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42.再戦5

 辺りには血が飛び散っている。

 床も壁も家具も赤く染まっていく。


 その赤はジェイミーの血液の色。


 竜一はナイフを振るい続けた。

 ナイフが振るわれる度に、ジェイミーの体に傷が増えていく。


 ジェイミーの鉄拳。

 それを素早くを躱す竜一。風圧を感じつつ、斜め左上にナイフを振るう。


 ジェイミーの前腕部から血が噴き出す。

 

 竜一はナイフを空で振って、付着した血液を払った。

 

 「ジェイミーさん、まだ続けますか?」


 ジェイミーは鼻を鳴らし返答。


 「ハッ、リュウイチ、もう勝った気でいやがるのか? 俺はまだまだ動けるぞ」


 ジェイミーの顔には、相変わらず強気の笑みが浮かんでいる。

 竜一はナイフの切っ先をジェイミーに向け、冷静に思考。


 ジェイミーの言葉通り、ジェイミーは余裕の態度。

 全身切り傷だらけだが、ジェイミーは攻撃の手を緩めることなく暴れ回っている。

 

 流石は変異種。

 並みの人間ならば、とっくに動けなくなっているに違いない。


 「むしろもっと来い。こんなもんじゃ、俺は殺せねえ」


 ジェイミーはそう言って、構えを解いた。

 両腕を広げ、ノーガードの体勢。


 ジェイミーの挑発。

 竜一は相手のペースに乗せられまいと、間合いを探りながら牽制。


 狙いは首。今なら狙えるかもしれない。

 全力で踏み込み、一発もらう覚悟で刃を突き入れる。

 そう考え、呼吸を意識しゆっくりと足を動かす。


 「行きます!」


 敢えて宣言し、足を踏み出した。

 ナイフを頭上で構え、前傾姿勢で突進。


 眼前にジェイミーの拳。ジェイミーのカウンター。

 この瞬間、竜一には見えた。

 ジェイミーの拳がスローモーションに見え、体が思う通り動いた。

 ここに来て、竜一の集中力が極まった。

 これが、プロスポーツの世界でも言われる超集中状態(ゾーン)というやつか。

 命を懸けた戦いの中、突然訪れた千載一遇の好機。

 

 いける。


 ジェイミーの首筋に向け、ナイフを振るう。

 あと一瞬。あと一瞬で頸動脈を切り裂ける。


 竜一がそう確信した瞬間、ジェイミーは行動を起こした。


 「プッ!」


 ジェイミーの唇が大気を震わせた。

 それと同時に、唾液が吐き出され、竜一の左目に着弾。


 「なっ!」


 竜一は完全に意表を突かれた。

 ほんの一瞬、体の動きが鈍る。


 そして、その一瞬は絶望の一瞬であった。


 腹に衝撃。ジェイミーの拳が竜一の腹に炸裂。

 その威力は絶大。


 内臓が捩じれ、呼吸が止まる。

 神経が狂い、意識が飛びそうになる。


 「カハッ!」

 

 口内から血液が飛び散り、竜一は吹き飛ばされた。

 家具を粉砕しながら壁際まで地面を転がる。


 まずい。


 竜一はすぐに上体を起こそうとするが、ジェイミーの動きの方が速かった。

 ジェイミーの左足が竜一の顔面に直撃。

 

 「がっ!」


 竜一の口から声にならない声が漏れ、首の骨が軋む。

 この時、竜一は白目をむき、意識を飛ばしてしまった。


 「寝てんじゃねえ!」


 ジェイミーは竜一の上着を掴み、思いっきり放り投げた。

 竜一の体は砲弾の如く空を切り裂き、コンクリート製の壁に激突。


 そして竜一は、その衝撃で意識を取り戻した。

 

 「カッ……カハッ、グハッ……カッ」


 吐血しながら咳き込み、尻餅をつけた状態で壁に背を預ける。

 駄目だ。動かなきゃ。動け。


 そう焦るが、体が言う事を聞いてくれない。

 体のダメージは許容オーバー。

 竜一は後悔する。

 勝負を急ぎすぎた。もう少しじっくりと攻めるべきだったのだ。

 敵の急所に一撃入れればいいと思っていたが、それは敵も同じだったのだ。


 いや、ジェイミーは竜一の急所を狙う必要はない。

 どこでもいいのだ。ジェイミーはたった一撃、竜一の何処かに攻撃を当てさえすればいいのだ。

 そうすれば、竜一の動きは鈍る。そのあとは一方的な蹂躙。


 今の状況がまさにそうだ。


 朦朧とする意識の中で竜一は後悔する。そして、すでに何もかもが手遅れだと悟った。


 ジェイミーが近付いてくる。

 ゆっくりと、一歩づつ。


 いや、違う。


 まただ。またスローモーションに見えている。


 敵の動きがゆっくりと視え、ジェイミーの次の行動が手に取るように分かる。


 しかしそれは、今の竜一には無用の長物だった。

 体が動かないのだ。

 敵の動きが視えても、躱せないのでは意味がない。


 ジェイミーと竜一の距離は、約二メートル。

 数秒後には、竜一の内臓は破裂し、頭蓋は砕け、心臓は鼓動を止めているだろう。


 ここまでか……。


 しかし、次の瞬間、予想外の事態が起きる。


 左側から聞こえる衝撃音。壁がひび割れる程の衝撃。

 その衝撃の源は、廊下側からだ。


 壁の亀裂は天井と床にまで広がり、その瞬間、コンクリートと木材が派手に飛び散り、人が飛び出して来た。


 竜一は目を見開き声を張り上げた。

 

 「朽葉さん!」


 それは茜であった。

 茜が壁を突き破り、この部屋に飛び込んできたのだ。


 茜は上体を起こすが、立ち上がらなかった。


 竜一は即座に異変を感じた。

 茜の様子がおかしい。

 

 何だ?

 竜一は茜を凝視する。


 茜は顔を俯けて、自分の腕で体を抱いて震えていた。

  

 竜一は心の底から驚いた。

 こんな風におびえた様子の茜の姿は、今まで見たことがない。

 

 一体なんだ? なにが起きている?


 困惑する竜一の耳に、女の声が聞こえた。


 「うふふっ。どうしたの茜? かかってこないの?」


 女だ。若い女が居た。

 髪色は赤みがかった茶色のオレンジブラウン。

 優し気な表情と左目の泣きぼくろが印象的な、朽葉 菖蒲の姿がそこにはあった。


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