33.事後処理2
大葉子組本部を発って、一時間ほど経過。
竜一は怜の運転する車内で窓の外を眺めていた。
怜は運転席。竜一は助手席。
これといって会話はない。
二人とも疲れている。体力、気力、共に。
滑るように走る車内に揺られて、竜一は考える。
これからのことを考えてみる。
これから自分はどう動けばいいのだろう?
自分に出来ることは何があるのだろう?
考えてみたが、自分に出来ることはあまり思いつかない。
特別、頭が切れる訳でもない。
頼れる人脈もない。
おまけに強くもない。そう、自分は弱い。
それでも、出来ることをやる。
鈴巴と怜を見ていると、自分も何かやらなければならないと思えてくる。
微力かもしれない。だけど支えよう。鈴巴と怜を。
強くなりたい。早く、一人前になりたい。
自然と、口から言葉が漏れていた。
「片瀬さん……俺、頑張りますから……」
窓の外を眺めたまま、そう呟いた。
車内は、また静寂に包まれた。
しかし、しばらくして静寂を絶つ声。
「頑張っています……」
「え?」
竜一は怜に視線を移した。
怜の横顔を眺め続きを待った。
「泉谷殿は、既に頑張っています」
「そう……でしょうか?」
「はい」
会話が途切れ、道路を走る音だけが車内に響いた。
怜はハンドルを握りしめ、前に意識を向けた状態で静かに言う。
「泉谷殿……」
「はい」
「……ありがとうございました」
竜一には分かった。
怜は大葉子組本部での出来事のことを言っている。
大葉子組若頭、下柳に脅され、強制的に部下にさせられそうになったことだ。
竜一は今までの人生で沢山のことを後悔してきた。
小さなことから大きなことまで。数え上げたらきりがないほど無数に。
だけど、今回ばかりは後悔しなかった。
例えそれが、怜の覚悟を踏みにじるものだったとしても。
だから竜一は、気持ちのままに怜に伝えた。
「俺は当然のことをしたまでです」
間を置いて怜は答えた。
「貴方は……不思議な方だ」
「そうでしょうか?」
「はい。貴方は真っ当すぎる程に真っ当です。そんな人間は、とても珍しい。特に、こちらの世界の住人としては稀有な存在でしょう」
「稀有な存在、ですか……」
褒めれているんだろうか?
少し判断に迷ったが、怜の口元が微かに緩んでいるのを見て、称賛として受け取ることにした。
怜は続ける。
「人は誰しもが正しく生きたいと願っています。自ら進んで悪を為そうとする者は、本当にごく一部でしょう。それは、あの下柳とて例外ではありません。彼は彼なりの正義で、私に要求を突き付けてきたのでしょう。人は間違う生き物ですが、何が正しいのか、何が間違っているのか、それを見極めるのはとても難しい。それが問題の本質を歪めています。ですから、人は常に問い掛けねばなりません。己自身に」
ハンドルを切り、車線を変更し怜は語り掛ける。
「貴方は自分に問い掛けたのでしょう? 何が正しいか、何が間違っているのか。自分はどうするべきなのか。ですから、貴方は真っ当で、正しくて、尊い存在です」
「そ、そんな……」
どう考えても褒めすぎだと竜一は思った。
自分はそんなふうに深く考えて行動したわけではない。
明らかに買いかぶりすぎだ。
そう思い、竜一はどう返答すべきか迷う。
竜一の返答を待たず、怜は言う。
「それに……恰好良かったです……」
目線を前方に固定したまま言い放つ怜の頬は、少しだけ赤みがかっていた。
「あ、ありがとうございます……」
照れ臭くなり、竜一も顔が赤くなる。
そして、車内にまた沈黙が訪れた。
だけど、竜一は少しも気まずさを感じなかった。
むしろ心地よさを感じつつ、車内で揺られ続けた。




