なってしまっただけ。
この偶然は本当に奇跡みたいなもので、人生に於いては僅かな一瞬であろう。
その一瞬に囚われてはいけない。
自分の道はもう決めた。自分の道は薄暗い細道。
静の歩む道とは異なる。
それでも、ここは一先ずこう言うべきか。
竜一は静に気持ちを伝えることにした。
「ありがとうございます」
息を呑む静の声が聞こえた。
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石段を登り切った竜一達を待っていたのは、広大な敷地であった。
砂利が敷かれた地面。敷地の中心には石畳が敷かれ、本尊まで伸びている。
正門をくぐって、向かって右には手水舎。
左側には講堂。正面には本尊。
「うわーッ! テンションあがるねー!」
「確かに……すごい」
「そうね……」
立派な建物を見て目を丸くする竜一達に、大鉄は喋りかけた。
「さあ、皆さん、住職の元まで案内いたします」
竜一達は、大鉄の後ろをついて歩き出した。
講堂は瓦屋根の木造建築の建物だ。
高さは一般家庭の住居程度だが、長さは並みではない。
おそらく五十メートル以上。
厳かかつ重厚感を放つその建物は、主に僧侶が説法を説く場所である。
「住職! お客様をお連れしました!」
大鉄の声が講堂に響いた。
襖越しに、人の動く気配がした。
床を軋ませて、その者が近付いてくる。
足音が止み、襖が開け放たれた。
「おーう! お待ちしてオリマシタ!」
陽気で野太い声が講堂に響いた。
竜一は、またもや目を丸くした。
一瞬だけ呼吸を忘れてしまう。
あまりにも衝撃だった。
目の前の男が、あまりにも巨大だったから。
恐らく、身長は二メートル五十センチ以上。
体に纏う筋肉は、まるで岩の塊。
巨漢などという言葉では易しすぎる。
かつて戦ったワン・ジーウェンも巨体を誇っていたが、目の前のこの男は、それの数段上をいく。
肌は黒く、顔立ちは明らかに東洋人ではない。
なんてプレッシャーだ。
竜一は、一歩も動けなかった。
茜ですら、息を呑み固まっている。
「あー、スミマセン。驚きマスヨネ」
巨体を誇る住職は、坊主頭をペチンと叩いて申し訳なさそうに言った。
「どうか、リラックスしてクダサイ。取って食ったりは、シマセンヨ」
「す―――」
茜の声が聞こえた。
竜一は茜の様子を窺う。
「すっ―――ごい!」
茜の声が響いた。
「すごいね! 何を食べたらそんなに大きくなれるんですか!?」
遠慮のない茜の質問。
竜一は茜を窘めることにした。
「ちょ、茜、だめだって」
茜はハッとして、住職に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ハ―――ハハハハハッ!」
住職は笑った。
声量が大きすぎて、まるで爆発が起きたかのようであった。
住職は手を叩いて愉快そうに笑う。
やがて、目に涙を溜めながら住職は言った。
「そんな反応をした人は初めてデス。いや、結構結構。怖がられるよりよっぽどイイ」
「アハハー。そう言って貰えて何よりですー」
茜は頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべている。
住職は咳払いをして、名を名乗った。
「私は、この円唐寺の住職デス。名を安景と申しマス」




