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53.朽葉家本邸にて2

 散々泣きわめいて、どうにか落ち着いたクララは竜一に言った。


 「ごめんさいね、泉谷くん。みっともないところを見せちゃったわね」


 「あ、い、いえ、そんなことはないですよ……」


 遠慮がちに答える竜一に対して、クララは黙り込む。


 「あ、あの……何か?」


 クララは立ち上がって、竜一の隣に腰を下ろした。

 

 「君のことは、茜ちゃんから色々と聞いているわ」


 「そ、そうなんですか?」


 「ええ。大丈夫よ、茜ちゃんが決めた子なら、私、口は挟まないから」


 「は、はあ……」


 と、気の抜けた返事を返す竜一は、体に衝撃を受けた。

 いきなりクララに抱きしめられたのだ。


 「ああ、君はもう私の息子ね! これからも茜ちゃんをよろしくお願いするわね」


 「え? あ、あの、ちょっと……」


 理解が追いつかず、上手く言葉が出てこなかった。

 そして、クララから伝わってくる人の温もりと、柑橘類の香り。


 「困ったことがあったら、ママに言うのよ、竜一くん」


 「あ、いや、その……」


 このクララの強引な感じは茜と同じだ。

 そして、思い込みが激しいところは菖蒲と共通するところか。


 竜一の様子を見兼ねて、茜は口を挟んだ。


 「もう! お母さん! 竜一が困っているでしょ!」


 「そ、そうね! ごめんなさいね、茜ちゃん。それと竜一くんも」


 クララは竜一から離れ、今度は茜に抱き着いた。

 茜は少し困ったような様子でクララに言う。


 「お母さん、ちょっと休もうか」


 「ええ、そうねえ……」


 そう言って、クララは茜に支えられながら立ち上がった。


 「竜一くん、それでは失礼させてもらうわねえ。これからもちょくちょく、顔を見せてね」


 儚げな笑みを浮かべるクララ。

 竜一は立ち上がって返事。


 「わ、分かりました。今日はありがとうございました」


 と言って、頭を下げた。クララは満足げに頷いた。

 茜は竜一に声をかけた。


 「寝室までお母さんを連れて行くから、ちょっと待っててね」


 そう言い残し、茜はクララを連れて部屋を出て行った。


 「ふぅ……」

 

 と竜一は息を漏らした。

 押し寄せてくる疲労感。

 クララは思っていた以上に強烈な性格だった。

 強引で思い込みの激しい性格。そして、娘達に対して途轍もなく甘い。

 あるいはそれは、依存とも言えるのかもしれない。


 それでも、クララの失意を慮ることは出来る。

 実の娘が突然失踪したのだ。それに心を痛めない母親は殆ど居ないはずだ。

 そのことを今の今まで忘れていたのは、クララが裏の世界で力を持つ存在であったから。

 こと母親というものに関しては、表も裏もないようだ。

 

 竜一は差し出されたお茶を一口飲んで、一息ついた。

 緑茶の渋みが、竜一の舌に広がる。


 そしてその時、部屋の襖が開いた。


 「君が泉谷君か」


 襖が開くと同時に、一人の男が入ってきた。


 四十代ぐらいの男で、体格は細身。

 端正な顔立ち。髪色は橙。短髪。瞳はアンバー。

 グレーのスーツを纏い、ビジネスマンのような出で立ち。


 その男は、竜一の対面に座り自己紹介を行った。


 「突然すまない。私は朽葉 桐也。朽葉 クララの弟で、菖蒲と茜にとっては、叔父ということになるねえ」

 

 「あ、俺……僕は泉谷 竜一です」


 「ハハハッ! そう畏まらないでくれ。どうかリラックスして」


 「わ、分かりました。ありがとうございます」


 桐也は柔和な笑みを浮かべながら、竜一に喋りかけた。


 「それにしても、大変だったろ? うちの姉さんは」


 「い、いえ。そんなことは……」


 「そうかい? 姉さんは少し精神的に脆いところがあってね。実力は確かなんだが……。とにかく迷惑をかけたならすまない」


 頭を下げる桐也に、竜一は慌てて返事をする。


 「い、いえいえ! 本当に大丈夫ですから! 頭を上げてください!」


 「感謝する。でも、やはり君には謝罪をしなければならない。菖蒲の件では、君に大変な迷惑をかけたようだ。朽葉家を代表して、君に謝罪と感謝を」


 「そ、その件も大丈夫ですから! 僕は僕の意志で動いたまでですので!」


 桐也は顔を上げて竜一を見据える。


 「ふーむ。僕の意志で、か。なるほど、これはこれは……」


 「あの?」


 「ああ、すまない。君はいい男だな。これからもよろしく頼む!」


 桐也に右手を差し出され、竜一はその右手を握る。 

 二人はがっちりと握手を交わした。


 「あれー? 桐ちゃんじゃん」


 と部屋に飛び込んできたのは、茜の声。

 茜が部屋に戻ってきたのだ。


 「茜、ご苦労様だね」

 

 「うん、桐ちゃんもね。もう竜一と仲良くなったの?」


 「ああ。彼のこと、とても気に入ったよ」


 「良かったー」


 朗らかに笑ったあと、茜は桐也に言った。


 「そういえばさー、桐ちゃんがこの前担当した事件の話、詳しく教えてよ」


 「ああ……。ホテル・オルトシアの件だね」


 桐也は竜一に視線を向け口を開いた。


 「ちょうどいい。泉谷君も聞いておくといい。君はもう内の一員だからね」


 一員?

 疑問に思ったが、竜一は口を挟まなかった。


 桐也は話し始めた。


 その内容は、ホテル・オルトシアで発生した殺人事件について。

 犯人は変異種として覚醒した二人組。

 怜と協力して変異種を退治することに成功したが、その犯人には、通常の変異種と異なる点があった。

 

 犯人には異形の血が色濃く出ていた。

 口から糸を吐き出し、背中から八つの昆虫の脚を生やすその姿は、蜘蛛の化け物のようであった。


 その話に目を輝かせて聞く茜と、どう反応してよいか分からない竜一。


 茜と竜一の反応を見て、桐也は「ついでに話しておこう」と続ける。

 それは今現在、裏の世界を騒がせている事柄についてだった。


 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 この国の裏の世界で大きな力を持つ純粋種の家系が五つある。


 天染家。朽葉家。御形家。園浄家。斯貴家。

 いずれも異形の力を現代まで継承してきた家系であり、裏の世界に生きる者達から畏怖を持って語られる存在。

 

 そして今現在、裏の世界を騒がせていることが二つ。

 一つは、朽葉 菖蒲が朽葉家から離反したことについて。

 これについては様々な憶測が飛び交い、一月以上が経った今尚、裏の世界を騒がせている。


 そしてもう一つ。

 それは、斯貴家についてである。

 斯貴家当主、斯貴(しぎ) 廻向(えこう)が、その妻、斯貴 (まゆみ)を殺害。

 殺害後、当主の立場を捨てると宣言し、何処かへ消え失せたという。

 

 正気を失ったとしか思えない、廻向の凶行。

 凶行に及んだ理由は不明。少なくとも、斯貴家内の者達に知りえる者は居らず、混乱が起きている様子。


 以上が、竜一が桐也から聞かされた裏の情報であった。

 

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