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43.再戦6

 「菖蒲さん……?」


 菖蒲は竜一の呟きに反応した。


 「あら、泉谷君。すいぶんやられているみたいね」


 菖蒲は平然と言ってのけた。

 砕け散った兜の隙間から覗く優し気な笑みは、以前見た菖蒲のものとまったく同一。

 

 「な、なんで……?」


 理解が追いつかない。

 竜一がどうにか絞り出した声は、風に消えてしまいそうな程小さく擦れていた。

 菖蒲は竜一の問いに答えた。


 「なんでって決まっているわ。茜が憎いからよ」


 その菖蒲の答えに、竜一は声を張り上げて更に問いを投げる。

 

 「ど、どうして!? 姉妹でしょ!?」


 「確かに、茜とは姉妹よ。それは間違いがない」


 「な、なら、どうして!?」


 「関係ないのよ。姉妹だとか、血がつながっているだとか。私達の生きている世界ではね。ねえ、泉谷君、君には分かるかしら? 出来すぎた妹を持った姉の気持ちが」


 「突然……何を言ってるんですか?」


 「突然? 突然なんかじゃ全然ないわ。私はねえ、ずーっと我慢してきたのよ。茜が生まれてから十五年間ずっとね」


 菖蒲は優しい笑みから一転、眉間に皺を寄せ、口元を歪めて語り出した。


 「茜はねえ、天才なのよ。いいえ、天才……という言葉では言い表せないわね。何といったらいいかしら? 適当な言葉が浮かばないのだけれど、とにかく茜は、天からいくつもの天稟を与えられて生まれて来た。私はそんな茜と比べられて生きて来たの。たまったもんじゃないわ。茜のせいで、私は朽葉家の者達から軽んじられてきたのよ」


 菖蒲は尚も語る。


 「しまいには、次期朽葉家当主に茜を推す声が強まっている。おかしいじゃないのよ。私は長女よ。それに、今までどれだけ朽葉家に尽くしてきたと思ってるのよ。茜は殆ど実績がないのに、私はずーっと頑張ってきたのに、おかしいじゃないのよ!」


 段々と声に熱がこもり、最後には激昂する菖蒲。

 竜一は菖蒲の言っていることが理解できなかった。

 意味自体は分かる。優秀な妹と比べられ、煮え湯を飲まされてきたのだろう。

 でも、分からない。

 だからって、妹を殺そうとする心理が理解できない。


 だって、この世にただ一人、血を分けた大切な家族じゃないか。

 それは、竜一が失ってしまったものだ。

 もう二度と、どれだけ願っても、絶対に得られないものだ。


 菖蒲はそれを自ら捨て去ろうとしている。

 竜一には到底理解できるものではなかった。


 言葉を失う竜一の耳に、ジェイミーの声が聞こえた。


 「あー、菖蒲の姉ちゃん。そろそろいいか? 俺はリュウイチと決着をつけなきゃならねえ」


 「あら、ごめんなさいね。そうだったわね、邪魔したわね」


 菖蒲は薄く笑いながら、茜に近付いた。


 「茜、立ちなさい。続きをするわよ」


 茜は顔を俯けて震え続ける。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 茜は青白い顔で、そう呟き続ける。

 目の焦点はあっておらず、最早完全に戦意を喪失している。

 

 「今更、謝ったって遅いのよ」


 菖蒲は茜の首筋を掴み、頭上に持ち上げた。

 

 竜一は声を張り上げた。


 「朽葉さん! しっかりするんだ!」


 茜はその声に反応を示した。

 僅かに顔を竜一の方へ向け、ポツリとこぼした。


 「竜一君……」


 その茜の瞳には、涙がこぼれていた。


 菖蒲は戦意を失った茜に対して容赦することはなかった。

 茜を廊下に勢いよく放り投げた。

 

 茜の体が廊下の壁に激突。

 そして、菖蒲は茜の後を追ってこの部屋から消え失せた。


 茜と菖蒲が消え去り、部屋には竜一とジェイミーだけとなった。


 「さあ、邪魔は消えた。続きをするぜえ、リュウイチ」


 ジェイミーは姉妹の確執について、これっぽっちも興味はないようだ。

 ジェイミーは金で動いているだけ。依頼主の主義、主張は一切感心がない。


 ジェイミーは動いた。

 竜一の頭蓋を粉砕せんと、右足を振り上げた。


 竜一はこの時、ジェイミーに対しての興味を一切消失していた。

 

 竜一は見た。

 茜が泣いているところを、見た。

 

 それは駄目だ。それだけは駄目なんだ。

 

 あの少女だけは、泣かしちゃいけない。

 だけど、不甲斐ない自分はそれをさせてしまった。


 あれは俺のせいだ。不甲斐ない俺の。俺が弱いからだ。


 だったら、強くならなきゃいけない。

 あの涙を止めなくちゃいけない。


 竜一は覚悟を決めた。

 怜に忠告されていたことを思い出す。

 体が耐えられるのか分からない。最悪死ぬかもしれない。


 でも、そんなことはどうだっていい。

 茜の涙を止められるのなら、そのためなら―――、死んだってかまわない。


 その瞬間、竜一は力を解き放った。


 直後、体の奥から爆発的な力が溢れる。

 心臓が張り裂けるほど加速。全身にエネルギーが駆け巡り、血液は煮えたぎり、細胞は活性化し、肉体は生物の限界を超える。


 瞳は朱く変貌。赤く染まった皮膚から煙が立ち上る。


 そして、竜一の頭部にジェイミーの右足が振り下ろされた。

 ジェイミーの踵落としは、確実に竜一の頭部に命中した。


 そしてこの時、ジェイミーは異変を感じる。


 硬い。

 なんだ、この硬さは。


 竜一は左手でジェイミーの右足を払いのけた。

 その後、竜一は立ちあがり、右拳を前に突き出した。


 大気を震わす轟音。

 ジェイミーの体が弾け飛び、後方の壁に激突。


 「ぐはっ!」


 ジェイミーは背中を引きずりながら、床に尻餅をつけた。

 そして、すぐには動けなかった。


 ジェイミーは今、意識を失いかけた。

 これは驚くべきことだ。

 たった一撃で、この『金剛』の強度を貫くほどの力。


 ジェイミーは笑う。


 「ハハッ、いいぞリュウイチ。今のは響いたぜえ」


 笑いながら立ち上がった。

 そして、久しぶりに出会った強者に心が震えた。


 竜一はジェイミーを見据え、言い放つ。


 「ジェイミーさん。すみませんが、もう貴方の相手をしている場合じゃなくなりました」


 「ハハハッ! 言ってくれるぜ! だが、俺はまだ動けるぜ! さあ、どうする!?」


 ジェイミーが台詞を吐き終わると同時に、竜一は腰を下ろした。

 そして、指先を地面に接地。左膝も地面に接地させ、右膝は地面から離す。

 腰と尻を上げ、頭は床から少し高い位置に。


 それは、短距離走選手が如く、クラウチングスタートの姿勢。


 ジェイミーは笑い声を響かせた。

 

 「いいねえ! いいぞ、リュウイチ! 面白れえ! 受けて立ってやる! この『金剛』が!」


 ジェイミーは腕を組み仁王立ちの構え。

 竜一の全てを受け止め、弾き返す。

 この体は鉄壁の『金剛』。何人たりとも、貫くこと(あた)わず。

 

 そして、竜一は地を蹴った。

 竜一の体は加速する。


 大気を裂きながら、放たれた砲弾の如く突貫。


 ジェイミーに衝突。


 破裂音が鳴り響き、ジェイミーに莫大な衝撃が押し寄せる。


 「―――カハッ!」


 ジェイミーは吹き飛ばされた。

 背後の壁に衝突。

 それでも、運動エネルギーは相殺されなかった。

 壁を突き破り、更に後方へ。


 隣の部屋のリビングと浴室の壁を突き破ってもまだ止まらず、結局、壁を五枚突き破ったところで、ようやく止まった。


 そしてジェイミーは、白目を剥いて完全に意識を失った。


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