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36.束の間の休息3

 警察の事情聴取は、たっぷり一時間を要した。

 

 現場に駆け付けた警察官は、ワゴン車の破損具合を確認。

 それから、真剣な様子で当事者であるジェイミー・ブランドナーに事情聴取を開始。


 ジェイミーはありのまま答えた。

 幼女がワゴン車に轢かれそうになったので、自分が背中でワゴン車を止めた、と。

 当然、警察官はその話を信じなかった。

 しかし、目撃者多数。誰に聞いても、ジェイミーの弁を肯定。


 警察官は困り果てた。ジェイミーをどう扱うべきか。

 そもそも今回の件は、事故なのか、事件なのか、どう処理するべきか。

 

 結局、警察官は現場で判断することを諦め、上に掛け合ったようだ。

 それでも、直ぐに判断は降りなかったようで、ジェイミーの連絡先、それから何故か竜一の連絡先を押さえ、後日必要があれば、また聴取を受けるように、と言い置き、駆け付けた応援部隊の方へ行ってしまった。


 それから更に一時間後、竜一はどういう訳か、ジェイミーと食事を共にしていた。


 全国展開型チェーン店「円牛」。

 駅前ビル三階にて、その店はあった。


 ジューという肉が焼ける音。モクモクと昇る煙が排気口に吸い込まれていく。


 ジェイミーは大ジョッキに入ったビールを喉に流し込む。


 「プハーッ! やっぱ肉とビールの組み合わせ最高だぜ!」


 上機嫌でそう言ったあと、竜一の様子を見て左眉を吊り上げた。


 「おいおい、リュウイチ! どんどん食え! 俺の奢りだからって遠慮するな!」


 「あ、ありがとうございます……」


 竜一は牛ハラミに手を付けることにした。

 目の前に置かれた網から、丁度良い焼け具合のものを箸で掴み、タレをつけて口に運ぶ。


 旨い。


 めちゃくちゃ旨い。腹が減っていたから余計に。


 それはいいのだが、自分は何故、ジェイミーと食事をしているだろう?

 改めて尋ねてみることにした。


 「あの、ジェイミーさん。何故、俺を食事に誘ったんですか? 俺達って、一応敵同士ですよね……?」


 「はあ? 敵? なんで?」


 「なんでって……俺達、闘いましたよね?」


 「そうだが? それがどうした? 俺は仕事を終えている。今は敵同士じゃないだろ?」


 そうあっさり言ってのけるジェイミー。

 ONとOFFの切り替え。これがプロのあるべき姿か。

 

 と、少しだけ感心する竜一であったが、ジェイミーから受けた暴力を思い出す。

 それは、竜一としては簡単に切り替えられるような軽いものではなかった。

 目の前のこの男に対して、どうしても苦手意識が拭えない。

 

 しかし、ここで一度考えてみる。

 約二時間前のジェイミーの行動を。

 ジェイミーは躊躇うことなく、車道に身を投げ出した。

 そして、幼女の命を救ったのだ。

 確かに、ジェイミーの変異種としてのポテンシャルとカスタマイズされた特殊な肉体ならば、ワゴン車程度の質量など、どうということもないのかもしれない。

 ジェイミーならば、容易くそれを成しえた。

 

 だが、ジェイミーは荒事専門の傭兵、または殺し屋。

 裏の世界で生きる裏の住人。


 そんな男が、自己犠牲の精神を発揮したことに竜一は驚いた。

 どうやら自分は、ジェイミーという人間を見誤っていたようだ。

 

 竜一はジェイミーに対して少し興味を持った。

 

 「ジェイミーさん。何で殺し屋なんかやっているんですか?」

 

 ジェイミーは牛カルビを箸で掴んだまま「んあ?」と反応。

 そのまま肉を口に運び、咀嚼しながら「うーん」と唸る。


 「そりゃあ、お前、金だろ」


 「金……ですか」


 「ぶっちゃけ、この仕事は儲かるからな。この世界にはとんでもなく羽振りのいい奴らがゴロゴロいやがる」


 「それはそうかもしれないですけど……」


 ジェイミーのいう通り、裏の世界には途轍もない金持ちがいて、必要とあらば惜しげもなく大金を支払うのだろう。

 

 それは分かるのだが、こうしてジェイミーと向き合った今、ジェイミーはとてもまともな人間だと言うことが分かった。

 どうしても、殺し屋のイメージと乖離してしまう。


 「そんなに俺のことが不思議か?」


 「ええ、まあ……」


 「なあ、リュウイチ」

 

 「はい」


 「金の価値ってやつを知っているか?」


 「価値……ですか?」


 竜一はジェイミーの質問に答えかねる。

 質問の意図を掴みきれない。

 黙る竜一にジェイミーは述べる。


 「金ってのは力だ。金がありゃあ、まあ、大抵のことは出来る。金があれば、こうして旨い肉が食える。旨い酒が飲める。いい女が抱ける。武力が必要なら、凄腕を雇えばいい。分かるだろ? 金ってのはな、この世界で最強の力なんだ」


 「それは……」


 「なんでだと思う? なんで金にそんな力があると思う?」


 改めて問われると難しい。竜一は素直に答えた。


 「分かりません」


 ジェイミーは不敵な笑みをこぼした。


 「いいだろう。教えてやる。金に力が宿っていると思い込む力。その力によって、金に力が供給され続ける」


 「力が宿っていると思い込む力……ですか」


 「そうだ。全世界の人間が、金には力があると思い込んでいる。冷静に考えて馬鹿げてないか? だってよお、こりゃあ、どうみても只の紙だぜ?」


 「確かに」


 「だが、どういうわけかそうなっている。そこに至った詳しい経緯はしらないさ。多分、どっかの偉いおっさんが、金ってシステムを考え付いたんだろう」


 そして、ビールを飲み干しジェイミーは続ける。


 「だけどな、この力は本物だ。なんせ、世界中の力が集まっているわけだからな。そりゃあ途轍もねえ力さ。俺はその力を身を持って知っている」


 「身を持って?」


 「聞きたいか?」

 

 「お願いします」


 「いいだろう。俺はな、貧民街の生まれだ。ガキの頃はとにかく金がなくてな、学校に通う金すらなかった。おまけにマムは病気で寝たきり。俺は生きるために悪事に手を染めた。街に繰り出してスリを働く毎日だった」


 ジェイミーの過酷な生い立ちを聞いて、息を呑む竜一。

 そんな竜一の様子を眺めながら、ジェイミーは言う。


 「まあ、そんなことをしていれば、いつかはしっぺ返しをくらう。俺はある時、ヘマをした。スッた相手が悪すぎた。マフィアの幹部だったんだ。そいつは、俺の悪事に直ぐに気付いた。即座に腕を掴まれ、捻り上げられた。それから、タコ殴りにされ、最後には拳銃を突き付けられた。あの時は、流石に終わりかと思ったね。だが、俺は死ななかった。奇跡的なタイミングで、俺の血に眠る変異種の因子が覚醒したんだ」


 竜一はジェイミーの話に引き込まれていった。

 何も言葉を挟まず、ジェイミーの続きを聞く。


 「変異種として覚醒した俺は、戸惑いながらも、その場から逃げ出すことに成功。数発弾丸を食らったが、何も問題はなかった。そしてすぐに、マムを連れて街から飛び出した。別の街に移り住み、俺はこの力で裏の世界に踏み込んだ。そこからは―――世界が変わった」


 ニヤッと笑い、ジェイミーは語る。


 「仕事をこなすたびに、信じられないほどの大金が舞い込んでくる。俺は、今までの分を取り返すように金を使いまくった。旨い飯を食い、良い場所に住み、マムの治療に大金をかけた。そうすりゃあよ、人生の幸福度ってやつか? それが跳ね上がったんだ。最高だったぜ。俺は、その時に金の力を知ったんだ」


 それから、タバコを取り出しライターで火をつけてから続ける。


 「だが、まだだ。その時の俺はまだ、金の凄さを理解しきれていなかった。裏の世界に踏み入って六年後、俺は偶然、ある男に出会った。そいつは、かつて俺をボコボコにしたマフィアだった。奴の方からちょっかいを掛けてきた。殴り殺してやってもよかったんだが、俺は敢えてそれをしなかった。俺は札束を奴に手渡してやった。奴は怒り狂っていたな。こんなはした金で、なめてんのか? ってな。俺はそれでも暴力を使わなかった。代わりに、トランクを放り投げてやった。びっしりと札束が敷き詰められたトランクをな」


 煙を吐き出し、楽し気に笑う。


 「それで、どうなったと思う?」


 「……どうなったんでしょうか?」


 「跪いたのさ。ハハッ、笑えるだろ? かつてゴミを見るような目をしながら俺を殴り続けた男が、今は俺の前で跪いている」


 腹の底から愉快な笑い声を上げて、ジェイミーは言う。


 「金ってのはな、それほどすげえものなのさ。金さえありゃあ、人の気持ちすらも買える。だから俺は金を稼ぐんだ」

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