14.夜に2
何故? 何故この男がここに居る?
竜一が疑問を口にする前に、男は言う。
「少年、また会ったな。再会を喜びたいところだが、こんな夜遅くに出歩くのは感心しないな」
「そ、そうですよね! すみません、もう帰りますので!」
この男がここに居る理由が気になるが、男の言う事は正論であり、竜一は素直に謝ることにした。
「うむ、そうしたまえ―――と、言いたいところだが、それは困る」
「えっ?」
「少年、私は君に感謝しているんだ」
「感謝?」
「そうだ。やはり私の勘は当たっていた。君を揺さぶれば、都合の良いことが起こると思っていたんだ」
「……都合がいい?」
「最高のロケーションじゃないか。誰にも見られない、誰にも聞かれない。素晴らしいよ」
頭に疑問符を浮かべる竜一に、男は言い放つ。
「ああ、君は何も言う必要はない。黙っていればいいんだ。そうだな、君にうろちょろされては困る。少し―――、眠ってもらおうか」
その瞬間、男の姿が消えた。ように見えた。
竜一には、男の姿が目で追えなかった。
直後、男の右拳が眼前に出現。
その刹那、竜一は確信した。
あ、これ、俺死ぬな。
だが、死は訪れなかった。
痛みも衝撃もなし。
「あのさあ、私の大切な人に手を出すの止めてくれない?」
男を見据えて、冷たく言い放つ茜。
茜の左手が、男の手首を握りしめている。
茜が男の拳を止めたのだ。
男は茜の手を振りほどき、後方に跳躍。
竜一と茜から距離を取った。
突然の事態に戸惑う竜一。
男が殴りかかってきたことも、それを茜が止めたことも、理解が追いつかない。
だが、分かることはある。この男は危険だ。
「く、朽葉さん! なんだか分からないけど、まずいよ! 逃げよう!」
茜は、珍しく真剣な様子で竜一に言う。
「竜一君。悪いけど、ちょっと下がっててくれるかな?」
「どういうこと? 逃げなきゃやばいって!」
「大丈夫。私を信じて。ね?」
普通ならば、ここは逃げる一択。
だが、茜の瞳には確かな自信が宿っている。
有無を言わせぬ茜の強い意志に、竜一は説き伏せられた。
「……分かった」
茜の邪魔にならぬように、後方に下がる。
竜一は、事の成り行きを見守ることにした。
茜と男が対峙する。
ひりつくような空気の中、まず男が口を開いた。
男は右手を胸に当て、茜に敬意を示した。
「お会いできて光栄です。―――『阿修羅姫』」
茜は大きく溜め息を吐いて返答。
「その呼び方、止めてくれない? だいたい、こんな美少女を捕まえて、阿修羅はないでしょ」
「ハハハッ。全くもってそうですな。これは失礼。では、朽葉の姫とお呼びしましょう」
「姫でもないけどさ。まあ、いいよそれで。で、依頼主は誰なの?」
「ふむ。それを言ってしまったらプロ失格ですな」
「まあ、答えるわけないか」
「ええ」
「じゃあ、そろそろやろうか?」
「そうですな」
そう返事した直後、男の姿が消失。
一秒後、茜の左側面に出現。男は右拳を茜の顔面へ放った。
茜はそれを躱し、即座に右のアッパーを繰り出す。
途轍もない衝撃。男の顎に命中。
「ぐっ―――」
男の体が浮き、男は背中から崩れ落ちる。
かと思いきや、男の背中が地面に着地する直前、男の体がピタッと静止。
腹筋と背筋、それから脚の力で体勢を維持し、ぐっと上半身を起き上がらせる。
そして再び、茜と男は対峙。
「へえ、結構頑丈だね。おじさん」
「まあ、それが取り柄ですからな」
そこから男はファイティングポーズを取り、茜にジャブを放つ。
二発、三発と放つが、茜には当たらない。
茜は余裕の笑みでジャブを躱し、隙を見て右のローキック。
苦悶の表情を浮かべ、男の体が少し傾く。
体勢が崩れた男の顎先へ、茜は左ストレート。
命中し、男は膝から崩れ落ちた。
そこから更に、茜は追撃。
茜の左足がゆっくり稼働し、突然、加速。
大気を切る茜の足刀が、男の顔面に命中。
サングラスが弾け飛ぶと同時に、男の体も弾け飛ぶ。
地面を転がりながら、数メートル後方へ弾け飛んだ男の体は、太い樹木にぶち当たり、ようやく止まった。
竜一は自分の目を疑った。
今、目の前で繰り広げられている現実感のない出来事。
男の人間離れした動きと戦闘力。それを上回る茜の馬鹿げた強さ。
まるで漫画やアニメの登場人物のようだった。
そして、竜一を更に驚かす出来事が発生。
竜一は、男が死んだと思っていた。
少なくとも、あれだけ吹き飛ばされて直ぐに立ち上がれる筈がない。
だがそれは、大きな間違いであった。
「流石ですな」
男が立ち上がったのだ。汚れを払いながら立ち上がる男の様子からは、ダメージを受けているようには見えない。
そして竜一は見た。
闇の中でも妖しく光る男の瞳を。
サングラスが吹き飛び、男の瞳が露わになったのだ。
それは、鮮血の如く輝く赤。
禍々しい輝きを放つその瞳は、魔力を宿しているようだった。
悠然とした足運びでこちらに近付いてくる男に茜は言う。
「おじさん、やっぱり変異種?」
「その通りです。純粋種の姫よ」
「だから姫じゃないって。あー、それでいいって私が言ったんだっけ? 私は朽葉 茜。茜でいいよ」
「光栄です、茜嬢。では、私も」
男の手足がゆっくりと稼働。戦闘の構えを取る。そして、名乗りを上げる。
「『喰龍』ワン・ジーウェン。以後、お見知りおきを」




