28.初任務2
大葉子組本部は、都心から離れた小高い丘の上に存在した。
モダン風な外観をしており、白い壁にガラスの窓がびっしりと並ぶ様は、芸術的な面を持ち合わせているが、家主は外観のクリーンなイメージとは真逆を行く極道である。
森林に囲まれ、人目を避けるようにして佇む豪邸は、何かやましいことがある裏返しか。
門を潜り抜けると、ちょっとした公園ほどの敷地が広がっていた。
敷地には黒服の男達が武装した状態で警備にあたっており、物々しい雰囲気。
天染家一行は、ボディチェックをされたのち、中へ案内された。
広い玄関、長い廊下を歩き、リビングへ。
ガラス窓から陽光が差し込む部屋で、高級ソファにどっしりと構えているのは、大葉子組会長、岡田 勝重である。
六十代ぐらいに見える小太りの男。
禿頭で顔の皺は深いが、瞳に宿る光だけは、若者のように異様にギラついて見える。
岡田は、ヤクザの親分らしからぬ穏やかな口調で語り掛ける。
「こりゃあ随分若いなあ。お嬢さん方が、護衛を引き受けてくれるのかい?」
鈴巴は毅然とした態度で返した。
「お初にお目に掛ります。天染家当主代行を仰せつかっております、天染鈴巴と申します。天染家が責任をもって、貴方をお守りします」
「ハハハッ、こりゃあいい。こんな別嬪さんが守ってくれるってのは嬉しいねえ」
朗らかに笑い、嬉しそうに喋る態度からは、とても極道の人間とは思えなかったが、今どきステレオタイプのヤクザの方が珍しいということだろうか。
岡田は、傍に控える男に目配せし、ゆっくりと頷いた。
そして、口を開いたのは、黒いスーツを身に纏い、眼鏡をかけた神経質そうな顔をした大葉子組若頭、下柳 寛二。
「あんたらには、今日から三日間、ここに滞在してもらうことになる。さっそくだが、警備の段取りを兼ねて、室内を案内する」
下柳は、鈴巴達に自分の後ろを付いてくるよう指示。
大葉子組本部は、居住と事務所機能を兼ね備えた建物だ。
三階建ての建物で、一階は主に事務所として使われ、二階と三階は寝室や倉庫部屋となっている。
有事の際は、三階の会長部屋に岡田を避難させ、三階廊下を鈴巴が守護する。
屋外には竜一と怜が配置。よって、最初に敵を迎え討つのは竜一と怜の仕事だ。
一通り室内を案内され、鈴巴一行は巡回を開始。
鈴巴は本部裏側を。竜一と礼は本部表側へ移動。
屋敷の庭は、遮蔽物の無いだだっ広い空間。
緑の芝と手入れの行き届いた花壇があるのみ。
その庭を高い塀が囲っているという造り。
竜一は怜と共に、庭を歩きながら軽く会話。
「泉谷殿。敵の情報は頭に入れていますか?」
「はい、大丈夫です」
「体の調子は問題ありませんか?」
「問題ありません」
「緊張はしていますか?」
「はい」
「よろしい」
怜は少し笑みを見せ、竜一の肩を軽く二回叩いた。
そして体を翻し、本部内に戻る旨を告げる。
竜一は怜の後に続く。
怜の紫紺のポニーテールを見つめながら、感覚を研ぎ澄ませた。
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翌日、昼。
日光が差し込むリビングで大葉子組会長、岡田 勝重は、自慢のゴルフクラブを上機嫌で磨いていた。
鼻歌交じりにドライバーを手入れする様は、ごく一般家庭の休日のお父さんにしか見えない。
竜一は、岡田の傍に控え、岡田の様子をただ見ていた。
今のところ、これといって何も起きていない。
ここが、巨大犯罪組織の一翼を担う集団の本部ということを忘れてしまいそうになるほど、穏やかに時が流れている。
こうなれば、最早自分との闘い。
緊張の糸を緩めることなく、警戒行動を継続できるか。気を緩めてはいけない。
いつ何時、敵が攻めてくるのか分からないのだから。
そして直ぐに、それを思い知らされることになった。
破裂音。衝撃。
異常は庭先の正門から発生。
竜一は咄嗟に動いた。岡田の方へ駆け寄り、腕を掴む。
「避難を!」
岡田の動きも速かった。即座に腰を上げ、事前に打ち合わせていた通り三階を目指す。
そして、飛び込んできた鈴巴の叫び声。
「泉谷君! 状況開始よ!」
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外に飛び出した竜一の目に飛び込んできたものは、大葉子組構成員達の姿。
死屍累々といってもよいかもしれない。
芝生の上に倒れ込む構成員達の死体。
竜一は、足を止めた。止めてしまった。
実際に死体を目にするのはこれが初めて。
死が目の前に存在する。心拍数が上がり、血流が乱れる。
嫌な汗が流れる。動悸が激しい。呼吸を忘れそうになる。
怖い。自分も、もうすぐこうなる。
怖気づいてしまった。
覚悟はしていた筈だ。でも甘かった。
自分は悲しいぐらい常識人で、真っ当で、弱い。
足が震える。前に踏み出せない。
そうだ、なら逃げればいい。死ぬぐらいなら、そのほうが―――
「泉谷殿」
不意に耳に飛び込んできた怜の声。
怜の方へ振り向く。
俺は今、どんな顔をしているんだろう。
多分、とんでもなく情けない顔をしている筈だ。怜の顔を見れば分かる。
だが、怜は何も言わなかった。
その代わり、赤い瞳が問い掛けてくる。
逃げるのか? それとも戦うのか?
逃げたい。自分には無理だった。自分のような弱い人間には無理だった。
このまま逃げて、家に帰りたい。そして、何事もなく明日を迎えて、何事もなく過ごして―――、そして。
ああ……駄目だそんなのは。
それだけは、駄目だ。
そんなことをすれば俺は終わりだ。正真正銘の終わりだ。
この世界に来て何もかも失った俺に、無敵の少女は沢山のものをくれた。
それすらも失ってしまう。
それだけは嫌だ。ならどうする。どうすればいい。
それは分かっている。それしか道はない。
「行きます!」




