表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/91

47.戦いのあとに

 朽葉 菖蒲の出奔は、すぐさま裏の世界に知れ渡った。

 そして、様々な憶測が飛び交う。

 

 それは、菖蒲の出奔の理由について。

 朽葉家の体制が気に入らなかっただとか、協力関係にある天染家を恨んでいただとか、様々な憶測と噂話が飛び交ったのだ。

 ゴシップネタで賑わうのは、表も裏も同じであるということだろうか。


 茜は真実を知っている。

 菖蒲は茜のことを恨んでいた。とてもとても恨んでいた。実の妹を殺そうとするほど恨んでいた。

 しかし、茜はその悪意に気が付かなかった。

 

 いや、それは違うのかもしれない。


 気が付かなかったのではなく、気付きたくなかっただけなのかもしれない。

 築かれてきたと思っていた姉妹の絆が、大好きだった姉への情が、茜の眼を曇らせていたのかもしれない。


 そして、それを無理やりに気付かされた。

 本当に、最悪の形で気付かされた。


 茜は考えを整理する。


 恐らく、ワン・ジーウェンに茜の殺害を依頼したのは菖蒲だ。

 竜一の魅了の影響下に入り、平常心を失った茜の様子を菖蒲は感じ取った。そして、行動に移したのだ。

 しかしそれは失敗に終わる。


 菖蒲は考えた筈だ。何故失敗したのか。どうすれば成功するのか。

 そして菖蒲は結論を出した。

 茜を討つには、まずは周囲の者達を蹴散らさなければならない。

 そのため、天染家を煽り、邪魔な鈴巴を失脚させるよう仕向けた。

 何度繰り返すつもりだったのかは分からないが、おそらくは、鈴巴が完全に失脚するまで続けるつもりだったのだろう。

 それと共に、どこかで竜一を殺すことも考えていた筈だ。


 そして、邪魔者を一掃した暁には、満を持して茜を殺害する腹積もりだったと思われる。


 しかし、その計画は全て崩れ去った。

 一人の少年によって。


 茜はその少年に感謝している。本当に心の底から感謝をしている。

 どれほど感謝すればよいのか分からないぐらい感謝し、それと同じぐらい愛してる。

 

 この愛を表現するのは難しい。この愛を図る定規を自分は持ち合わせていない。

 

 それ故に、とても大きな罪悪感が胸の内に溢れ出る。

 

 私は、そんな愛しい人を傷つけてしまった。厳密には、私が直接傷つけたわけではないが、だが、それでも、深く後悔し強烈な無力感に苛まれる。


 私のせいだ。私が弱いから、私が無力だから、姉の悪意を全て、あの少年は引き受けたのだ。

 

 茜は強く願った。


 もう、私は逃げない。私は姉と立ち向かう。もう二度と逃げないと誓う。

 

 だからどうか……神様……。



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 菖蒲が朽葉家を出奔してから一瞬間が経った。

 

 竜一は未だ目覚めない。


 竜一の強靭さと回復力は、人の領域を大きく上回る。

 それでも、竜一が受けたダメージは甚大。

 命があるだけでも奇跡といえた。


 茜は、病院のベッドで眠る竜一の顔を見つめ続けていた。

 ベッドの脇に設置された丸椅子に座り込み、茜は只々、祈った。

 

 窓から入り込む風は湿り気を帯びており、微かに新緑の香りが混じっていた。

 雲が流れ、強い日差しが病室に降り注いだ。

 

 茜は竜一が眩しがらないようにカーテンを閉めた。

 そして、この広い個室を見回す。

 この個室は、鈴巴が用意したものだ。

 鈴巴のコネと財力で、出来得る限りの治療を施し、出来得る限りの処置をした。

 

 出来得ることは全てやった。他に出来る事と言えば、ただひたすらに祈り続けることだけ。

 

 だから、茜は祈り続ける。目を閉じて、両の手の指先を絡め、ひたすらに念じ続けた。


 病室の扉が開く音が聞こえた。

 その後、足音が近づいてくる。

 

 「茜」


 名前を呼ばれ、茜は目を開けた。


 「鈴巴」


 茜は鈴巴の名をポツリと呼び、鈴巴は言葉を返した。


 「茜、少しぐらい眠ったほうがいいわ」


 「……うん」


 茜は静かに返事して、視線を落とした。

 鈴巴に頷いてみせたが、とてもそんな気にはならない。


 「茜」


 また鈴巴に名を呼ばれ、視線を鈴巴に向ける。


 「……なに?」

 

 「ごめんなさい」


 鈴巴は深く頭を下げた。深く頭を下げ、そのまま動かなかった。

 茜は尋ねる。


 「何?……急に」


 鈴巴は頭を下げたまま、茜に告げる。

 

 「私は薄々、漆黒の騎士の正体に気付いていたわ。私を退けるほどの膂力、そしてあの体格とあの赤煙。確信は得られなかったけれど、そうではないかと薄々感づいていたの。それでも尚、私は貴方に協力を申し出た。その結果、貴方を深く傷つけてしまった。だからこれは、その謝罪。謝っても許してもらえるかは分からないけど……これが私の気持ち」


 茜は立ち上がった。

 それから、鈴巴の肩にそっと触れ、鈴巴に言った。


 「頭を上げて、鈴巴」


 頭をゆっくりと上げる鈴巴に、茜は続けて言う。

 

 「謝る必要はない。悪いのは私。それに、鈴巴は私を信じてくれたんでしょ? だって、鈴巴には、お姉ちゃんの独断なのか、朽葉家の総意なのか判断できなかった筈。それなのに、私に協力を求めた。私が、朽葉家の意を受けて裏切る可能性もあったのに。それって、私を信じてくれたからだよね? 私を朽葉家の人間としてではなく、朽葉 茜という個人として見てくれた」


 「それは……」


 「だから、私は鈴巴を恨まない。そもそも、私に誰かを恨む資格なんてない」


 鈴巴は茜の手を両手で包み込んだ。

 それから、茜に自分の意志を伝えた。


 「茜、もう自分を責めるのは止めなさい。それをしても、泉谷君は喜ばない。それは、貴方も分かっているでしょう?」


 茜は黙り込んだ。

 そして、茜は返答出来なかった。

 

 茜の瞳から涙がこぼれた。

 

 鈴巴は両腕で茜の体を抱いた。

 強く強く抱きしめた。


 茜の涙は止まらない。

 鈴巴は赤子をあやすように茜の背中を優しく叩き続けた。


 二人は、しばらくそうしていた。


 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 静寂に包まれた病室。

 

 茜は病室に設置された時計の針を確認。

 時刻は午後九時を回っていた。

  

 今日はもう帰らなくては。

 鈴巴に注意されたばかりだ。自分を責めて、ずっとここに張りついてても、竜一は喜ばない。

 

 この少年はいつだって、私のことを思ってくれた。

 もし、竜一が起きていたのだとしたら、きっと私を諫めただろう。


 何というだろうか。


 台詞自体は分からないが、その光景がすぐに浮かび上がる。


 その光景を思い浮かべ、茜はクスッと笑う。

 

 そして、竜一の寝顔を見つめる。

 竜一の顔にグッと自分の顔を近づける。


 確かに、呼吸音がした。そこにあるのは、人の温もり。まだ竜一が生きているという確かな証拠。

 今の茜にとっては、その証拠こそが、自分の生きる活力。

 

 竜一が生きていることこそが、自分の生きる希望。

 再び、竜一が起き上がってくれることが、再び、竜一と会話することが、再び、竜一と笑い合うことが、私の望みであり、私の生きる理由。


 そう思うと同時に、また少年への思いが溢れた。


 もう押しとどめておくことは出来なかった。どうしても無理だった。


 茜は自分の唇を竜一の唇に重ねた。


 これはずるいことだ。

 無防備な相手に、こんなことをするのは、恥ずべき行為だ。

 それは分かっている。

 

 「ごめんね……」


 そう呟き、竜一の手を握る。

 強く握り、竜一の熱を感じ取った。


 また明日生きていけるように、また明日笑って過ごせるように、茜は竜一の熱を自分の掌に植え付けた。


 そして、名残惜しいがとうとう時間がやってきてしまった。

 帰らなければならない。


 茜は竜一の手をもう一度強く握った。


 そして、手を放そうとした瞬間、違和感を感じた。

 

 「……えっ……りゅう……いち?」


 竜一の指先が動いた。

 僅かだが、確かに動いたのだ。


 「竜一!」


 茜は叫んだ。必死になって叫んだ。

 その瞳には涙が滲んでいた。


 竜一は闇の中から目覚めた。

 何が切っ掛けだったかは分からない。

 ただ、誰かに呼ばれたような気がした。

 誰かに求められたような気がした。


 竜一は薄目を開けて、自分を目覚めさせてくれた少女の姿を見た。


 少女は泣いていた。大粒の涙をこぼし、嗚咽を漏らしていた。

 

 竜一は思った。

 ああ、また泣かせてしまった。

 それだけは駄目なのに、自分はまたそれをさせてしまった。


 竜一は、ひどく擦れた声で、茜に話しかけた。

 

 「泣か……ないで……」


 微かに笑い、茜に手を伸ばした。

 茜の頬に触れ、優しく撫でる。


 それでも茜は泣き止まなかった。

 瞳から涙が溢れ続け、流れ続けた。


 竜一は茜に微笑んで見せた。

 そして、考えてみることにした。


 どうすれば、その涙を止められるのだろう。

これで二章は終了です。ここまで読んで頂きありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ