表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/91

31.初任務5

 「カハッ!」


 竜一の口から血が溢れだす。

 竜一は、手の甲で口元の血を拭い、跳躍。


 直後、さっきまで竜一が居た地点の大地が爆ぜる。


 「なかなかすばしっこいじゃねえか!」


 ジェイミーは楽し気に笑い、地面に埋まった右足を持ち上げた。


 竜一は、肩で息をして呼吸を整える。

 これまでに二発、ジェイミーの攻撃をくらってしまった。

 顔面に一発。腹に一発。

 頭蓋骨が激しく軋み、内臓が悲鳴を上げている。

 まだ動けているのは奇跡かもしれない。


 体の損傷は許容値を超えている。

 今、竜一を動かしている物の正体、それは、恐怖心。


 動かねば死ぬ。死ぬか、動くか。

 その二択ならば、動くしかない。

 そしてまた、死が迫ってくる。


 「うらあッ!」


 ジェイミーの拳が迫る。

 

 「くっ!」


 竜一は、体に鞭を打って跳躍。

 すぐにジェイミーに距離を詰められるが、すぐに引き離す。

 反撃している余裕はない。


 竜一は、自分の役割を確定させた。

 自分にはジェイミーを倒すことは出来ない。

 ならば、自分のするべきことは時間を稼ぐこと。

 攻撃を躱し続け、出来るだけ時間を稼ぎ、怜か鈴巴の助けを待つ。


 それまで耐える。


 幸いなことに、速さという点だけに於いては、ジェイミーと張り合える。

 回避に専念すれば、もう少し時間を稼げる。


 しかし、如何に気力を振り絞ろうと、いずれ限界はやってくる。

 うまく足が動いてくれない。足がもつれた。


 「もらった!」


 衝撃。激痛。

 

 「ぐはっ!」


 ジェイミーの重い拳が竜一の腹に直撃。

 内臓が捩じれ、神経が狂う。

 強烈な吐き気。目眩。呼吸困難。


 口から吐瀉物が溢れ、芝生の上に飛び散った。


 「―――かはっ」


 動けない。膝をついた体勢から、体が動いてくれない。

 これ以上動くなと、脳が命令している。


 駄目だ。動け。動かなきゃ、死ぬんだ!


 そして、上から敵の声。


 「リュウイチ、なかなか楽しかったぜ。そんじゃあ、そろそろ死ねや」


 ジェイミーは右拳を大きく振り上げた。

 地面に蹲る竜一の頭蓋を粉砕せんと、力を溜める。


 竜一は見ていた。

 ジェイミーが振り上げた拳を。

 ただ見ていた。見ているしかできなかった。


 死が訪れようとしている。

 もしかして、死刑が執行される直前の罪人も、こんな気持ちなんだろうか……。


 現実逃避するように、ぼんやりとそんなことを考える。 

 

 そして、死の鉄槌が振り下ろされた。


 拳が目前に迫り、風圧を感じた瞬間、ジェイミーはピタッと動きを止めた。


 「―――とっ。もう終わったのかい?」


 ジェイミーの視線の先、竜一の後方に、漆黒の騎士が出現。

 ジェイミーは竜一に視線を移し、口元を緩める。


 「命拾いしたな、リュウイチ。任務達成だ。なら、お前を殺す理由はない」


 戸惑う竜一を無視し、ジェイミーは体を翻した。

 そして、右手を上にかざし一言。


 「そんじゃ、またな」


 遠ざかるジェイミーと漆黒の騎士の背中。


 竜一は何も言えなかった。

 竜一には分からなかった。

 ジェイミーが攻撃を中止した理由も。漆黒の騎士が突然現れた理由も。

 それを考えている余裕はなかった。


 ジェイミーの「そんじゃ、またな」という言葉のみ理解出来た。

 それは、この場から去るという意味だ。

 だから、俺は助かったんだ。


 そう安堵した瞬間、竜一は気を失った。


 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


 

 カチッカチッと時計の音が聞こえた。

 それ以外には何も聞こえない。


 目を開ける。暗い。

 よく目を凝らす。状態を起こし、周囲を確認。


 「ここは……エスペランサの俺の部屋か……」


 竜一は、ようやく理解。

 ここはエスペランサ月白のマンション一室。

 竜一が鈴巴から譲り受けた部屋だ。

 

 そして今、竜一はソファに寝かされていた。

 状況はあまり飲み込めてないが、なんとなく分かった。

 

 おそらく、失敗してしまったのだ。

 鈴巴が受けた今回の依頼。

 それは、大葉子組会長、岡田 勝重の警護。

 ジェイミー・ブランドナーと謎の漆黒の騎士の襲撃により、それに失敗してしまった。

 

 鈴巴一行が、大葉子組本部に滞在する理由はなくなった。

 だから、自分は今ここに居る。

 きっと、そういうことだろう。


 竜一は自分の体の状態を確認。

 全身が痛い。酷い倦怠感。気分も悪い。

 だが、それだけだ。ジェイミーの重い攻撃を三度受けてもまだ生きている。

 竜一は、改めて実感した。


 自分は本当に、人間ではなくなってしまったんだな、と。

 おそらく、この痛みも数日経てば消えてなくなるだろう。

 数日後には、すっかり体の調子も戻っている筈だ。


 「ハハッ……」


 笑うしかない。自分の化け物じみた耐久力と回復力に。

 それでも、まるで敵わなかった。『金剛』相手に手も足もでなかった。

 彼我の差は大きい。それこそ、笑えるほどに。


 自分が弱いことを改めて自覚し、竜一は盛大に溜息を吐いた。

 

 このままでは、どんどん気持ちが落ちて行ってしまう。

 気持ちを切り替えるため、竜一は立ちあがった。

 体をゆっくりと動かしながら、状態を再確認。

 

 「いっ―――」


 強烈な痛み。急に体を動かしては駄目だ。

 深呼吸しながら、ゆっくりと軽くストレッチ。


 そして、身体中が汚れていることに気が付いた。


 「とりあえず、シャワーでも浴びるか」


 そう言って歩き出し、脱衣所へと通じる扉を開ける。

 そして、竜一はフリーズした。


 長い紫紺の髪。透き通るように白く、水を弾く肌。

 キュッとくびれた腰。緩やかにカーブを描く骨盤。

 騎士との戦闘で負ったと思われる傷跡。

 そして、豊かな丘陵。


 すべてバッチリと見てしまった。


 ちょうどシャワーを浴び終えた怜とかちあってしまったのだ。

 

 「す、すみません!」


 フリーズから復帰した竜一は、顔を真っ赤にしながら全力で謝罪。

 そして直ぐに、体を捻り脱衣所から退出。


 竜一は、脱衣所へと通じる扉の前で正座待機。

 

 カチャッと扉が開かれた瞬間。頭を地面にこすりつけ「申し訳ありませんでした!」と謝罪。


 「謝る必要はありません。私の方こそ、お見苦しいものをお見せしました」


 竜一は、頭を上げた。

 目に入ったのは、バスローブを身に纏った怜の姿。

 普段のポニーテールと違い、ほどけた長い紫紺の髪。バスローブの隙間から覗く白い肌。

 これはこれでまずい。

 竜一の心拍数が上昇。


 竜一は顔を反らし、怜に言う。


 「本当にすみませんでした」


 「いえ、問題ありません。私も軽率でした。ここは泉谷殿の部屋なのですから、悪いのは私でしょう。すぐさま汚れを落としたい思いで、泉谷殿を寝かせて、シャワーをお借りしてしまいました」


 「そ、そういうことだったんですね……俺を運んでくださってありがとうございます」


 「いえ……私には、それぐらいしか出来ませんので……」


 怜はそっとソファに腰を下ろし、そう呟く。

 その顔は、明らかに沈んで見えた。


 「あの……片瀬さん……今回、俺は何も役に立てませんでした。本当に申し訳ありませんでした……」


 「泉谷殿は、十分に仕事を果たしました。今回の任務の失敗、その原因は私です……」


 「そ、そんなことは!」


 「いえ、私のせいなのです。私が、あの騎士をしっかりと討てていれば」


 怜は太腿に置いた拳を強く握りしめた。

 

 「お嬢様に何とお詫びすればよいのか……私には……分からない……」


 怜の瞳から涙がこぼれていた。

 それは、普段の凛とした怜からは想像できない姿。

 故に、余計に不憫に思えた。

 

 こんな時、なんと声を掛ければいいんだろう。

 こんな時、どうすればいいんだろう。

 

 竜一は悩んだが、結局、気が利いたことは言えなかった。

 

 怜の隣に座り、躊躇いがちに手を伸ばした。

 それから、そっと怜の拳に手を添えた。


 「俺も一緒に考えます……」


 竜一には、それしか言えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ