12.休日にて3
「ど、どうぞ……」
竜一は、購入したアンブロシア・ブラックを鈴巴に差し出した。
鈴巴はバツの悪そうな顔でそれを受け取る。
「あ、ありがとう。このお礼は、正式にまたどこかで……」
そう言って、遠慮がちにアイスクリームを受け取った少女の名は天染 鈴巴。
茜と同じ星蘭学園に通う生徒で二年生。十六歳。
鈴巴から自己紹介を受け、竜一も簡単に自己紹介を返す。
そして、愛想笑いしながら心の中で盛大に溜息を吐いた。
駅前広場にて茜と鈴巴のヒートアップする口論。
それを、心を擦り減らし、身を削り、どうにか収めることに成功。
その後、竜一は即座に行動。
呆気に取られる二人を置いて、竜一は鈴巴の分のアイスクリームを購入。
店員からアイスクリームを受け取り「とりあえず場所を変えましょう!」と叫んで猛ダッシュ。
今までの人生で、一番勢いのあるスプリントだったかもしれない。
無我夢中で駆け抜ける。後ろを一度も振り変えることなく疾走。
気が付けば、人ごみの少ない商店街の片隅に辿り着いていた。
茜と鈴巴の二人は、どうにか冷静さを取り戻したようで、流石に顔に反省の色を浮かべている。
「竜一君、ごめんなさい」
「私としたことが、みっともないところを見せてしまったわね。ここに謝罪するわ」
「い、いえ……」
二人に謝られ、竜一は曖昧に返事する。
謝るのなら、茜と鈴巴、お互いに謝った方が良いと思うのだが、それを言うのは止めておいた。
鈴巴とは今日初対面だし、二人の詳しい関係性は分からない。
だが、分かることはある。二人の関係は決して良好とは言えない。いや、険悪と言ってもいい。
「あんたが余計なことするから、竜一君に迷惑かけたじゃないの!」
「なによ! 元はと言えば、貴方がトロくさいからいけないのよ!」
「だから! それが余計なお世話って言ってるの!」
「このっ!」
また始まったよ……。
竜一は、げんなりしながら二人の様子を眺める。
それにしても、茜がここまで他人に敵意を向けるのは珍しい。
いつも元気に笑顔を振りまく茜の姿からは、想像し難い様だった。
そして鈴巴。
鈴巴のことはよく知らないが、見た目の大人びた印象から、声を荒げて罵声を浴びせるタイプには見えない。
一つ一つの所作から気品が溢れており、如何にもお嬢様といった雰囲気。
例えるなら、大企業の社長令嬢とでもいった趣。
だが、茜との口論が始まった瞬間、その気品は消失。
顔を真っ赤にして茜と口喧嘩する様は、小学生男子の如く幼稚に見える。
「あ、あの、お二人とも、その辺で……」
二人の争いを止めるべく、ダメもとで放った竜一の言葉に、思いのほか茜が反応。
茜はハッとして、また竜一に謝罪を述べた。
茜の様子を見て鈴巴も矛を収める。
茜は言う。
「もうこれ以上、あんたと付き合ってられない。私と竜一君の休日を邪魔しないでくれる?」
「私だって! もう貴方と付き合ってられないわ!」
鈴巴は軽く咳払いしたのち、竜一の方を向く。
「泉谷君。お金は後日、必ずお返しします」
「あ、いつでも大丈夫ですので……」
鈴巴の分のアイスクリーム代金は、竜一が支払った訳だが、鈴巴は現金を持たない主義で、竜一に返金するための小銭を持っていなかった。
支払は全てブラックカードで済ますとのこと。
そんな女子高生がいるのか……と、驚いたが、社長令嬢という竜一の見立ては、あながち間違っていないようだ。
鈴巴は竜一に「それでは、失礼するわ」と言ったあと、茜を一瞥。
少し迷うような様子だったが、茜に向かって口を開いた。
「貴方、最近たるんでるんじゃない?」
「はあ?」
「まあ、その理由は今日、分かったわけだけど……」
鈴巴は竜一に一瞬だけ視線を向け、また茜に視線を戻す。
「もっと周りに注意を向けなさい。そうしないと、足元をすくわれるわよ」
「それって、どういう……」
「私は忠告したから」
そう言い置き、長い水色の髪を翻してどこかへ行ってしまった。
鈴巴が居なくなったあと、茜がボソッと言うのが聞こえた。
「なによあれ」
唇を尖らせて拗ねるような表情を見せる茜。
竜一は茜に鈴巴との関係性を聞いてみたくなったが、深入りは良くないか、と自制することにした。
商店街の片隅に設置された金属のベンチに腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら、茜は溜息を吐いた。
「あーあ、変な邪魔が入ったせいで、落ち着いて味わえなかったな」
落ち着いて味わえなかった、の部分は竜一も全面的に同意だった。
自分の分のアイスクリームは、走る際に邪魔なので口の中に無理やり押し込んだ。
ゆっくりと味わっている余裕なんてない。
正直、味なんて思えちゃいない。
「あー、なんかムカムカしてきた! 竜一君! 私、行ってくるね!」
「えっ? 行くってどこに?」
「もう一回、並んでくる! ごめん! 竜一君は適当に時間潰してて!」
「は?」
茜は、竜一の反応を待つことなくスタートを切り、あっと言う消え去ってしまった。
「俺……帰っていいかな?」
と尋ねるも、当然答えが返ってくる訳もなく、がっくりと項垂れる竜一。
「青春しているようだな、少年」
不意に背後から渋い声が聞こえ、竜一の心臓が跳ねた。
反射的に後ろを振り返った竜一は、後ろを振り返ったことを後悔する。
そこに居たのは、分厚い筋肉に覆われた、黒服、サングラスの男。
短く刈り揃えられてた青い髪。
そして、白いシャツからチラッ覗く首元の刺青。
どう見ても堅気じゃない。
ドラマや映画に出てきそうな、裏の世界で暗躍する殺し屋。
馬鹿けた発想だが、竜一にはそんな風に見えた。
男の威圧感に気圧される竜一。
身の危険を感じる竜一であったが、男の態度は予想に反して丁寧だった。
「突然話しかけてすまない、少年。君たちの様子が余りにも微笑ましかったのでな。悪いとは思ったのだが、少し観察させてもらった」
「そ、そうなん……ですね」
意外にも優しい声音で話しかけてくる男に、竜一は少しだけ安心する。
良かった。そんなに悪い人ではなさそだな。
見かけで判断するのは、良くないってことか……。
「いいじゃないか。青春結構。さきほど、駆けていった娘は、君の彼女なのかな?」
「いえ、彼女ではないですね……」
「ああ―――、そうだと思ったよ」
「えっ?」
「おっと、失礼。いきなり無礼であったな」
「ま、まあ、大丈夫ですよ……」
「ふむ。私はこれでもプロでね」
「プロ?」
「ああ、人を見る目はあるつもりだ。今まで色々と見て来たからね」
「はあ……」
「その私の目から見て、君と彼女では、つり合いが取れていないな」
「うっ」
竜一はボディーブローを食らったような気がした。
確かに、この男の言う通りだ。平凡な自分と、無敵の美少女、朽葉 茜とでは何もかもが不つり合い。
「気を悪くしたなら謝ろう。だが、敢えて厳しいことを言ってやるのも大人の役割かと思ってな」
「ま、まあ、そうですよね。朽葉さんは、控えめに言っても美人ですから、俺なんかとじゃ、つり合ってませんね」
「違うな」
「違う?」
「私は容姿のことを言っているのではないのだよ。私が言っているのは、ここだ」
男は、自分の胸を拳で叩いて言い放つ。
「ハートだ」
「ハート……ですか……」
「そうだ。君からは何も感じない。ハートから熱を感じないのだよ。何故、燃えていない? 火種すらないのか? 察するに、何も入ってないな。何も無い虚ろな炉。材料一つ無い。ならば当然、何も燃やせやしない」
言いたい放題言ってくれるな……。
無遠慮に言い放ってくる男に、竜一は流石に苛立ちを覚える。
一言ぐらい言い返してやろう。
「初対面の相手のことを、そこまで分かるんですか?」
「分かるさ。言ったろ? 私はプロだ」
だから、プロってなんだよ。
「まあ、聞き流してくれても構わんよ。だが、全く心あたりがないと言い切れるかね?」
「それは……」
「厳しいことを言ったが、一度考えてみることだ」
その言葉を最後に、男は竜一の肩を軽く叩いて、どこかへ行ってしまった。
「ったく、なんだよあれ……」
苛立つ竜一であったが、怒りが収まると共に、男の言葉がじわじわと効いてくる。
何も無い虚ろな炉。
そうかもしれない。
俺には何がある? 何か目標は? 夢は? 生きる理由は?
竜一はゾッとした。改めて考えると、何も思いつかなかったからだ。
それは何故なのだろう。
昔はあったような気がする。明確に指針にしていた訳ではないし、漠然とだが、それでもあったような気がする。
今は無い。なにも無い。
そこで、竜一は気が付いた。
そうだ、五年前からだ。つまり、この世界に飛ばされた時から。
思うに、この世界に飛ばされた時、どうでもよくなったのだ。
今でもたまに思う。あまりに現実感のない出来事であるため、それ故に、これは現実ではないのではないか? と思う事がある。
夢の中にいるような感覚。長い長い夢を見ているような、そんな感覚。
だからだ。夢の中で頑張ったって仕方がない。
無気力、という訳はないが、かと言って必死に生きることもない。
そうか、きっと俺は置いてきた。
この世界に渡る時に、色々と置いてきてしまったんだ。
だから何も無い。何も入っていない、虚ろな炉。
そういうことだろう。
その時、水滴が頭に落ちたような気がした。
空を見上げると、分厚い曇り雲。
今日の天気予報では、降水確率は低かった筈だが。
そう思っている間に、強まる雨脚。
髪の毛が濡れ、雨の雫が額に流れる。
服が濡れ、少し体が冷え始める。
それでも竜一は、空を見上げ雨に打たれ続けた。




