15.夜に3
竜一は、その場から動けなかった。
一体、何が起こっているんだよ……。
目の前で繰り広げられる茜と、ワンと名乗った男の戦い。
その二人の戦いは、素人目に見ても人の域を超えていた。
常識外れの二人の動き。ワンが繰り出す拳の速度は、竜一の常識を超えている。
その速度は、目で捉えることは不可能。
風を切る轟音がその威力を物語る。
しかしそれは、茜に届くことはない。
ワンの拳を悉く躱す茜。
軽やかなステップで躱し続け、これまで茜に命中した回数はゼロ。
そして、茜はワンの隙を突いて拳を叩き込む。
茜の拳がワンの鳩尾にめり込み、ワンは苦悶の表情を浮かべる。
そこから立て続けに茜の猛攻。
拳の連打をワンの腹にありったけ叩き込み、ワンが吐血したところで、側面に回り込み、つま先を顎先へ。ワンの体が大きく仰け反る。
茜は今度こそケリをつけるため、強烈な回し蹴りをワンの顔面へ蹴り抜いた。
クリーンヒットし、ワンの体が吹き飛ぶ。
地面をバウンドしながら転がり、ワンは仰向けで地面に倒れ込んだ。
そして、そのまま動かなくなる。
終わった……のか?
竜一は、自分の見込みの甘さを知ることとなる。
「ふう、やはりお強いですなあ……茜嬢」
ワンが立ち上がったのだ。
どれだけ殴られても立ち上がるその様は、何か執念めいたものを感じる。
「ええ~まだ立つの? ちょっとしつこすぎない?」
「まだまだ、これからでしょう」
「はぁ……。しょうがないな~。このままじゃ時間かかりすぎるから、私やるねー」
やる? 何を?
竜一の疑問は、次の瞬間、解消される。
同時に、動揺と驚愕。
茜から漏れ出る邪悪な気配。強烈な殺気。
肌が粟立つ。確かに感じる死の恐怖。
まずは、茜の瞳が変化する。
琥珀の瞳が朱に、白目が黒に変わり、瞳に狂気が宿る。
そして、皮膚は赤く変化し、煙を上げ始めた。
それはまるで、体内で煮えたぎる血液と細胞の熱が蒸気と化すように。
「おぉ……、その姿、まさしく阿修羅」
「だから、そう呼ばないでって―――」
茜の姿が消失。誇張無しに、一瞬にして消え去った。
そして、数舜後ワンの正面に出現。
腰を捻り、体重を乗せて拳を前へ。
「―――言ってんじゃん!」
大気が爆ぜるような爆音が鳴り、ワンの腹に命中。
爆風が吹き荒れ、ワンの体が吹き飛ぶ。
ワンの巨体が紙屑の如く吹き飛び、樹木を派手に破壊しながら、森の中へ消え去った。
茜は構えを解き、身を翻す。
そして、半ば放心状態の竜一に声をかける。
「竜一君、ごめんね。ちゃんと話さないとね……」
竜一は言葉が出てこなかった。
茜の姿は、竜一が知っている茜の姿ではなかった。
朱い瞳で、体から煙を上げ続ける目の前の少女は、伝承に出てくる鬼や怪物のように見えた。
「さ、さっきの人は……」
「うん。そのこともちゃんと話すから」
茜の瞳と皮膚は元の姿に戻り、邪悪な気配が霧散する。
そして、茜がまた喋り始めようとした瞬間、森の方向から男の声。
「さっきのは、流石に効きましたぞ」
茜は後ろを振り返り、溜息を吐いた。
「本当にしつこいね」
ワンはジャケットの内側から新たなサングラスを取り出し、顔に装着。
茜とワンは再び対峙。
両者構えを取り、視線を交差させる。
同じタイミングで地を蹴り、両者接近。
再び両者の拳が交わるかと思いきや、ワンの取った行動は茜の予想を裏切るものだった。
ワンはジャケットの内側から、金属の筒を取り出した。
それは、閃光発煙筒。
強烈な閃光。暗闇が一瞬で払われるほどの眩い光に、茜は一瞬怯んだ。
閃光で視力、その他感覚が消え失せるが、それも一瞬。
そんなものは、茜にとっては子供の玩具にすぎない。
一瞬で体の機能を回復させた茜は、防御姿勢を解除し構えを取るが、目の前で発生した事態に唖然とする。
ワンの姿が見えない。まさか、と思い後ろを振り返る。
いない。そこにいる筈の竜一の姿が見当たらない。
「嘘でしょ……」




