11.休日にて2
駅前広場は、大勢の人で溢れていた。
今日の天気は晴れ。気温は熱くもなく、寒くもない。
過ごしやすい陽気。
駅北側の駅前広場は、石畳で舗装されており、中心部には高さ三メートルの巨大な老人の銅像。
青々と茂る大きな街路樹の下には木製のベンチ。
そして、広場の一角にカラフルなワゴン車。
それこそが、移動型店舗ネフェレーだ。
竜一は、一目見てげんなりした。
ネフェレーから、大人気のテーマパークの如く順番待ちの客が伸びていたからだ。
これ並ぶの?
おそらく、先頭に辿り着くまでに一時間ほどかかるのではないだろうか。
これが自分一人だけであれば、確実に引き返した。
議論の余地なく、踵を返すであろう。
だが、隣に立つ茜は俄然やる気を見せている。
「よっしゃ! 並ぶよ!」
茜の今日の恰好は、生地の薄いパーカーに白いホットパンツ。
頭にはキャップ帽をかぶっている。
茜は、こういった動きやすい恰好を好む。
ホットパンツから伸びる脚は、よく引き締まっていて健康的な美を放っている。
少年のような笑みを浮かべる茜に、キャップ帽はとても似合っていた。
何を着ても似合うな。ぼんやりとそんな感想を頭に浮かべつつ、周囲を観察。
並んでいる客層を見ると大半が女性客だった。
中には男性客も居るが、隣には彼女と思われる女性がいる。
男性単体客は見たところなし。
何がそんなに世の女性を引き付けるのだろう。
甘い物か、話題性か、あるいはその両方か。
ただ並んでいるだけなのも暇なので、竜一は茜に尋ねてみることにした。
茜は少し悩んでこう答える。
「勿論両方あるけど、一番は空気感かな」
「空気感?」
「うん。皆が甘くておいしいアイスクリームを求めているこの空気だね。期待に心をときめかせている空気。何か楽しいことがあるぞ、何かいいことがあるぞ、っていう空気。そういう空気を味わうために、わざわざ足を運ぶんじゃないかな」
「へー、そうなんだ……」
茜の答えに頷いてみせたが、竜一にはピンとこなかった。
今の茜の答えを自分になりに解釈すると、単純に目当てのアイスクリームが食べたいから並ぶ、という訳ではないらしい。
むしろその過程、アイスクリームを手に入れるまでの苦労や苦痛さえも喜びに変え、それを楽しむのだという。
竜一には理解し難い理屈だが、これは茜だけが特別という訳ではなさそうだ。
そうじゃなければ、こんなに行列が出来ていることの説明がつかない。
竜一の沈黙を納得と見て取ったのか、茜は話題を変えた。
そこから茜のマシンガントークが始まる。
昨日のドラマの話や、海外で話題になっているミュージシャンの話。
環境問題、エネルギー供給問題、あげくには株価の話にまで及んだ。
竜一は、殆どの話題についていけなかった。
どの話題も曖昧に相槌を打つような形になってしまうが、不思議と嫌ではなかった。
それは、茜から楽しんでいるという気持ちが伝わってくるからだろうか。
茜の気持ちが、竜一の心にも染み込んでくる。
茜と同調するように愉快な気持ちになり、心が弾む。
茜はきっと、人を幸せにする天才だ。
存在そのものが幸福伝播装置。
全人類の千分の一、いや、一万分の一が茜のような人間だったのなら、世界からは争いはなくなっているのかもしれない。
「そろそろだよ!」
茜に促され前方に視線を移すと、いつの間にか先頭に近い位置まで来ていた。
初め、行列を見て辟易したものだが、いざ並んでみると時間はあっという間に過ぎてしまった。
これは茜のお陰だろうな、と密かに茜に感謝していると、茜が楽しそうに竜一に尋ねる。
「竜一君! それで、どれにするか決めた?」
茜は自分の携帯のモニターを竜一の方へ向けて、目を輝かせる。
モニターに映っているのは、三種類のアイスクリーム。
暗い紫色のアストゥロ・マルベリー。
金色のゴールド・マカリオス。
漆黒のアンブロシア・ブラック。
全く味の予想がつかない。
着色料をたっぷり使っていそうな三種類のアイスクリームは、竜一的にはあまり食欲をそそられなかったが、隣の茜は楽しそうにはしゃいでいる。
これは、俺の感性がおかしいんだろうか?
多分そうなのだろう。列に並ぶ楽しそうな空気感が、竜一にそう思わせる。
「うーん、私はねー、アストゥロ・マルベリーかなー。あー、でもアンブロシア・ブラックも捨てがたいなー」
殆ど呪文のような商品名を唱えながら、茜は頭を悩ましている。
そうこうしている内に、ついに先頭に辿り着いた。
「いらっしゃいませー」
と気持ちの良い笑顔の女性店員に出迎えられる。
竜一は「ゴールド・マカリオス」を注文。
続けて茜が注文すると思いきや、茜はしきりに唸り、決めかねている様子。
唇に手を当てて「うーん、どうしようかー」と悩んでいる茜を見て竜一は、新鮮な気持ちになった。
いつも即断即決の茜が、アイスクリームの注文如きで悩んでいる。
竜一にとってはアイスクリーム如きだが、茜にとっては如きではないということか。
少しだけ微笑ましいなと思って見ていたが、それは最初の二分間だけであった。
雲行きが怪しくなる。五分経過してもまだ悩む。
流石に、女性店員の笑顔も引きつっている。
「あの、朽葉さん、そろそろ決めなきゃ」
「そ、そうだよね! ごめん!」
そう竜一に返事するがまだ悩む。
見兼ねた竜一が、もう全部買おう、と提案しようとした時、隣から女の怒声が聞こえた。
「ちょっと! 貴方ね! いつまで悩んでるのよ!」
突然聞こえた怒声に竜一は萎縮。
茜も申し訳なさそうな顔をして、声の方へ振り向いた。
「ごめんなさ―――げっ」
げっ? 茜の態度を不審に思いつつ、竜一も声の方に振り向いた。
そこに居たのは、自分たちと同年代と思われる少女。
髪は長く、澄んだ水色。
背は高めで、すらりとした四肢。
瞳はアメジストのような美しい紫。
竜一は心底驚いた。その少女が、朽葉 茜と肩を並べるほどの美少女であったから。
戸惑う竜一を他所に、茜が声を張り上げた。
「天染 鈴巴!」
茜はビシッと人差し指で天染 鈴巴と呼んだ少女を指差した。
天染 鈴巴と呼ばれた少女は、眉間に皺を寄せ抗議。
「ちょっと! 人の目が集まってる場所でフルネームで呼ばないでもらえる!?」
と、怒鳴ったのち「いや、今はそんなことより―――、早く決めなさいよ!」と追撃。
茜はその怒声にハッとして「そ、そうだった!」と我を取り戻した。
だが、それでも決められない茜は、ついには竜一に選択を託すことにした。
「竜一君! 決めて!」
竜一は戸惑うが、すぐに頭を切り替える。
すでに人の目が集まりすぎている。一秒でも早く、此処を立ち去らねば。
竜一は茜に「アストゥロ・マルベリー」を提案。
茜はそれを了承し、店員に注文した。
これでようやくこの場を脱出できるな、と胸を撫でおろしていた竜一の耳に、また怒鳴り声。
「私の分も頼みなさいよ!」
鈴巴の怒声に茜が反応。
「はあ? なんでよ?」
「なんでって、貴方が遅いから、私は! わざわざ! 列から飛び出したの! 私にもう一度並び直せって言うの!? それぐらいの義理は果たしなさいよ!」
「はあ? そんなの誰も頼んでない! あんたが勝手にやったことでしょ!」
「―――っ! 貴方ね! 私は貴方より一年先輩なのよ!? ちょっとぐらい敬う気持ちはないわけ!?」
「ない! だいだい偉そうなこと言ってるけど、一年だけでしょ!? 誤差の範囲よ!」
「いーや、私達にとって、その一年はとても大きなものよ! だから貴方は、私を敬う義務があるわ!」
「はいはい、分かりました。一年上のおばさん!」
「なっ! 私はおばさんじゃない! 貴方より一年しか違わないでしょ!」
「あれー? さっきと言ってること違いますけどー。一年の重みはどうしたんですかー? おばさん?」
「くっ! こっの―――クソガキ!」
「おばさん!」
「クソガキ!」
竜一は頭を抱えた。
一刻も早くこの場を去りたかった。
自分だけ逃げてしまおうか。本気でそんなことを考えた。
完全に衆目の的。言い争いを続ける二人のルックスが異常に良いのが、僅かな救いか。
二人の美しさに当てられ、列に並ぶ者達から向けられる悪意が若干中和されている気がする。
あくまで気がするだけだが。
列を停滞させる二人への視線は悪意、嫌悪感、驚愕、戸惑い、などなど。
「ちょ、ちょっと、朽葉さん! 落ち着いて!」
と竜一が茜を諫めるが、茜の耳には届かない。
口論はヒートアップしている。お互いを罵り合う茜と鈴巴。
これはもう、言葉で言っても駄目だ、と思った竜一は、一大決心を敢行。
二人の間に飛び込み、膝を曲げ、地面に座り込む。
そして、両手をついて、額を地面に着地。
竜一は、この難局を切り抜ける策をこれしか思いつかなかった。
盛大に土下座し、心の底から声を絞り出した。
「どうか! お静まり下さい!」




