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52.朽葉家本邸にて1

 日曜日の午後。竜一は、安請け合いしたことを後悔した。


 目の前には、豪邸と呼ぶにふさわしい和風建築の屋敷。

 以前、茜と菖蒲の住む屋敷に行ったことがあるが、目の前の屋敷は、それよりも数段上の規模。

 

 人里離れた位置で、少し小高い丘に存在するその屋敷は、朽葉家の本邸である。

 屋敷を囲う塀はどこまでも横に広がっており、まるで外界と屋敷を別つ結界のようであった。

 

 茜から聞くところによると、茜と菖蒲が二人で住んでいた屋敷は、朽葉家から茜に対して与えられた物らしい。

 与えられた切っ掛けは、茜が一人暮らしをしたいと言い出したこと。

 茜の両親は、その茜の提案を却下したが、茜は食い下がった。

 そして、茜に対して助け舟を出したのは菖蒲であった。

 菖蒲は、自分と茜が二人で住むのならどうか? と提案。茜の面倒をみるから、と両親に頼み込んだのだ。

 

 結果は、竜一も知っての通り。茜と菖蒲は屋敷を与えられ、仲良く二人暮らしを送っていたのだが、その行く末も竜一の知っての通り。

 茜は現在、この本邸に戻っているとのこと。


 「さあ、行くよ!」


 茜は、竜一の手を引いて歩き出した。

 和風庭園を通り過ぎ、屋敷玄関前に到着。

 周囲には、無数の監視カメラ。

 

 朽葉家の本邸に忍び込み者など、いるのだろうか?

 と疑問に思う竜一であったが、備えあれば憂いなしというやつか、と自分を納得させる。


 屋敷の中は静かだった。

 室内はしんと静まり返っている。

 勝手な想像ながら、家政婦の類が大勢働いているのかと思っていたが、そのような存在は見当たらない。

 

 案内されたのは、広々とした和室。

 部屋の真ん中には、黒檀の机。畳の上に敷かれた座布団。

 

 「まあ、座ってよ」


 「う、うん……」


 竜一は、ゆっくりと座布団の上に腰を下ろした。

 

 「じゃあ、ちょっとお母さん呼んでくるね!」


 と言って、茜は襖を開けて部屋を出て行った。

 

 竜一の胸に緊張が込み上げてくる。

 もう一度、考えてみる。自分は何故、ここにいるんだろう。

 茜は、お母さんに竜一のことを紹介したい、と言った。

 深く考えずに安請け合いしてしまったが、その意図するところはなにか。

 

 分からない。何か、裏の世界の仕来り的な何かだろうか。

 そういった先入観が竜一の頭を悩ました。

 

 そして、ここからが本番。

 朽葉家現当主との謁見。

 裏の世界で大きな力を持つ一族の当主とは、どのような人物であるのか。

 竜一の緊張は、ピークを迎えようとしている。


 いよいよ、その時が訪れる。

 部屋の襖が開いた。


 その人物は、静かに入ってきた。

 

 喪服……?


 竜一が最初に抱いたのは、喪服? という感想。

 

 喪服を纏う女だった。

 その女は、視線を下に向けながら、ゆっくりとした足運びで畳の上を歩き、上品に座布団の上に腰を下ろした。


 竜一は、その女の顔を見た。

 思わず息を呑んでしまう。


 とても美しい女だった。

 長い橙色の髪。瞳はアンバー。

 間違いなく茜と血縁関係。

 そしてその顔は、茜がそのまま大人になったような相貌であった。

 

 茜よりも小柄なその女は、竜一と視線を合わせ、僅かに微笑んだ。

 茜は言う。


 「さあ、竜一、お母さん、紹介するね!」


 茜は、立ったまま声を響かせた。


 「えー、こちらが泉谷 竜一君です。そしてこちらが、私のお母さん、朽葉 クララです」


 やっぱりお母さんか……。

 分かってはいたが、竜一は驚いた。

 クララの外見があまりにも若かったから。

 とても大きな娘が二人いるとは思えないような、若々しい外見。

 そして意外なことに、クララは随分と落ち着いていた。

 性格は、茜とは随分違うようだ。


 竜一は、遠慮がちに挨拶をした。


 「えーっと、泉谷 竜一です。よろしくお願いします……」


 「こちらこそよろしくね」


 静かにそう返すクララ。どこか寂し気なクララの相貌。

 竜一は気付いた。

 

 随分とやつれているな……。


 そう思った瞬間、クララの表情に変化。

 

 「うっ……」


 眉間の皺が深くなり、クララは声を漏らした。


 ん?

 異変を感じ取った竜一は、クララに声をかけようとした。

 

 そしてその時、クララは感情を爆発させた。


 「うっ……うっ……うわあああああああんんんッ!」


 クララは大声を上げて泣き出してしまった。

 机に突っ伏して、声を荒げ泣きわめいている。


 呆気に取られる竜一。

 竜一を差し置いて、クララは泣き続ける。


 「うわああんッ! 菖蒲ちゃん、ママ寂しいよおおおおおッ!」


 「お、お母さん! 大丈夫だから! 落ち着いて、ね?」


 クララの背中を優しく擦りながらフォローする茜。

 それから茜は、悲し気に呟く。


 「それと、ごめんね。お姉ちゃんが居なくなったのは私のせい……」


 クララはそれを聞いて、ハッと顔を上げて茜を抱きしめた。


 「ち、違うの! 茜ちゃんのせいじゃないのよ!? ごめんね、ごめんね! 茜ちゃん! ママのことを嫌いにならないでええッ!」


 わんわんと鳴き続けるクララの姿を見て、竜一は思った。

 竜一のクララへの第一印象は、落ち着いた清楚な美人。


 だがそれは、一瞬にして覆された。


 これは……中々だな……。

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