29.初任務3
その男は、余裕の態度で紙タバコをふかしていた。
ジェイミー・ブランドナー。
写真で見た通り、ブロンドヘアの若い男。
派手な花柄のシャツにダメージジーンズ。
どこかのストリートでたむろして居そうな風貌からは、とても殺し屋と結びつかない。
不遜かつ不敵な態度で、顔には余裕の笑み。
ここが敵地のど真ん中だというのに、口元を歪め一服する様は危機意識の欠如か、はたまた、実績に裏打ちされた自信によるものか。
竜一と怜は、ジェイミーと対峙。
竜一と怜の様子を見てジェイミーは、友人にでもしゃべり掛けるように気軽に声を掛けた。
「よう。次はアンタらが相手してくれるのかい?」
怜は何も答えず、手に握る日本刀の鍔に親指をかけた。
静かに動きながら、相手を牽制。
ジェイミーはタバコを銜えながら、軽口を叩く。
「おー、こわいこわい。でもアンタいい女だな。どうだい? このあとメシでも?」
当然、それに答える怜ではない。
鋭い眼差しで、ジェイミーを威圧するのみ。
ジェイミーは肩を落とし、軽く嘆息。
タバコを芝生の上に捨て、靴底で火を消してから言う。
「つれないねえ。まあ、いいや。アンタらは他の雑魚とは少し違うようだし、それならそれで楽しめそうだ」
そして、軽く首を回して、少し険しい顔で言う。
「あー、そうだ。あんまり気は乗らねえけど、そうだそうだ」
独り言を呟いたのち、指を銜え、指笛を鳴らした。
ピーッと高い音が鳴り響いた直後、衝撃が発生。
地面が揺れ、大きく芝生がへこむ。
塀を飛び越えて芝生の上に着地したのは、異様な存在感を纏う者。
それは漆黒の騎士。
西洋の鎧を全身に纏い、薙刀を担ぐ異様な襲撃者。
兜で顔は見えない。体格は思いのほか小柄。
おそらく、子供か女。
この者の正体は不明。事前情報なし。
突然現れた漆黒の騎士を前にして、怜は警戒心を強めた。
神経を尖らせながら、竜一に言う。
「泉谷殿、あの鎧は私が相手します。『金剛』の方をお願いできますか?」
「分かりました」
怜は刀を抜いて、切っ先を漆黒の騎士へ向けた。
そして、刀をスッと水平に振るい、切っ先を右側へ向ける。
漆黒の騎士は、それだけで意味を理解したようで、右方向へゆっくりと動き出した。
怜も動き出す。
二人は、お互いへ注意を向けたまま、この場から離れた。
竜一とジェイミー、二人は対峙する。
「俺の相手はアンタってことだな。アンタ随分若いな、いくつだ?」
「……」
「おいおい! お喋りしちゃダメってルールはねえだろうが。それぐらい教えてくれてもいいだろ?」
竜一は相手の思惑を測りかねる。
この会話の意味はなんだ? 少しでも有利になるために、情報を得ようとしている?
分からない。
「十五です……」
考えが纏まる前に、口から言葉がこぼれてしまった。
相手の気兼ねの無い態度につられてしまった形。
「若いな、おい! まあ、でも俺はアンタを侮らないぜえ。こっちの世界じゃ歳は関係ねえ。実力が全てだからな」
そう言って、何かを思い出したかのように続ける。
「おっと、すまねえな。俺はジェイミー・ブランドナー。年齢は二十二歳。まあ、知ってるとは思うが」
「……はい、知ってます」
「ハッ、だろうな。で? アンタの名は?」
「……泉谷 竜一」
「OK、リュウイチ。好きな物は?」
「この会話にどんな意味があるんでしょう?」
「意味? そんなものはねえよ。言ったろ? ただのお喋りだ。で? 好きなものは? 因みに俺は、金とタバコと女とマムの作るマカロニグラタン」
「特にありません」
「はあ? 特にない? おいおい、そんな人間がいるのかよ。しゃーねえな、お兄さんが人生の楽しみ方を教えてや―――」
先に動いたのは竜一。
機先を制するは、常勝の理。
竜一は、怜の教えを忠実に実行した。
即座に間合いを詰め、殴りつける。
命中。ジェイミーの顎に直撃。
ジェイミーは躱さなかった。躱そうともしなかった。
敢えて受けた。真正面から、堂々と。
不動。ジェイミーはピクリともしない。
竜一の頭には驚愕、混乱、と共に理解。
硬い。まるで鋼鉄。鉄の塊を殴ったような感覚。
ジェイミーが笑う。
「なかなか、いいもん持ってんじゃねえか。だがな―――、それじゃあ響かねえ」
そして、ジェイミーの反撃。
右拳が竜一の顔面に炸裂。
目の前で散る火花。
脳が大きく揺れ、首の骨が軋む。
竜一の体が弾け飛び、地面を転がる。
「くっ……」
意識は飛んでいない。状態を起こし、地面に掌をつける。
膝を起こそうとした時、がくっと世界が揺れた。
脳震盪。立てない。尻餅をついてしまう。
竜一は、自分の状態を確認。
強烈な痛み。鼻の骨が折れ、頭蓋骨に罅が入っていると予想。
右目が霞む。脳が揺れている。
心拍数、血流ともに乱れに乱れている。
だが、呼吸は出来る。まだ生きている。
並みの人間なら即死していたであろう攻撃も、今の竜一ならば耐えられる。
まだ戦える。
だが、二発目は耐えきれるか?
この威力の攻撃をもう一度受けきれるのか?
そして、問題は更にその先。
ジェイミーの硬いボディを突破できるか?
竜一は、事前に読み込んだ資料の記憶を引っ張り出す。
ジェイミー・ブランドナー。
あの硬さ。あの重さ。
その秘密は骨にある。
ジェイミーの骨は人の物ではない。
全身の骨を特殊合金仕様の人工物に入れ替えている。
頭蓋骨、肋骨、背骨、大腿骨など、ありとあらゆる骨を。
只人であれば、そんな大手術は耐えきれない。
体力、拒絶反応、回復力、数えきれないほどの問題がある。
だが、変異種ならば問題ない。
変異種の強靭な体力、驚異的な回復力、圧倒的タフネス。
それらが、問題を乗り越える。
異形の力と、人の科学力のハイブリッド。
獲得した力は『金剛』の如き硬さ。
ジェイミー・ブランドナーは、揺るがない。砕けない。
故に笑う。不遜にして不敵に、余裕の笑みで戦地を駆る。




