41.再戦4
剛腕と呼ぶに相応しい、ジェイミーの拳の威力。
竜一はそれを躱し続ける。反撃はしない。ひたすらに回避に徹する。
竜一は前回の戦いから学んでいる。
ジェイミーとまともに打ち合っては勝機は薄い。
攻撃力、防御力ともに相手の方が上。
それでも唯一、張り合えるものがある。
それは素早さ。
竜一はそこに活路を見出した。
「どうした!? 避けてばっかかあッ!」
ジェイミーの挑発。
そしてまた、ジェイミーの鉄拳が竜一に放たれた。
竜一はステップで躱し、自分の服の内側を探り、ある物を取り出した。
竜一が取り出したのは、軍用のコンバット・ナイフ。
刃渡り十八センチ。金属製ワイヤーですら、いともたやすく切り裂く一級品。
そのナイフをジェイミーの突き出された腕にサッと奔らせた。
ジェイミーの腕から鮮血が噴き出すが、ジェイミーは気にも留めない。
「うらあッ!」
ジェイミーの前蹴り。
竜一はバックステップで躱し、ナイフを順手で構える。
「おいおい、リュウイチ。別に悪かねえが、そんなもんじゃ、俺には響かねえぞ」
ジェイミーは少し不満な様子であったが、それ以上は何も言わなかった。
これは仕合でも決闘でもない。
ただ純粋な殺し合い。ルール無用。勝利条件は相手を殺すことのみ。
如何なる武器を用いても構わないし、如何なる方法を使っても敵を殺せさえすればいいのだ。
ジェイミーは十分に分かっている。
故に、卑怯などという言葉は少しも浮かばない。
だが、この戦いに関しては少々趣がことなる。
ジェイミーは竜一のことを気に入っていたのだ。
実力も経験も十分とはいえないが、この少年の真っ直ぐな瞳。
その瞳に宿る確かな信念。
ジェイミーは何故だが、竜一に親近感を覚えた。
それはもしかしたら、昔の自分を見ているようだったからなのかもしれない。
だからこそ、この少年とは拳で語り合いたかったのだ。
だが、ジェイミーは既に気持ちを切り替えている。
目の前の少年は、自分の仕事を邪魔する敵。
敵は粉砕しなければならない。
そうしなければ報酬が得られない。それだけは、看過できないのだ。
竜一は間合いを意識しナイフを構える。
怜に教わったことを思い出す。
ジェイミーの攻撃を掻い潜り、ナイフで急所を切り裂く。
それを頭の中でイメージする。
狙いは首。頸動脈を切り裂けば、変異種といえども無事では済まない。
一撃だ。こちらは一撃さえ入れればいい。
その隙を窺がいながら、攻撃を全力で回避する。ジェイミーといえども、どこかで隙が生まれる筈だ。
そしてその時が来たら、満を持して逆転の一手を放つのだ。
「いくぜえ!」
声を張り上げ、ジェイミーは突進。
竜一の間合いに踏み込み、右ストレート。
続けてフック、アッパーのコンビネーション。
それを全て躱す竜一。
そして、ジェイミーの太腿にナイフを入れる。
太い血管が切れ、大量に血が噴き出す。
それでも、ジェイミーは顔色一つ変えない。
竜一はその後も、ジェイミーの体にナイフを奔らせ続けた。
ジェイミーの体に傷が増えていく。
これはもしかしたら、勝てる……のか?
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エスペランサ月白、三十五階、廊下。
この広い廊下には、当然ながら人気はない。
三十三階から三十五階は全て鈴巴の所有物。
対峙するのは茜と漆黒の騎士。
茜は目の前の騎士を見据え、軽く息を吐いた。
「それで、あんたは何者なの? 私は朽葉 茜。十五歳だけど、もう少しで十六になる。あと、見ての通り美少女。以上」
騎士は何も答えない。
代わりに、薙刀を構え、茜に敵意を向ける。
「ああ、そういう感じね。OK、OK」
茜は肩を竦め、ジーンズに装備したホルスターから武器を取り出した。
それは、金属製のメリケンサック。
鈍い輝きを放ちながら、茜の指に嵌めこまれる。
茜はその場で軽く跳ねながら、ボクシングスタイルで軽くシャドー。
メリケンサックが風を切る音が鳴る。
並みの人間ならば、その音だけで戦意を喪失するかもしれない。
だが、漆黒の騎士は全く動じない。
薙刀を頭上で旋回。
風を切る轟音。その轟音が鳴り止んだ時、騎士は動いた。
薙刀の切っ先を茜に向け、突進。
一瞬で茜に接近。
そして、金属が鳴り響く。
刃とメリケンサックが打ち合う。
茜はメリケンサックの表面を使って刃を滑らせながら、騎士の懐にむぐり込む。
そして、騎士の胴体に向かって左拳を放った。
命中。たった一撃で鎧に亀裂が入る。
騎士は仰け反ったが、瞬間的に身を引いたので、力を逃がすことに成功。
体が弾け飛ぶことは阻止。
茜は即座に追撃。騎士の体に張りつくように接近。
亀裂が入った箇所にメリケンサックを叩き込んだ。
二発命中。
先程と同様に身を引いて直撃は免れたが、これには流石の騎士も堪えたようで、後方に跳躍し大きく距離を取った。
「ねえ、もう分かったでしょ? あんたじゃ私には勝てないよ。諦めてくれない?」
茜の提案。
騎士はそれには無反応。
返答の代わりに騎士の取った行動は、茜の警戒心を少しだけ上げるものであった。
騎士は鎧に付いた排気口から赤煙を吐き出した。
騎士の周囲は瞬く間に赤く染まる。
「これが、鈴巴が言ってたやつか」
茜は鈴巴から聞いていた。
この赤煙の正体は不明。ただ、赤煙を吐き出した瞬間、騎士の膂力が跳ね上がったとのこと。
あの鈴巴が退けられるほどの力。
なめてかかれば痛い目を見る。
ならば。
茜は心の奥にあるスイッチを切り替えた。
吹き荒れる力の奔流。
その源は、自信の内側。
爆発的な力が溢れ出る。全能感に支配されそうになるが、茜はそれを抑える術を心得ている。
呼吸を整え、朱色の瞳で敵を視認。
煙を上げ続ける赤い皮膚は、ひどく熱を持っている。
早鐘を打つ鼓動。煮えたぎる血液。活性化する細胞。
人の限界を超えた肉体。
茜は地面を蹴り突貫。
騎士もまた動きだした。
両者の武器が衝突。
力と力の衝突。衝撃波が吹き荒れ、大気を弾き飛ばす。
そして、薙刀の刃は木っ端みじんに砕け散った。
茜はニヤリと笑い、メリケンサックで追撃。
鎧に一発命中。騎士は仰け反るが、すぐに体勢を整えた。
騎士は薙刀を捨て、茜に反撃。
手甲で茜の顔面を殴る。
茜は動じない。
一歩も引くことなく、茜はメリケンサックを突き入れる。
騎士の胴鎧が砕け散る。
騎士も動じない。
構わず、手甲で反撃。
だが、茜は無反応。手甲は確実に命中したが、茜には通じない。
そしてまた、茜のメリケンサック。
そのお返しに騎士の手甲。
茜と騎士の打ち合い。交互に攻撃を放つ形になる。
茜はノーダメージ。
対して騎士の鎧は次第に破壊されていく。
胸当てが砕け散り、兜に亀裂が入った。
騎士は体勢を立て直すため、後方に下がったが、茜はこの機会を逃さなかった。
茜は騎士のバックステップに合わせて、突進。
メリケンサックではなく、全体重を乗せた頭突き。
これは、騎士の意表をついた。
騎士は咄嗟に腕をクロスしてガードするが、その選択を後悔する。
前腕部の鎧はあっさりと砕け散り、凄まじい衝撃が騎士を襲う。
騎士は物理法則を無視した勢いで吹き飛び、廊下の壁に背中から衝突。
騎士の身に絶大な衝撃。
それでも直ちに動き出そうとするが、何もかもが遅かった。
「終わりだね」
茜の宣告。
直後、メリケンサックが騎士の兜へ放たれた。
炸裂。兜が砕け散る。
そして茜は―――。




