春菜さんの生活指導
あの、痛みを伴う脅しを受けた次の日から、朝(とは到底言えない暗い)から、学校が終わるまでの時間、三希は春菜の徹底的な指導を受けることになった。
修行で夜に活動することが多く、朝が弱い三希は、千成が優しく起こすのを知りながら布団の中に潜り抵抗していた。
春菜に思い切り布団をひっぺがされ「起きろ」とドスのきいた声で、二度寝しようとする三希に釘を刺さし、あいさつするよう三希にうながす。
三希が小さな声で「おはよう」と呟いたら声が小さいと怒られた。やっとの思いで起き上がりベッドから出る。
「あの……掃除は汚れるから体操着がいいかも」
小さく声をかけた羽黒千成はとっくに身支度を済ませていた。
部屋の電気はつけず、勉強机のスタンドライトをつけ難しそうな薬草に関する専門書を読んでいる。
三希は頭が働かないまま、半透明の収納ボックスを引き出し、綺麗な体操着をとりだし、もそもそと着替えた。
春菜はその間に顔を洗い着替え長い髪をとかし、ひとまとめに結び歯を磨き始めていた。
やっと三希が全ての支度が終わる頃に、春菜は指をとんとん叩き「遅い」とイラつきを見せた。
春菜は寮の入り口のすぐ近くにあるちょっとした倉庫ほどの大きさの掃除用具入れから箒とバケツ、そして長い柄の先にもじゃもじゃした物体がついたものを人数分取り出した。
三希が不思議そうにそれを持って見ている。
春菜が「モップも知らないの?これで水拭きするのよ」と目を開いて言った。
「使用人達は雑巾で廊下を行ったり来たりしていた」と三希が答える。
「それよりは楽だから安心しな」と春菜が言った。
廊下の掃除は春菜の指示により始まった。
三希と春菜、千成でチームを分けそれぞれ廊下の両端から箒を掃いた。
三希たちは廊下の奥まで歩き、千成はすでにスタート地点にいたので移動せず掃き始めていた。
東雲家の母屋と渡り廊下を合わせたくらいかそれよりも長いと三希は思った。
薄暗く冷えた道をひっそりと上履きを鳴らしながら二人は特に何も会話をせず歩く。
廊下の音響効果のおかげか足音が大きくひびく。
ひとつひとつ同級生の部屋のドアを確認してこの音で起きて来やしないか見守っていた。
「よし、やるか。箒の使い方は分かる?」
「多少は」と答える。
「じゃあやってみて」と促された。
三希は使用人の動作を一生懸命思い出しながら撫でるように入り口に向かって箒を進ませる。
ちらりと春菜をみたら「ぜんぜんだめ」と子供に言い聞かせるみたいにはっきり言われた。
「隅からちょっとずつ掃いて確実にごみを向こう端へ持っていく!」
三希お手本を見せられて「春菜がやったほうが早いのでは…」と思わず口ずさんだら睨まれた。
「習得するまで私一切やらないからね!!!」
「すみませんでした……」
春菜は三希に掃除以外にも集団生活を行う上大切なあらゆることこと細かく説明…というより徹底指導した。
忍者の家系が集う学校である事情から、授業終わりに家業の任務をこなすことや、修行することも考慮され、放課後をどう過ごすかは自由とされていた。
寮の食堂や風呂も夕方4時から朝9時まで自由に利用できる決まりだ。
もちろん食堂は閉まるまで職員が配備されている徹底ぶり。
だから春菜が、三希につきっきりになるのは夕方4時まででおしまい。
しかし、三希が一ヶ月以上、寮の掃除をサボってたペナルティで三希・春菜・千成の班が寮のすべての掃除当番エリアを担当させられている。
その全責任を負うということで朝だけでなく放課後も三希だけ掃除当番をさせられた。
それが免除されるには丸々一ヶ月かかると、中等部三年の寮長から言われた時は斬り刻んでやろうかと思ったけど我慢した。
寮はとても広い。
青龍学園は全国から集まる忍を家業とする一族の子ども達が集うため、女子だけでも1学年約100人以上はいる。
一部屋2、3人でシェアしていることを考えると30部屋以上はある。
ちなみに男子はもっと多く、その数1学年約1,000人。
中等部の女子寮のルールは一年生のみが全ての寮のエリア(個室以外)を掃除をするルール。
なのでどうやっても毎日どこかしらの共用スペースを掃除する当番が回ってくる。
2年と3年はただ綺麗に仕上がっているか確認するだけというとても理不尽なシステムだと思った。
2年は2階、3年は3階を使うのだが、そのエリアの掃除は非常に気が抜けない。
春菜が言っていた伊賀晃のファンクラブの上級生たちがモップを水に浸すためのバケツを倒したり、明らかに箒で掃いたすぐ後ろにごみを撒いたりいやがらせが盛んだからだ。
千成が言うには忍者じゃない一般の中学生も同じように歳がひとつふたつ違うだけで家畜のような扱いを受けるのだそうだ。
(いやがらせはまた違うが、あるにはあるらしい)
それを聞いて三希はできるだけ効率的に綺麗に仕上げ、いやがらせを受けたとしても上手くいく方法を考えながら作業するときめた。
三希はいやがらせしてくる奴らをまず特定し、行動パターンを読みそいつらが行動する前に掃除を終わらせた。
その後、各学年の責任者にいち早くチェックしてもらうことを徹底した。
これも一種の修行だと自分に言い聞かせる。
そんな三希の動きも読めず、チェック後に汚した奴がいて、翌日の掃除開始早々、劇的に汚れていてげんなりすることもあった。
が、3年の学年の責任者である伊賀柊花に厳しく処罰されたようで、日を追うごとにいやがらせは減っていった。
結果的に徐々に効率が上がり、自由な時間を増やしていくことができた。
三希は先日届いた新しい携帯電話で動画配信サービスを契約し、実家では見ることが許されなかったTV番組や映画を少しずつ見るようになった。
休みの日は執事からもらったなんでも買えるカードで新しく注文した大きな壁掛けのテレビに携帯電話を繋げ、テレビの前に椅子を三つ並べ、小さなテーブルを置きそこにお菓子やジュースを並べて飲み食いしながら同室の春菜と千成と一緒に一日中ドラマや映画を鑑賞した。
今まで修行ばかりしていた三希は映像作品に詳しくなく、だいたいが二人の選ぶものだった。
春菜はアクションや恋愛ものを好み、千成は意外にもスプラッタホラーを好んだ。
壁に杭で貼り付けられ身動きができない男性に激しく回転する脱穀機が徐々に登場人物に迫る。
肉を切り裂かれ絶望と痛みを感じながら死んでいく映像を優しくうっとりした目で観る千成。
おっとりした裏で何を考えているのか想像がつかなかった。
千成いわく「薬よりもホラー映画は死のバリエーションが多い」だそうだ。
話を聞いた春菜は若干引いていた。
春菜は極度の怖がりでホラーのときは出かけてしまう。
もしくはテレビから一番離れた場所で手で目を隠しながら見ることが多い。
教室の授業は至って真面目に受けているふりをしていた。
しかし実際には全然違う方向に視線を向けぼうっと昨日見たホラー映画はなぜあんなに効率悪く急所を狙わないのかと考えていた。
それを見抜かれて先生に質問を投げられても完璧に答えてしまい後で春菜に説教が始まった。
次からノートとシャーペンを装備させられた。
ちなみに持ってきていなかったので隣の小太郎のを拝借した。
三希がようやく’普通’の学園生活を送るようになってきたところで、担任の千曲先生が三希・春菜・千成を呼び止めた。
「お前たちに任務が入った。猫を探してもらう」




