38.再戦1
張 博文。
表向きは巨大貿易会社、海南港運のオーナーであるが、その実、大陸系マフィアの大幹部という裏の顔を持つ男。
その張から鈴巴の元に連絡が入ったのは、本日早朝。
エスペランサ月白、竜一の自室にて。
ダイニングテーブルの上に置かれたパソコンから聞こえるのは、鈴巴の声。
「今朝、張氏から私の元へ連絡が入りました。内容は身辺警護の依頼。依頼の経緯は、大葉子組会長、故岡田 勝重と同様のもの。ジェイミー・ブランドナーが、また天染家を挑発してきました」
竜一と怜に衝撃が走る。
二度目となるジェイミーの挑発。
何のつもりだ? 目的はなんだ?
竜一は後悔する。こんなことならば、もう少しジェイミーを警戒しておけばよかった。
違和感を持つべきだったのだ。ジェイミーがまだこの国に滞在していることを。
だが、後悔してももう遅い。
竜一は、パソコンのモニターに映る鈴巴と視線を合わせ、問いを投げる。
「それで、天染さん。その依頼、引き受けるんでしょうか?」
鈴巴はあっさりと答える。
「引き受けるわ」
その回答を聞いて怜が口を開く。
「お嬢様、お言葉ですが、今回は見送るべきかと思います」
「それはどうして?」
「現在、お嬢様は海外。そのため、こちらの戦闘員は私と泉谷殿だけ。しかも、私は漆黒の騎士から受けた傷が完治しておらず、全力が出せない状態。警護を引き受けるには、戦力が足りないかと思われます」
「怜、貴方の言う事は正しいわ。だけど、天染家の名を出されて、無視するわけにはいかないの」
「しかし―――」
「分かっているわ。貴方達には大きな負担をかけることになる。本当に申し訳なく思っています。だけど、やはり見過ごすわけにはいかない。一度失敗したからといって挑発を無視していては、今度こそ地の底に名が落ちてしまう。それに、期限は明日の朝まででいいの。張氏の身柄はこちらの天染本家で引き受けるつもりよ。天染本家から派遣される護衛の者が、明日の朝そちらに到着するわ。どうかそれまで、お願い―――」
モニター越しに頭を下げる鈴巴の姿を見て、怜は困ったような表情を浮かべる。
「お嬢様―――」
怜は、一拍置いて続けた。
「ですが、一つだけよろしいでしょうか?」
「言ってちょうだい」
「朽葉家へ応援を要請するべきです。こういう時の同盟かと思われます」
今度は鈴巴が困ったような表情を見せる。
「それは……出来ないわ」
「何故でしょうか……?」
「今は言えない」
「……」
鈴巴と怜はモニターを通じて視線を交差させる。
一触即発。剣呑な空気の中、口を開いたのは竜一だった。
「あの、一つよろしでしょうか?」
鈴巴が応答。
「ええ」
「朽葉家へ正式に要請できないのであれば、友達として個人的に頼むというのはどうでしょうか?」
「それはつまり―――」
鈴巴の言葉を引き継ぐように、竜一は言う。
「朽葉 茜さんに頼むのはどうですか? 俺が友達として頼んでみてもいいでしょうか?」
茜のことを巻き込むのは気が引けるが、四の五の言っていられる状況ではないだろう。
あの少女が居れば百人力だ。あの少女以上に頼もしい存在を竜一は知らない。
「個人的に……」
鈴巴はポツリとそうこぼし、竜一に言う。
「いいでしょう。泉谷君、お願いできるかしら?」
「分かりました。断られる可能性もありますが……」
「ええ、分かっているわ。それと、労働に対しての支払いはキッチリと行うから、茜にそう伝えてくれるかしら?」
「分かりました」
そう竜一が返事した直後、怜が声を上げた。
「いけません」
「怜?」
「それはいけません、お嬢様」
「どういうことかしら?」
「茜殿に御助力を請うのは私も賛成です。そして、その仲介役は泉谷殿でも構わないでしょう。ですが、最終的に茜殿へ協力を頼むのは、お嬢様でなくてはなりません。それが上に立つ者の役目です」
「それは……」
鈴巴は渋い顔をして押し黙る。
怜の言う事は正論であり道理だ。
それは鈴巴も分かっている。
だからこそ、鈴巴は黙ってしまった。反論の言葉が見つからないのだ。
「厳しいわね……怜」
ふぅ、と溜息を吐いて鈴巴は言う。
「いいでしょう。泉谷君、仲介をお願いできるかしら?」
「はい!」




