27.初任務1
広域指定暴力団、仁世会。
あらゆる犯罪に手を染め、莫大な資金力を誇る、この国の反社会的組織。
構成員は八千人を超え、警察による締め付けが厳しくなった今尚、裏の世界で大きな力を持つ犯罪集団である。
その直系団体、大葉子組若頭、下柳 寛二から鈴巴の元へ連絡があったのは昨日のこと。
内容は次の通り。
下柳の元に動画付きメッセージが送られてきことが事の始まり。
メッセージの内容は、大葉子組会長、岡田 勝重を殺害する旨の宣告。
平時ならば、悪質な悪戯と断じて、無視するのが鉄則。
ヤクザとて暇ではない。悪戯に一々構っている暇はないのだが、今回に限っては事情が違った。
メッセージの送り主兼殺害の執行を宣告したのは、裏世界の殺し屋ジェイミー・ブランドナー。
裏世界の通り名は『金剛』。
裏の世界で数々の実績を上げてきた殺し屋の名が、話の信憑性を持たせた。
下柳は、これに憎々しく思いながらも対抗策を実行することに決めた。
目には目を、歯には歯を、裏には裏をの理屈で、裏世界の実力者、天染家へ大葉子組会長の警護を依頼したのである。
そして現在、竜一はエスペランサ月白の鈴巴自室で説明を受けていた。
高級マンションの一室で、柔らかい絨毯の上を歩きながら、鈴巴は言う。
「以上のことから、天染家は、大葉子組会長、岡田 勝重の警護を引き受けることを決めました」
有無を言わせぬ口調で言い放つ鈴巴。
竜一は、ソファに腰かけ、鈴巴の決定を聞いていた。
そして改めて自覚する。天染家は慈善団体でも正義の組織でもない。
条件と金額にさえ折り合いがつけば、どんな依頼主からであろうと依頼を引き受ける。
たとえそれが、反社会的組織であろうと。
鈴巴からの説明を聞いて、竜一は疑問を口にする。
「それにしても、ジェイミーは何故、わざわざ殺しを宣言したのでしょうか? そんなことをせず、こっそりと殺害した方が、絶対効率的だと思うのですが……」
「泉谷君、私もそれに同意見よ。そこにどういった意図があるかは分からないわ。彼が天染家の名を口にしたことも含めて、何を考えているのか理解に苦しむわね」
ジェイミーは岡田の殺害を宣告したのみならず、警護に天染家を推薦してきたそうだ。
殺し屋がターゲットの殺害を宣言し、おまけに警護者の推薦をするとは前代未聞だと思うのだが、この竜一の感覚は鈴巴の様子から正常といっていいようだ。
鈴巴は足を止め、語気を強める。
「ですがこれは、天染家に対しての明確な挑発です。私はそれを当主代行として見過ごすわけにはいかない。天染家を侮ったこと後悔させてあげるわ」
鈴巴は静かに怒りの炎を燃やしている。
当主代行という立場がそうさせるのか、鈴巴の気質によるものなのか竜一には判断がつかなかった。
警護の期間は本日含め三日間。
三日間凌げば、海外への逃亡準備が整う。
大葉子組会長、岡田をその間警護することが鈴巴達の任務。
すでに怜が先行して、大葉子組本部に向かっている。
鈴巴と竜一も、今から向かう手筈となっている。
鈴巴が今回動かせる部下の内、戦闘員は怜と竜一のみ。
他は事務方の非戦闘員。
戦闘員は鈴巴含め三人。竜一が担う比重は予想以上に大きい。
竜一にとっては、これが正真正銘の初任務。
竜一は思考を切り替える。裏世界に身を置く一人として、冷静かつ冷徹に思考する。
これから行うは、生死を懸けた任務。
高確率で殺し合いに発展する。場合によっては、相手を殺さなくてはならない。
自分には、それが出来るか?
出来る……と思う。出来なければならない。
自分のやるべきことはもう決めた。
やってやる。
強く誓い、竜一は動き出した。
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鈴巴の部下の一人、渡会の運転する車の助手席に竜一は座っていた。
黒塗りのセダンタイプの高級車は、高速道路を経由し大葉子組本部に向っていた。
静かなエンジン音と、滑るように地を駆ける様は、高級車の格式高さを表していた。
もしくは、それを自在に操る操縦車の腕がそう感じさせるのか。
竜一は、運転席に座る渡会の様子をチラッと窺う。
年齢は五十代。髪は白髪。顔には、銀縁の眼鏡。
身長は高く、ピンと伸びた姿勢と悠然とした佇まいは、老獪な執事を思わせる。
渡会は、穏やかな口調で竜一に問い掛けた。
「泉谷君、どうだいこの仕事は? 慣れてきたかい?」
「そうですね……どうでしょうか……驚くことばかりで、日々精進してます……」
渡会は「そうかい、そうかい」と鷹揚に頷いて、目じりに皺を寄せ、ニッコリと笑った。
竜一が「今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」と返すと、渡会は「難しい言葉を知っているんだね」と微笑んだ。
その竜一と渡会の様は、親子を通り越して、孫と祖父の関係のようであった。
車内に揺れること一時間は経過している。
振動を感じさせない車内は快適な空間と言えたが、それ故、問題が一つ。
代り映えのしない景色と、一定の速度で進む走行リズムにより若干の眠気。
移動中とはいえ、今は任務中。気が緩んでいる自分の腕をつねり、眠気を吹き飛ばし気合を入れ直す。
そして、復習を兼ねて手元の資料をもう一度眺めることにした。
資料に記載されているのは、ある人物のプロフィール。
ジェイミー・ブランドナー。性別は男。年齢は二十二歳
世界各地の戦地を飛び回る傭兵業と殺し屋を兼任。
通り名は『金剛』。
ブロンドヘアで、瞳は赤。
長いブロンドの髪は後頭部の辺りで結ばれており、どこか侍を思わせる髪型。
顔に浮かぶ表情は自信に溢れている。
筋肉質ではあるが、筋骨隆々という程ではない。
身長百七十七センチ。体重―――二百五十六キロ。
プロフィール写真の体格からは、とても二百五十六キロの重量級には見えないが、変異種の特性にその秘密が隠されている。
竜一は真剣に情報を頭に叩き込んだ。
これから、この者と一戦交えなければならない。
かつてないほどの緊張感が竜一に襲い掛かる。
「泉谷君、年寄りからの戯言と思って聞き流してくれて構わないのだが、一ついいかな?」
竜一の強張る様を案じたのか、渡会が竜一に声をかけた。
竜一は、返事をする。
「は、はい! お願いします」
「君にとっては初任務だ。気負うなと言う方が無理な話だね。でも、それでいいんだと思うよ」
「それは……どういうことでしょうか?」
「うん。人間、身構えている時はね、意外と何とかなるものなんだ。危ないのは、そうじゃない時。肩の荷が降りて、気が緩んでいる時だね。そういう時にこそ、思わぬアクシデントに見舞われるものさ。だから、今の君の状態は悪くない。私はそう思うよ」
優しく諭すように言う渡会。
竜一は、渡会に深く感謝した。
緊張は解けないが、いくらか気がまぎれた。
これでいいんだと、背を押してくれた渡会に感謝し、竜一は気合を入れ直した。




