20.月白にて2
「とても興味深いお話を聞かせてもらったわ。全て鵜呑みにすることは難しいけど、貴方の身に起きていることの説明は、一応はついてる。そして、貴方の話を否定する材料が無いのも事実。いいわ……とりあえずは、貴方の言うことを信じましょう」
「ありがとう……ございます」
「そして、その上で一つ、提案があります」
「提案?」
「ええ。泉谷君、貴方、―――私の部下になりなさい」
「……部下?」
「そうよ。説明した通り、私は現在、天染家当主代行を務めているわ。そしてお父様含め、主要メンバーは海外に居る。ハッキリ言って、私に動かせる手駒は少ないのよ。なので、私は戦力を必要としている。私は貴方という戦力が欲しい」
竜一は考えた。
この話を受けるべきか。判断材料が少ないが、考えてみる。
受けなかった場合はどうなるか。何食わぬ顔をして、また日常に戻る。
全て無かったことにして、茜を殺害しようとした黒幕の正体も分からぬまま、日常を再開させる。
無理だ。そんなことは出来ない。
茜がまだ生きている以上、また刺客が差し向けられる可能性が高い。
竜一は、茜に対して強い関心を持っている。ギフトの効果を帳消しにするほどのそれは、執着と呼べるのかもしれない。
茜だけは、何としても守りたい。
自分の望みはそれだけだ。それ以外のことは考えないようにする。
考え始めたらきりがない。だから一つに絞る。
自分のやりたいこと、それは茜を守ること。
自分にそれが可能なのかは分からないが、それでもやらなければならない。
そう自分に言い聞かせる。
鈴巴は黙り込む竜一の様子を見て、拒否の言葉を探していると思い込んだのか、弁明するように言葉を重ねる。
「ごめんなさいね。手駒、という言い方がよくなかったわね。勿論、部下になるからには、貴方を見捨てたりはしないわ。天染家が責任をもって貴方を鍛えます。貴方自身と、貴方の大切な人を守れるようにね」
「それは……」
それは願ってもない申し出だ。今の自分には色々と足りないものがある。
その最たるものは、敵に立ち向かう力。ワンには勝てたが、訳も分からず力を振り回したにすぎない。
それでは駄目だ。しっかりと技を鍛え上げ、勝つべくして勝たなければ、いつか足元をすくわれるだろう。
竜一は鈴巴に頭を下げた。
「分かりました。どうぞ、よろしくお願いします」
「決まりね―――、と言いたいところだけれど、言っておかなければならないことがあるわ」
「……何でしょうか?」
「天染家の家業は裏の家業。一言でまとめてしまえば荒事。その中には当然、命のやり取りが含まれる。殺されることも、逆に―――、人を殺すこともね」
息を呑む竜一。鈴巴からハッキリと宣言され、言葉に詰まってしまう。
鈴巴は続ける。
「脅すようになってしまったけれど、これは事実。これだけは曲げることの出来ないことよ。私は、貴方という戦力が欲しい。それでも、最後は貴方が決めなくてはならないわ。泉谷君、それでも貴方は、私の手を取ってくれるかしら?」
竜一は考える。
正直言って、怖気づく自分も居る。それはそうだろう。自分は平凡な男子高校生だ。
たまたま力を手に入れてしまったが、その本質は、平凡すぎるほどに平凡な只の一般人。
自分に敵を殺せるだろうか? 自分は殺される覚悟はあるのだろうか?
深く、真剣に考える。
そして、頭に浮かぶ一人の少女の顔。
怖くないと言えば嘘になる。それでも、本当に怖いのは、このまま日常に戻り、裏の世界から遠ざかり、気が付いたら少女がこの世から消えていることなんじゃないだろか。
それは、それだけは許容できない。
竜一は、拳を握りしめ堂々と宣言した。
「やります」
鈴巴はパンッと手を打ち鳴らした。
「今度こそ決まりね。交渉成立。先程、手駒と言ったけど、私が欲しているのは歩兵ではない。金、銀でも力不足。最低でも飛車、角。泉谷君、私は、貴方のことを高く評価するわ。貴方ならば竜王に成れるかもしれない」
「い、いえ……買いかぶりすぎですよ」
竜一は、頭を掻きながら少しはにかんだ。
たとえお世辞だとしても、美人から褒められて嬉しくない男はいない。
「むー」
茜が唸っているのが聞こえ、茜の方へ視線を向ける。
茜は、頬を膨らまし不機嫌な様子。
「あのさー、それって竜一君と鈴巴が一緒にいる時間が増えるってことだよねえ?」
「えっ? ま、まあ……そうかな?」
竜一の曖昧な返事を聞いて、茜は更に不貞腐れる。
「やだ。それはやだ」
鈴巴が呆れたように言う。
「あのねえ、茜。貴方のワガママに付き合っている場合じゃないってことは理解している?」
「はあ? 私のわがままなの? あんたのじゃなくて?」
「どうして私のワガママになるのよ?」
「あんたが、竜一君を独占したいだけじゃない?」
「は? 意味が分からない。貴方って本当に子供ね」
「はああッ!?」
バンッと言う音と共に、衝撃が発生。
茜が右の掌を机に打ち付けたのだ。
ティーカップが大きく揺れ、残っていた紅茶がこぼれた。
まずい。また喧嘩が始まってしまう。
竜一は、思いつくままに言葉を紡いだ。
「朽葉さん! これは俺が決めたことなんだ! だから天染さんのせいじゃないよ!」
竜一の言葉を聞いて茜は、いくらか冷静になる。
「う、うん……でも……」
竜一は、困ったように笑い、茜に優しく語り掛ける。
「俺はね、強くなりたい。それは俺自身のためでもあるけど、一番は君のためだ」
「……私の?」
「うん。俺は君を守りたい。君がくれた沢山の物を少しづつでも返したいんだ。だからさ……俺やるよ。俺のことを応援してくれないかな?」
竜一は言葉を吐いた後、少し後悔。
流石に臭すぎるな。自分自身で恥ずかしくなる。
意図せず頬が赤く染まってしまうが、茜の頬は竜一とは比較にならないほど真っ赤になっていた。
「う、うん……分かった。応援するぅ……」
茜は真っ赤な顔を俯けて、小さな声で返事をした。
茜が大人しくなったのを見計らって、鈴巴が紙切れを竜一に差し出した。
「これは契約書よ。よく読んでからサインしてちょうだい」
「わ、分かりました……」
竜一は、目を凝らして文字に目を走らせた。
難しい言葉で書かれており、竜一は頭を悩ました。
契約書というものは、どうしてこんなに難しく書かれているのだろう。
嫌がらせとしか思えないような難解な文章を解読していると、鈴巴の声が聞こえた。
「そうそう、給料はどうしようかしら」
「えっ、給料もらえるんですか?」
「当たり前じゃない。貴方は私に雇用される立場よ。雇用主は雇用者に報酬を支払う義務があるわ」
それはそうなのだが、まさか真っ当に給料がもらえるとは思わなかった。
裏の世界に表のルールが適用されると思わなかったからだ。
「そうねえ、とりあえず貴方は新人という立場だし、月当たりこれぐらいでいいかしら?」
鈴巴はそう言って、三本の指を立てて見せた。
竜一は、まさかと思って鈴巴に尋ねる。
「もしかして、三十万……ですか?」
月当たり三十万。竜一にとっては途轍もない大金。
「三十万? まさか、そんなわけないわ」
「えっ? じゃあ……まさか三百万……とか?」
「泉谷君、貴方本気で言ってるの?」
「そ、そうですよね! 流石に貰いすぎですよね! すみません調子に乗りすぎました!」
「貰いすぎ? 私がおかしいのかしら? 指三本と言ったら三千万に決まっているのだけど……」
「三千万!?」
いや、どこの世界の常識だよ。
新人に月三千万支払う企業がどこにある。
竜一は、この圧倒的お嬢様との金銭感覚のズレに愕然とし、今後のことが少々不安になるのであった。
ここまでが第一章となります。ここまで読んで頂きありがとうございます。
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