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30.初任務4

 薙刀が風を切る。

 刃が回る。旋風を巻き起こすほどの回転。


 刃が躍る。縦横無尽に。縦に横に斜めに。

 漆黒の騎士が振るう死の刃。


 怜は騎士の刃を全て躱す。

 下手に受けず、相手の動きを観察。

 ブン、と目の前の空間が切り裂かれ、轟音が鳴る。

 

 怜の瞳が光る。脚を踏み出し、前進。

 騎士の間合いに飛び込み、刀を奔らせた。

 

 鋭い斬撃。刀が騎士の兜に触れる直前、騎士は後退。

 刀が空を切った直後、騎士は即座に身体を捻り、足を捌き、反撃。

 薙刀が轟音を響かせ、怜の喉元に迫る。

 

 鋼の音が鳴る。

 刀と薙刀が衝突。


 怜は無理をせずに受け流す。それから距離を取った。

 騎士と距離を取り、刀を構える。

 怜は騎士を分析。

 薙刀術は一級品。達人の域。

 加えて動きも速い。鎧の重量を無視したような、軽やかな動き。

 強い。恐らく、身体能力は相手の方が上。


 だが、付け入る隙はある。

 武器の扱いはこちらの方が上。僅かだが、そう感じる。


 もう十分見た。騎士の動きは概ね把握。

 ここからは、責める。


 怜は踏み込んだ。そして斬撃。続けて斬撃。更に斬撃。

 騎士は受けに徹せざるを得ない。

 反撃の隙がないほどの、激しい怜の猛攻。

 

 騎士はジリジリと押され始める。

 鎧が傷ついていく。そしてついに、肩当が切り裂かれ、弾け飛ぶ。

 怜は、鎧の下の衣服が剥き出しになった部位に刀を振るった。

 

 切っ先が騎士の肌に触れる直前、騎士は咄嗟に跳躍。

 後方に飛び、大きく距離を取った。


 怜の瞳が鋭さを増す。

 カチャッと刀を鳴らし、切っ先を騎士に向ける。

 そして、踏み込んで間合いをつめようとした、その時。


 怜の足が止まる。


 警戒心が跳ね上がる。


 漆黒の騎士は、鎧から赤煙を吐き出した。

 勢いよく赤煙が噴射し、騎士の周囲が赤く染まる。


 怜は、刀を構えながら警戒。

 あの赤煙は何だ? 毒煙? 煙幕?

 違う。屋外では効果は薄い。では何だ?

 不明。様子見をせざるを得ない。

 

 しかし、様子見をしている暇はなかった。


 漆黒の騎士が加速。赤煙を吐き出しながら、突進。


 「―――速い!?」


 薙刀の銀閃。


 怜は刀で防御。

 鋼の音が響いた直後、途轍もない衝撃。

 押される。完全に力負けしている。

 刀が弾かれた。


 怜は瞬時に後方に跳躍。

 だが、一歩遅かった。

 薙刀の刃が奔る。

 

 「くっ!」


 左足の付け根から鎖骨まで、大きく切り裂かれた。

 鮮血が大量に飛び散る。

 

 怜は痛みに顔を歪め、片膝をついてしまう。

 まずい。追撃がくる。

 と思い、即座に態勢を整える。


 しかし、予想は裏切られた。


 「貴様!」


 騎士は、怜を追撃せず、体を翻した。

 怜を無視して、本部に進撃。


 怜は怒りの形相で、騎士の背を追いかける。

 痛みを無視し、騎士に近付く。


 突然、騎士が止まった。

 怜は、反応が一瞬遅れた。怒りと痛みで、冷静さを欠いた。


 騎士は怜に背を向けたまま、薙刀の石突を怜の腹に突き入れた。

 直撃。轟音。大気が爆ぜ、怜の体が吹き飛ぶ。

 

 怜は地面を転がり、即座に起き上がろうとする。だが、力が上手く入らない。

 唾液を垂らしながら、無惨にも地面に伏せてしまう。

 手を必死に伸ばすが、それは無意味だった。

 次第に、瞼が落ちていく。


 駄目だ。寝るな。今、寝ては駄目だ。


 自分に言い聞かせるが、抗うことが出来なかった。


 そして、ゆっくりと瞼が落ちていき、怜の視界は闇に閉ざされた。



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


 

 先程、鈴巴が所有する無線に連絡が入った。

 大葉子組構成員からの連絡。

 敵の侵入を許したという内容。

 構成員が吐いたワードは、鎧の人物。

 それ以外の情報なし。


 事前情報に無かった謎の人物。

 しかし、目的は当然、大葉子組会長の殺害。

 敵は確実にこちらに向ってくる。


 「会長は動かないでください」


 鈴巴は岡田にそう告げたあと、部屋の扉を開けて廊下に出た。

 廊下の先、突き当り左に二階へと続く階段。


 階段から、何者かの足音。

 

 明らかに普通とは違う足音。小刻みに金属がぶつかるような音。

 殺気。底冷えするような、異常な気配。

 

 漆黒の騎士が、鈴巴の前に姿を現した。

 薙刀を振るい、刃に付着した血を払う。

 大量の血液が壁に飛び散る。

 

 鎧に返り血が飛び散っている。

 ここまでの道中、どれだけ殺してきたのか。

 漆黒の騎士は、機械的な動きで薙刀を構え、鈴巴と対峙。


 鈴巴は凛とした態度で声を張り上げた。

 

 「私は、天染家当主代行、天染 鈴巴。あなたは何者です! 名を名乗りなさい!」


 漆黒の騎士は答えない。

 無言で構えを取るのみ。


 鈴巴は軽く吐息を漏らし、鋭い眼光で睨みつけた。


 「いいでしょう。礼儀を弁えぬ無作法ものに、分からせてあげましょう」


 鈴巴の背中から翼が出現。

 巨大な両翼がはためき、風が荒れ狂う。


 騎士は、荒れ狂う風を無視して前進。

 嵐の中を突っ切り、薙刀を一閃。


 薙刀の刃は、静かに沈んだ。

 白く巨大な翼に。


 翼はいともたやすく、刃を受け止めた。

 翼は一つも傷つかない。そして、微動だにしない。


 続けて薙刀が振るわれる。

 袈裟懸けに斬りつけ、返す刀でもう一度。それでも結果は同じ。

 騎士は腰を大きく捻り、華麗な足運びで回転切りを繰り出した。


 しかし、いずれの攻撃も翼の防御を突破することは叶わず。

 衝撃が吸収される。刃が通らない。

 

 それもその筈。この翼は、異形より引き継いだ天染の力。

 長きに渡り、天染一族が磨き上げ研ぎ澄ませてきた、純粋なる力。

 この翼は、ただの翼に非ず。

 人智を越え、天に迫った者達が生み出した、天使の翼。


 天使の翼が唸りを上げる。

 羽の一つ一つが高速で震え出した。

 大気が震える。空気中を振動が駆け巡る。

 翼の振動が共鳴し高音を奏でる。


 次第に翼が輝き出した。

 それは、眩い程の赤色の輝き。

 眩い光が、周囲を照らし出す。

 

 右翼がうねる。

 サッと、右翼が動き、騎士の鎧を撫でた。

 

 鮮血が飛び散った。

 右翼は軽く撫でただけ。それだけで、鎧はバターのように切り裂かれた。

 

 そして、左翼も動き出す。

 鎧の表面をなぞるだけで、鎧は切り裂かれていく。

 両翼の攻撃を受け、騎士はダメージを蓄積していく。

 胴が腰が腕が肩が脚が、次々に切り裂かれ、その度に血が噴き出す。


 翼が兜に迫った時、騎士は後方へ跳躍。

 鈴巴から距離を取り、背中の排気口から赤煙を吐き出した。


 鈴巴は警戒を強めた。

 あれは何だ? 毒か煙幕か。分からないが、この翼があれば問題ない。

 

 鈴巴は翼を使い、赤煙を吹き飛ばそうとする。

 

 そして騎士が次に取った行動は、鈴巴の予想から大きく外れるものであった。


 突進。


 騎士は床を跳ね、鈴巴に急接近。赤煙を噴射しながら迫る様は、蒸気機関の如く。


 鈴巴は一瞬で我を取り戻し、迎撃の構えを取った。

 両翼を前に突き出し、鉄壁の構え。

 これを突破することは不可能。

 どういうつもりか知らないが、騎士は愚かな選択をした。


 しかし、鈴巴の予想はまた裏切られた。


 騎士と翼が衝突。

 

 荒れ狂う衝撃。轟音。


 鈴巴は吹き飛ばされた。


 「―――なっ!?」


 受けきれると思っていた。この翼なら、絶対に突破されることはないと。

 その予想が覆された。それほど、騎士の突進は強力だった。


 圧倒的な質量が翼に直撃。

 慣性の法則に従い、鈴巴は後方に弾き飛ばされ、背後の壁を貫通し、屋外に飛び出してしまった。


 「まずい!」


 騎士は壁をぶち破り、部屋に侵入。岡田の首を握り、捩じり上げた。


 「まっ、まて―――」


 岡田の懇願もむなしく、首の骨は呆気なく砕け散った。

 脱力した岡田を放り捨て、騎士は逃走。

 壁をぶち破り、屋外へ飛び出した。


 鈴巴の顔が歪む。

 目を見開き、思考が止まってしまう。


 岡田の死亡。

 対象の警護失敗。

 

 それが意味するところは、天染家の失態。


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