24.催しの日1
ある日の休日。
竜一は、イタリアンレストラン・アリアの店内で、キョロキョロと周囲に目を走らせていた。
店内は落ち着いた雰囲気で、ムード重視のやや薄暗い照明。
磨き上げられたテーブルがきっちりと等間隔で並び、汚れ一つ無い壁や床。
清潔感に溢れた様子から、清掃が行き届いていることを窺わせる。
客層は若者からシニア世代と幅広いが、自分たちほど若い客は、見たところ見受けられない。
ファミリー客は少なく、カップルか夫婦がメイン。
「よし! お前達、気合を入れろ!」
隣から聞こえる威勢のいい声。
その声の主は、仕事先の同僚でもあり、竜一の一つ上の先輩、如月 司である。
「うっ、俺、緊張で吐きそう」
青ざめた顔で本当に吐きそうな顔をしているのは、司のクラスメイトだという、岩田 純。桃色の短髪で、ガタイの良い男。
「だっ、大丈夫ですか!?」
そう言って、純に声をかけたのが竜一である。
現在、竜一、司、純の三人は、レストランの一席で横一列に並んでいる状態。
司が通路側、真ん中が純、その左が竜一。
純は自分を心配する竜一を手で制したあと、グラスに注がれた水を一気飲みしたところで、どうにか少し落ち着いた様子。
その純の様子を見て、竜一も今更ながら緊張が込み上げてくる。
俺、なんでここに居るんだろう?
そう自分に投げ掛けたら、答えが返ってきた。
答えたのは自分自身。
それは、先週火曜日のこと。竜一は授業を終えて、マンションに向っていた。
路線バスから降りて、マンション入り口に差し掛かったところで、携帯電話が震えていることに気付く。
携帯の画面を見ると、如月 司と表示されている。
鈴巴と怜のもとへ急がねばという気持ちもあったが、さりとて先輩の電話を無下にはできまい、と竜一は通話ボタンを押した。
司は単刀直入に竜一に伝えた。なんでも、日曜日の合コンに欠員が出たので、その代役として、どうしても竜一に参加して欲しいとのこと。
司が言うには、人脈をフルに活用して、なんと今回、女子大生とセッティングが整ったとのこと。竜一はそれに素直にすごいと思ったが、とても乗り気はしなかった。
自分が行ったところで浮いてしまうだろうし、相手は初対面で、それも女性。
何を話せば良いか分からない。それを司に伝えたら、居てくれるだけでいいから、とのこと。
このまま司と問答を繰り返せば、話が長くなってしまう予感がしたのと、居るだけでいいから、という司の言葉を信頼し、竜一は渋々ながらも了承。
そして、現在にいたる。
竜一は、ここに来て後悔の気持ちが強くなった。
雰囲気の良いレストランで女子大生と合コン。どの単語を抜き取っても自分とは不つり合い。
つりあってなさすぎて笑えてくるほど。
さりとて、今更帰る訳にはゆくまい、と気持ちを奮い立たせていると、司の威勢が再び聞こえた。
「おいおい、お前達! とにかく楽しもうぜ! 女子大生だぞ、女子大生! こんな機会めったにないぞ!」
そう言って、司は勝気な笑みを浮かべている。
司に緊張は見られない。流石に、竜一とは場数が違うのだろう。
こんな機会めったにない、というのは竜一も同意するところ。
自分の場合、めったにというか、今後の人生でもうこんな経験はないのかもしれない。
そう思い竜一は、貴重な経験が出来た、とプラス思考に考えることにした。
そうして現れたのは三人の女。
花も恥じらう女子大生。
三人共、高校生とは一線を画す垢ぬけた容姿。
「遅くなってごめんねー」
そう言って、明るい笑顔を向けて来たのは、派手な化粧と緩く巻いた長い金髪が特徴の女。
司は即座に立ち上がり、その女に反応。
「いえ、全然大丈夫っす! 由美さん!」
司は笑顔で三人の女を迎え入れ、席に着くように促した。
三人の女が席に着き、そしていよいよ始まったのである。
竜一にとっては未知の経験、寡聞にして知らなかった合コンという催しが。
まずは自己紹介。
司の対面の席に座ったのが、司に由美と呼ばれた女。
明るい笑顔を振りまき、楽し気に談笑する様は、社交性の塊。
おそらくこの者が、女たちのリーダー的存在だろう。
竜一の由美に対する第一印象はそんなところ。
次に自己紹介したのは、由美の隣に座る女。
ショートボブで小柄なその女は、あひる口を作りながら、やや上目遣いで莉子と名乗った。
口から飛び出す声は、甘ったるいと感じる程のぶりっ子声で、間延びした喋り方。
男の庇護欲をかき立てる容姿と言動は、小悪魔系と呼ばれる者のそれか。
そして三人目。その女は、モデルや女優かと思う程の整った容姿をしていた。
髪色は赤みがかった茶色のオレンジブラウン。
長い髪を一房で括り、それを体の前へ流しており、優し気な表情と左目の泣きぼくろも相まって、如何にも大人の女性といった趣。
名を菖蒲と名乗った。
女性陣の自己紹介が終わり次は男性陣。
司は堂々と、純はどもりながら、竜一は無難に、それぞれ自己紹介終えた。
それから女性陣はワインを片手に、男性陣はノンアルコールのスパークリングワインを片手に乾杯。運ばれてくる料理を楽しみながら談笑開始。
「いやー、お姉様方! 今日は本当に感謝っす! 皆さんお綺麗で最高っす!」
そう司が元気よく言うと、女たちがそれに反応。
「もーう、司君ったら上手いんだから! そんなに褒めても何も出ないわよ~」
と、由美がそう返したら、次は莉子。
「そうだよ~。それにー、私達のほうこそ感謝だよー。年下男子とか大好物だしー」
「そう言ってもらって光栄っす! 今日は楽しみましょう!」
年上相手にもまったく臆することのない司の様子に、竜一は頼もしさを覚えた。
そして、この時点で察してしまった。
由美と莉子は明らかに司狙い。竜一と純には毛ほどにも興味がないといった様子。
勿論態度には出ていないが、竜一は敏感に感じ取った。
まあ、そりゃそうだよな……。
司は面もいいし、背も高い。おまけに、小さな会社とはいえ社長の息子で、将来は後を継ぐかもしれない人材。はっきり言って超優良物件。竜一と純に勝てる要素がない。
純を自分と同列扱いしたことを心の中で詫びるが、安堵している自分がいることに気が付いた。
司が注目を集めてくれるお陰で、竜一は殆ど話さなくて済んでいる。
始まるまでは不安が心の中で渦巻いていたが、この様子なら切り抜けられそうだ。
そんな風に考えながら、何となしに目線を前に向けた。
菖蒲と目が合った。菖蒲は何も言わず、優し気に微笑むだけ。
竜一はドキッと心臓が跳ね、慌てて目を逸らした。
すると、クスッと微かな笑い声が聞こえ、竜一がまた目線を前にやると、菖蒲は上品に口元を手で覆い、竜一と目線を合わせたまま「可愛い」と小さく囁いた。
竜一は耳まで真っ赤になってしまい、それ以降、殆ど置物と化してしまうのだった。




