44.再戦7
菖蒲は右手の握力で茜の首を絞めつける。
ギリギリと茜の首が締め上げられていく。
菖蒲の右手は頭上に掲げられている。
茜の足は地面から離れ、体を持ち上げられている状態。
茜は唾液を垂らしながら、閉塞した気管を無理やりこじ開けて、声を絞り出した。
「や……やめて……おねえ、ちゃ……」
実の妹の苦しむ様を見ても、菖蒲は手を緩めない。
菖蒲は薄く笑みを浮かべ、目を細めながら茜に言う。
「茜、苦しいの? でもね、お姉ちゃんも苦しいのよ。私だってね、貴方を愛そうとしたわ。でも駄目だった。どうしても出来なかった。私もね、ずーっと苦しかったの。だからね、もう終わりにしましょう。この苦しみは、今日で終わりにしましょうよ」
「ご、ごめん……な……」
「謝らなくていいのよ。私だって分かっているわ。私も悪いのだから。私は、妹を愛せなかった未熟な姉よ。だからね―――、これはお相子よ」
菖蒲は笑みを絶やさない。妹の首を絞めつけながらも尚。
その時、微かに音が聞こえた。
それは、何かがひび割れる音。
「何かしら?」
背後から聞こえる音に注意を向けようとした瞬間、背後で爆発が発生。
大量に飛び散る壁の破片。
空気が激しく震え、衝撃が駆け抜けた。
菖蒲は茜の首から手を放し、即座に身を翻したが一歩遅かった。
竜一の方が僅かに速かった。
壁を突き破り、廊下に飛び出した竜一は菖蒲に急接近。
そして、菖蒲の首に手を伸ばし、掴み上げた。
それから、全身の筋肉を使って、全力で放り投げた。
菖蒲は弾丸の如く勢いで飛び、エレベーターのドアに衝突。
ドアを破壊し、エレベーター内の壁にぶつかり、ようやく体が止まった。
竜一は追撃しなかった。
そんなことより大事なことがあったから。
竜一は茜に近付き、腰を下ろした。
地面に座り込み、顔を俯けて両手で耳を抑える茜に向かって声をかける。
「朽葉さん。辛いのは分かる。でも、気をしっかり持つんだ」
茜は竜一の言葉には無反応。
「なんで、どうして。私が悪い。ごめんなさい。お姉ちゃん。ごめんなさい」
独り言を呟きながら、虚ろな目で床を見つめ続ける茜。
竜一は改めて衝撃を受けた。
こんな茜は今まで見たことがない。いつも元気で、明るい笑みを振りまく少女は、そこには居なかった。
それほど、ショックだったのか……。
茜の受けた精神的ダメージの大きさを知り動揺するが、竜一は尚も言葉を放った。
「落ち着いて。とにかく落ち着くんだ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「朽葉さん、聞いて!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「聞くんだ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「俺の話を聞け! 茜!」
竜一は茜の肩を揺すり、茜に強く呼びかけた。
そして、そこでようやく茜は反応を見せた。
「りゅ、りゅういち……く……ん?」
「そうだ! 俺だよ!」
「ごめんね、竜一君……全部、私のせいだったんだ……」
「ちがう! それは違う!」
「ちがわない。私のせいだ。私のせいだ……」
竜一は深呼吸し、己のやるべきことを定めた。
両腕で茜を強く抱きしめ、優しく告げる。
「もういい。もういいんだ。今は何も考えなくていい。嫌なことは考えなくていいんだ」
「で、でも……」
「余計なことは全て頭から追い出すんだ。俺のことだけ見てくれ。俺のことだけ考えてくれ」
茜の息を呑む声が聞こえた。
そして、茜は嗚咽を漏らし、泣き始めた。
「う、うん……わかっ……た」
竜一はもう一度茜を強く抱きしめ、優しく背中を叩いて、それから意を決して立ち上がった。
茜の名残惜しそうな声が聞こえたが、竜一は茜の方には振り向かなかった。
やるべきことがあったから。
「話には聞いていたけど、驚いたわ。君のその力、本当に朽葉の力なのね」
竜一は菖蒲を睨みつけ返答。
「菖蒲さん、もう何を言っても無駄でしょうか?」
「そうねえ、難しいでしょうねえ。けど、試してもらっても構わないわよ? なんなら私を口説き落としてみる?」
「それは、こちらから願い下げです」
「あら残念。でもそうなると、方法は一つしかないのだけれど、いいのかしら?」
口角を吊り上げ、琥珀の瞳を細め、菖蒲は続ける。
「私は本物の朽葉。貴方のその力は所詮、紛い物でしょ? 私に勝てるのかしら?」
「関係ありません」
「どういうことかしら?」
「俺は今、過去最高に頭にきてます。だから、貴方を殴ります。ただ、それだけです」
「うふふっ……ふふふふふふふふっ」
口元を手で押さえて笑い、愉し気に菖蒲は言う。
「いいわねえ、貴方。いいわぁ……貴方を”敵”と定めましょう」
そして、菖蒲は己の身分を高らかに宣言した。
「朽葉二十八部衆階二位羅号迦楼羅、朽葉 菖蒲」
「天染家当主代行配下、泉谷 竜一」
朱い瞳で赤い皮膚。体から煙を上げながら、二人の鬼神は衝突する。




