39.再戦2
茜に連絡するため、部屋を退出した竜一と入れ替わるように、部屋に押し入ってきた者達が居た。
鈴巴の部下の一人に先導され、大勢の子飼いの部下を引き連れて踏み入ってきたのは、張 博文。
現在、七十六歳。
七十を越えて尚、現役であるその男は、部屋に入るなりソファにふんぞり返った。
鋭い眼光。真っ白な髪。細身で長身。
タバコを銜え、部下に火をつけさせ、横柄な態度で口を開いた。
「まったく、何で儂がこんな所まで足を運ばなきゃならんのだ」
怜はパソコンを両手で持ち上げ、モニターを張の方へ向けた。
そして、モニターに映る鈴巴は張に挨拶をする。
「張さん、ご足労お掛けしました。申し訳ありませんが、明日の朝まで御辛抱願います」
張は鼻を鳴らした。
「ふん。明日の朝になったら海外か。私は暇ではないのだがね。君達の抗争に巻き込まれていい迷惑だよ」
「君達の抗争……ですか?」
張は煙を吐き出して、嘲るように言う。
「だって、そうだろう? 聞けば、殺し屋は以前にも君達の名を出したと言うではないか。今回は二度目。だったら、殺し屋の真の目的は私の命ではない。真の狙いは、君達を陥れること。そう考えるのが自然ではないかね?」
「……」
鈴巴は反論できなかった。
張の言う通りだと思ったから。
殺し屋は一度ならず二度も、天染家の名を出して挑発してきた。
これはもう、只の挑発ではない。
明確に敵対する意志を示している。
だが、その意図が分からない。
天染家を陥れて何になる。
分からないが、確実に言えることが一つ。
ジェイミーの裏に誰か居る。
ジェイミーは金で雇われて動いているだけ。
確実に黒幕が居るのだ。
その正体も目的も不明だが、天染家に恨みを持つ者は多い。
現時点では、その者を特定することは難しい。
鈴巴は、真っ直ぐに張を見つめ、上品かつ毅然とした態度で言い放つ。
「申し訳ございません」
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エスペランサ月白、三十五階廊下。
「本当に悪いんだけど、いいかな?」
「いいよ!」
茜は、竜一の頼みを一つ返事で引き受けた。
あまりにもあっさりと引き受けるものだから、竜一は逆に驚いてしまった。
「頼んどいてなんだけど……本当にいいの?」
「勿論!」
「本当の本当に?」
「ハハハッ! しつこいな~、竜一君。私、竜一君の頼みならなんだってするよ?」
竜一はチクりと胸を刺されたような気がした。
何故なら、茜の言葉は、偽りの感情に基づいたものだからだ。
それを今更、茜に言うまでもないとは思う。茜も十分に理解している。
だからせめて、自分はそんな茜と真摯に向きあわなければならない。
竜一はこう返した。
「ありがとう。俺も朽葉さんの頼みなら、なんだってするから」
「―――!?」
電話越しに聞こえる、茜が息を呑む音。
数秒間の沈黙。
そして、茜は言う。
「もう……それ反則……」
竜一は微笑み、茜に伝える。
「それで、天染さんと話をして欲しいんだ」
「鈴巴と? なんで?」
竜一は、怜が鈴巴に諫言した内容を伝える。
「ふーん、なるほどね。まあ筋は通ってるね。分かった。鈴巴が頭を下げるなんて滅多にないことだから、楽しみかも!」
楽しそうに言う茜。
そんな茜の様子に、竜一の口からついつい言葉が漏れてしまった。
「本当に仲がいいんだね」
「えっ?」
しまった。余計なことを言ってしまった。
「ちょっと! 竜一君! どこをどう聞いたらそうなるの!? いくら竜一君でも、怒っちゃうぞ!」
竜一は苦笑いをしながら言葉を返した。
「ごめん、ごめん。でもさ、どうしてそんなに仲がい―――、悪いの?」
「今、誤魔化したよね」
と茜は訝し気な様子だったが「うーん」と唸って答える。
「どうしてって言われても、ちゃんとした理由はないよ。こういうのは理屈じゃないでしょ? 何となくだよ、何となく……」
何となくか。
人に対して好き嫌いしない性格の竜一には、あまり馴染のないものだった。
黙る竜一に対して、茜は何かを勘違いしたのか、慌てて補足する。
「ま、まあ、そうだね、していえば……ライバル? 的な?」
「ライバル?」
「そうそう。鈴巴とは小さな頃から付き合いがあるからね。まあ、腐れ縁ってやつよ……。そんで、いっつもいっつも私に張り合ってきて、正直いい迷惑っていうか」
「ライバル……か」
「竜一君?」
「ああ、ごめん。いや、俺にはそういう存在がいなかったから、少し羨ましいと思ってね」
「そ、そう? ライバルって言うと聞こえはいいけど、目の上のたんこぶっていうか、邪魔者っていうか……」
「うん。でも、そのライバルの存在があったから、今の朽葉さんがあるんじゃないかな? ライバルのお陰で大きく成長できた筈だよ。だからさ、きっといいことだよ」
「……竜一君が言うなら、そうなのかも」
「そうだよ。きっとね」
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磨き上げられたガラスのテーブル上には、一台のパソコン。
モニターには鈴巴。そして茜。
鈴巴の顔がモニター左に、茜の顔がモニター右に表示されている。
事の成り行きを見守るのは、竜一と怜。
まずは鈴巴から。
「それで、もう聞いていると思うのだけど、引き受けてくれるかしら?」
「うん、いいよ。竜一君と約束してるしね。今更ひっくり返さないよ」
「茜」
「ん?」
「感謝します」
鈴巴は頭を下げた。画面を通してだが、しっかりと誠意が伝わってくるものだった。
竜一は思う。
育ちのいい鈴巴は、いつも上品かつ優雅に振舞う。
だが、育ちの良さ故なのか、少々プライドが高いところがある。
そんな鈴巴が深々と頭を下げている。
それほど、今回の任務は重要で、絶対に失敗できないという鈴巴の強い意志を感じる。
茜は顔を背けた。
「やめてよ……私達の間で頭を下げるとか、ないから」
そう答える茜の頬が、少し赤くなっているように見えた。
鈴巴は茜の様子に微笑んで見せた。
「フフッ、そうかもしれないわね。でも不思議ね。改めて考えると、私達ってどういう関係なのかしら?」
「どうって……さっき竜一君にもいったけど……ライバル、とか?」
「ライバル……」
「そう、ライバルよ」
鈴巴は小首を傾げ、茜に尋ねた。
「ところで何のライバルかしら?」
「それは……ええっと、そのー、ああ、もう! 何でもいいでしょう!? この世界にはね、敢えて言葉にしなくてもいいこともあるの!」
鈴巴の純粋な疑問は、茜を困らせたようだ。
この勝負、天然気味な鈴巴の一本といったところか。
「敢えて言葉にしなくても……いい言葉ね」
「でしょ!? だから分かった!?」
「ええ。私も敢えて言葉にしないわ。それでは茜、よろしく頼むわ」
そう言って、鈴巴は通話を切った。
それを確認し、茜は溜息を吐いたあと、小声でボソッと言った。
「ったく、私達の関係は、敢えて言葉にしないからいいのよ」
その茜の呟きは、竜一にはこう聞こえた。
友達、ってのは、敢えて言葉にしなくてもいいのよ、と。




