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34.束の間の休息1

 事後処理は無数にあれど、竜一に出来ることは少ない。

 竜一は怜から日常生活に戻るように指示された。


 いつも通り働き、いつも通り学校に通い、いつも通り訓練し、いつも通り食べて寝て起きて。

 竜一の生活サイクルは元に戻っていた。


 束の間の平穏が訪れ、竜一は遅れた分を取り返そうとしていた。


 仕事も勉強も数日間出来ていない。

 竜一は謝った。学校の担任の教師に謝り、仕事先の同僚、上司、社長に謝った。

 

 担任の教師は呆れるように笑い、仕事先の面々から小言を言われたが、それだけだった。

 思いの他、与えられる罰が軽かったのは、竜一の周囲の面々のサポートのお陰。


 担任の教師は静が上手く諫めてくれたようだ。

 無断で欠席する竜一に苛立つ教師を上手く宥めてくれたらしい。

 竜一は静に深く感謝した。

 「お礼はいいから、約束守ってね」と返ってきたが、それは愛想笑いで誤魔化した。

 

 仕事先の方は流石に事前に休む旨を伝えていた。

 だが、当然真実を話すわけにはいかない。

 休む理由は適当にでっち上げた。知り合いが開催している自己啓発合宿に参加します、などと事実無根の理由を伝えたのだ。

 有給休暇はあれど、小さな会社であるため一人抜けた分の穴は大きい。

 当然、良い顔はされない。社長は快く送り出してくれたが、上司の磯山は渋い顔をした。

 それを宥めてくれたのが司で、竜一が抜けた穴を埋めてくれたのも司。

 竜一は司にも深く感謝した。

 「もう司さんには、足を向けて寝れません」と伝えると、司はこう返した。「俺と茜ちゃんにな」と。


 竜一が不在の間、茜も尽力してくれたようだ。

 学校が終わり、如月製作所にふらっと現れては、的確に竜一の分の仕事をこなす茜。

 そんな茜の姿を思い浮かべ、クスッと笑みをこぼすと共に、感謝の気持ちが込み上げてくる。


 茜に直接礼を言いたかったが、今日は学校の友人との約束があり、会うことが出来ないらしい。

 竜一は電話越しに茜に感謝を伝え終わると、通話を切り一息ついた。


 軽く部屋の掃除をし、窓から外を眺める。

 季節は初夏に移っていた。

 空は青く、スーッと薄いスジ雲。

 近所の庭先には青々と茂る樹木。

 心地の良い風が吹く。耳を澄ますと住宅街の生活音。

 

 穏やかすぎるほどの穏やかな陽気。


 流石にこんな日に外に出掛けないのは嘘だろう。

 と、出不精な竜一を動かすほどの陽気であった。


 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


 

 駅前繁華街を散策することにした。

 目的地は特にない。適当に思いつく方へ足を進める。


 繁華街には大勢の人が居た。

 楽し気な笑みを浮かべ、腕を組んで歩くカップル。

 携帯電話を耳に当てながら足早に進む若い男。

 杖を突きながら、ゆっくりと歩を進める老婆。

 小さな子供を腕に抱く母親と思われる女。

 父親と思われる男は、大量に荷物を抱え付き従う形。


 飲食店、コンビニ、カフェを横目に、竜一は人の流れに身を任せた。

 

 そして本屋と靴屋を通り過ぎ、ビルの屋上に掲げられたタレントが映った巨大な看板を眺めていた時、竜一の携帯電話が震えた。


 竜一はポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押した。


 「もしもーし、竜一君、今大丈夫かな?」


 明るい声で竜一に尋ねたのは茜だった。


 「うん、大丈夫だよ」


 そう竜一が返事し、茜が返答。

 

 「良かった! って言っても、特に用事があったわけじゃないんだけどね。ちょっと話がしたかったからかけちゃった」


 「そうなんだ。俺は全然いいんだけど、そっちの用事は大丈夫なの?」


 「うん、全然大丈夫。今、理沙が熱唱中だから」


 電話越しに微かに聞こえてくる人の歌声。

 おそらく、茜は友人とカラオケ店にいるのだろう。


 女子高生らしいな、と思いながら竜一は思い出したように茜に言う。


 「朽葉さん、本当に色々とありがとう」


 「いいっていいって、そんな何回もお礼を言わなくても。あっ、でも、やっぱりいいね。竜一君のありがとうは、五臓六腑に染み渡るね」


 「ハハッ、なにそれ」


 そして茜は、ややトーンを落とし話題を変えた。


 「仕事大変なの?」


 「うん、まあそれなりにね」


 ここでいう仕事とは当然、裏世界のこと。


 「どういうところが?」


 「どういうところって言われると難しいけど、一番は自分が弱いって自覚させられるところかな」


 「そうなんだ……辞めたいと思わないの?」


 一拍間を置いて竜一は答えた。


 「それはないよ。俺、決めたから。弱くても頑張るよ」


 「すごく素敵。その意気だよ」


 「うん、ありがとう」


 そして、しみじみと言う茜の声が聞こえた。


 「やっぱり、竜一君と話している時が一番楽しい」


 「ハハ……」


 愛想笑いで返す竜一。

 竜一は茜に対して恋愛感情は抱いていないが、親愛の感情は抱いている。

 ギフトの効果を無視するほど、親愛メーターは振り切れている。

 ある意味、ギフトの効果が働いていて良かったのかもしれない。

 そうじゃなければ、自分はどうなっていただろう。

 一日中、茜のことで頭が一杯で、何も手に着かない廃人と化していたかもしれない。


 竜一と茜の関係は、とても奇妙で歪んだ関係だが、すでに竜一は覚悟を決めていた。


 もしこの先、永遠に魅了の効果が解除されることがないのなら、茜が望むなら、茜に一生付き従うことを。


 竜一は、もう決めたのだ。

 自分の一生を捧げて、この少女に少しづつ返して行こうと。


 そして、茜は話題を変えた。


 「あのさ……竜一君」


 「ん?」


 「あー、その……鈴巴の様子……どうかな?」


 竜一はこの時理解した。

 多分、茜が電話をかけてきた一番の目的はこれだ。

 天染家の失態は、当然茜も聞き及んでいるところ。

 茜なりに、鈴巴のことを心配しているんだろう。


 「うん、正直、良好……とは言えないかな。今は海外に居るから、今の様子は分からないんだけど」


 「そっか、そっか……」


 息を吸い茜は続けて言い放った。


 「あ、あのさあ! 竜一君、伝えといてくれない!? あんたさあ、もっとしっかりしなさいよ! って。人に偉そうなこと言う前に、自分の行動を顧みなさいよ! って」


 竜一は、クスクスと笑った。

 茜の気持ちは理解している。


 「うん、分かったよ。朽葉さんが心配していたって伝えとくよ」


 「なっ! ちがっ―――」


 「必ず伝えとくから」


 と伝えたあと、竜一は通話を切った。

 

 たまにはこういうことがあってもいいだろう。

 朽葉 茜から一本取れたことを生涯誇りに思うだろう、と感想を浮かべ、竜一はまた歩き出した。


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