108 最後のアーサーの使命
「それで……確かリオンだっけ? 君は何で一人でこんなところにいるの? 」
「あのデカブツが暴れ回ってたから、仲間を逃すための囮役だよ。まぁ、この牧場区にきた目的はお前と同じだよ。ここにいるって噂になってたアーサーを連れ出しにきたんだ」
「なるほど、ここは牧場区ってとこなのか。……ちょっと待って。ってことは、もしかしてサバクのときにいた人間たちも一緒なの? ……それはちょっとめんどくさいな」
蜜飴を食べてひとまずエネルギー補充が済んだドウクツはそういいながら、身体を起こすと眠そうに伸びをして壁にもたれかかって座る。リオンもドウクツの隣に並んで腰を下ろした。目の前の草むらではまだ、あの大きなクロサイが周りの草を食べ続けている。
「なぁ、ドウクツ。あのクロサイどうにかする方法ない? できれば傷つけたり殺したりせずに、元に戻したいんだけど」
「サバンナ、あれ使ってみたんだね。なかなか再現度高いんじゃない? 」
「なるほどな……やっぱ、お前の仲間の力か。この地面に生えてる植物ならサバンナが持ってるアースの記憶の一部にデータが組み込まれているのはわかるけど、ああやってアースの生物を生み出すのは別だ。もっと特別なデータがいるはずだ」
「そうだよ。【生物の遺伝子】の記憶を持つアーサー、イデンと惑星リバイブ産まれの小さな科学者がタッグを組んで生み出した、【種族別ゼル動物化プログラム】だ。イデンの持つ遺伝子の記憶をプログラムにすれば、ゼルの見た目や生態そのものをアースに生息していた生物に近づけられる。サバンナは、なんかそういうの好きらしいからそれを餌に仲間にできないか、ってことで何度か訪問するたびに一つずつあげてたのさ」
つまり、いくつかの種類のプログラムが既にサバンナの手元にあるということだ。そして恐らく、簡単にプログラムを試すことができるということは素材となるゼルが必要量あれば何度でも生物を生み出せると考えられる。
もしもこれでサバンナとアラム達が戦うことになった場合、ゼル製アース•モンスターの大群が敵として立ちはだかる可能性も考えられる。
ならばクロサイのプログラム解析だけでも済ませておけば、とりあえずクロサイをゼルに戻すシステムは構築できる。それだけでも今後の戦いはかなり楽になる可能性がある。
「仕方ないな。多少リスクを冒しても、ここは解析を進めるしか……」
そう言って立ち上がったリオンの方を、いつの間にか食事を終えていたクロサイがじっと見つめていた。徐々に体制を変えて、こちらに突撃しようとしているのが遠くからでも窺える。
「なあ、ドウクツ。この中入って隠れたら大丈夫だと思うか? 」
「いや……だってあの巨体だよ? こんな薄い壁一枚くらい、簡単に破壊されるよ。もう逃げるしかない。ほら、早く行こうよ」
その言葉に弾かれたようにリオンは立ち上がると、ドウクツを庇うようにクロサイの前に立ちはだかる。
「は? 何してんの? 」
「俺は最後のアーサー……記憶のバックアップである俺が壊れても、元の記憶を持つお前らが全員無事にアースに帰れるのなら、そもそもこの使命には必要のない存在だ。だから、お前が壊れないように俺が護る」
「……馬鹿だな、君は。最後のアーサーが誰かを護って壊れちゃ意味ないよ。
それに使命の解釈を間違えてる、君だけは何があっても壊れちゃいけない……それが君の、最後のアーサーの使命でしょ。ほんと、人間なんかと関わるからそんなロクでもない思考回路になっちゃうんだよ」
ドウクツは面倒くさそうに頭を掻きながら立ち上がると、リオンから蜜飴の袋を奪い取りそれを4粒ほど掴んで口に含み、ゴリゴリと噛み砕く。
「おえっ、まず……」
クロサイが2人に狙いを定めて走り始める。ドウクツが手を組んで振りかざしクロサイに向かって構えながらリオンの方を振り向かずに呟く。
「隙を作るから、飛び乗りなよ」
そう言ってドウクツが地面を両手で叩きつけると、2人の目の前に横長に大きな穴が開く。クロサイは走る勢いのせいで止まりきれずに前足を踏み外して前のめりに転倒する。リオンは転倒のタイミングに併せて高く跳躍すると、クロサイの背中にしがみつく。
クロサイの頭は転倒の勢いのまま隠れ家の入り口を破壊しながら崩れ落ちるように前のめりに転倒する。リオンはドウクツがクロサイの角を掴みながらも吹き飛ばされていくのを視界の端に捉えていたが、バイザーを装着して解析を始めた。もがくクロサイから振り落とされないように必死に捕まりながら、リオンはさらに解析を進めていく。
「……よし、セキュリティ解析終了だ。……とっとと元に戻りやがれ! 」
瓦礫の下でじたばたともがき続けていたクロサイの動きが突如硬直する。かと思うと、表面からその身体がどろどろと溶け落ちていく。ゴツゴツしたその肌は元のゼルのように滑らかで弾力のある姿へと変わり、それはやがていくつかの球体にまとまり辺りへと転がり落ちていった。リオンは力なくその場にへたり込む。
「いやぁ、悲しい結末だよね。リオン、こんなことになるなら早くボクを呼び出せばよかったのにね」
脳内にレオナルドの声が響いてくる。こんな現象は初めてだったが、自分の中にあいつがいる事は知っている。驚きよりも純粋な苛立ちが彼を支配していた。
「お前なら、あのクロサイを止められたとでもいうのかよ? 」
「ああ、もちろんだよ。ボクになら、できる。この間の、覚えてるでしょ? 」
レオナルドが言っているのは、おそらく地区代表会議の時にアラムを気絶させた謎の能力の事だろう。
「そんなに怒らないでよ、あの時は偶発的に起きた事故だったんだから。でも、今ならちゃんと使える。ボクになら一撃で息の根を止められたんだ」
「話聞いてなかったのかよ、それじゃ駄目だったんだよ。あのゼルを傷つけずに元に戻す必要があった」
「それって、人間の指示でしょ? つまりさ、あのアーサーが死んだのは人間の利益の優先した結果って事だよね。
これだけの被害が出て、アーサーも破壊されて……それでも守らなきゃいけない約束だったというのかな。ねぇ、リオン? 」




