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東雲家の三希  作者: 茶ノ机
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誰にとってのヒーロー?


「三希さま…三希さま…」



だめだ、頭が割れるほどいたい。



助蔵は森で甘い香りを感じた瞬間、思う様に体が動かなくなった。



頭痛が時間の経過とともに徐々に増して思考を奪う。



ここはアブナイ。先へ行っては駄目だ。

体が警報を上げてる。しかし、声が出ない。



愛しくてやまない、大きくてか弱い背中は白いモヤの先へ消えてしまった。



助蔵は膝が沈み、そのまま倒れた記憶を最後に意識はどこかへ飛んでいってしまった。











◆◇◆◇














ひんやり冷たい岩のゆか。

天井から時々滴るしずく。

暗く黒く、輪郭がはっきり見えづらい。

鉄格子の外で微かにゆらめく灯をぼんやり眺めて過ごし、気付いたらぼくはここに”在った”。



一日に一回、空腹を満たすものが運ばれ口にする。



七日に一回、鉄格子が開き、僕を抱きしめ「愛しい子」と泣く”ひと”がいる。



十日に一回、鉄格子から出され"検査”といわれ色々な線を繋げ機械がビービー言っている。



十五日に一回、鉄格子から出され色々な味の”ジュース”を飲まされる。



二十八日に一回、真っ白い畳部屋で"白狐”という人の話し相手や"勉強"をさせられる。





ここでの決まり事を日々を淡々とすごしていたことを覚えている。

検査やジュースを飲んだり、出された紙に答えを書く度に、白狐が小さい手を叩いて喜んでいたがぼくには良く分からなかった。



何やらすごい"数値"というのは何となく分かったがそれが何を意味さすのかは分からない。





あるとき。

七日に一回来る人の、臭いが急に血生臭くなっていた。

体がどんどん原型をとどめなくなってきて、足を引きずるように僕にすり寄って来た。

「愛しい子」も最後は何を言っているか分からなくなり、次第に動かなくなった。



ぼくに唯一やわらかく触れ、抱きしめてもらう"ひと”がいなくなってしまった。









僕は七日に一回、灯を見ながら泣く様になった。

抱きしめられた感覚が恋しくて、鉄格子の外から誰か来ないか、待ち続けた。

しかし、一日中、灯がゆらゆら揺れて終わるだけだ。





白狐と話すとき、いつもは一方的に話を聞く側だったのに初めて僕から話しかけた。



「きみ、話せたんだ。何が知りたいの?」



「あのひとはだれ?」



「あのひと?ああ、きみの母さんだよ。誰にでも絶対いる、ぼくにだって」





母さん。と言うものが何かは分からなかった。

けど、特別なひとだというのは何となくわかった。





「かあさんは、ひとりしか、いないの?」



「そうだね、自分を生んだ母さんはひとりしかいない」





白狐の言葉ではじめてかけがえの無いものを失ったことに気付いた。



僕は決まり事をやる日以外は泣いた。



岩の壁に泣き声がおんおんと鳴り響く。







次に白狐の話し相手をする日、いつもとは違う部屋に連れていかれた。

両手両足を縛られ、鋭いムチで何度も体を叩かれた。

すごく痛かったけど、ここでは涙は全くでなかった。



こんな柔い縄、簡単に外すことはできそうだけど、決まり事だからおとなしく叩かれた。

しかし痛みは蓄積された。途方もない時間が過ぎた後、扉が開いた。



「なにをしているんだ」



白狐の声だ。いつもより低く聞こえる。



「こいつ、泣いてうるさいんです」



僕を叩いてたひとの声だ。



「言い訳するな。早く私の部屋に連れてこい」









白狐と、もう1人見たことが無い大男の前に、僕は横たわりしばらく時間が過ぎた。







「なぜ?きみは簡単に縄をほどけただろうに」



「…………」



「学力、身体検査、体力測定、実技、毒耐性。どれをとっても東雲家に劣らない、いや、それ以上の何かがある。なぜ易々とムチで打たれたんだ」



大男が僕に話しかけた。



「きまりごとだから」



ぽつりと話す僕の言葉に白狐は柔らかくわらった。





「そうか。もうほどいてよい」





僕はその言葉をきっかけに全ての縄を引きちぎった。







「ふふっ、こうもあっけなく外されて結んだ奴がきのどくになる」



「5歳とは…いや、同じ人間とも思えないな。傷がもう回復している」



「雲海さま、三希ちゃんへの付き人にどうでしょうか」



「遜色ない。しかし、研究所の記憶は…」



「もちろん、ちゃんとふさいでおきますよ。彼の能力も、このままだと目立ちすぎるので制御します」



「霧生の技術には本当に驚かされる」



「いえ、これくらいできたって、世界の秘密にはまだ届きませんよ」









◆◇◆◇








「おはよう。久しぶり。きみは…いまは助蔵と呼ばれてるんだったね」





真っ白い畳部屋。

さっきみた夢にあった白狐の白い畳の部屋だ。





「ここは…白狐の…!?三希さまは…?」



「安心しな、三希ちゃんは元気だよ。それよりきみだ。頭の中を確認してもらったけど、どうも記憶が戻ってしまっているようだね」





助蔵は体中にコードが繋がれ、手・足・首・胸と可動箇所が全て拘束されていることに気付いた。

体を思い切り動かそうにも遅く、既に白狐により鎮静剤が打たれていた。





「まだ三希ちゃんがここにたどり着くのは早い。そしてきみはもっと三希ちゃんを愛してくれないと」



「どういうことだ……」





助蔵は頑張って意識を保ち続けるもその努力虚しく手放してしまった。















全く、この薬剤を普通の人が投与されたらわずか2mlであの世行き。

きみはその5倍入れないと眠ってくれないなんてほんと化け物だよ。





白狐は助蔵の脈拍が落ち着いたのを確認すると、脳波に刺激を与え、三希と助蔵が出会う前の記憶に器用に蓋をして厳重に鍵をしめた。



原理は企業秘密。

だが、普通の人が同じ操作をしても同じ結果にはならない。

霧生白狐が固有にもつ秘術が加わってはじめて効力があるのだ。



















◆◇◆◇














空白の中に唐突に黒い墨を落としたかの様に始まるぼくの記憶。

大きく広い部屋の一角で服を脱がされ、温かい水に入り丁寧に体を拭かれた。

真っ白い袴を丁寧に着付けられた。



「縁側に座って待ち、ここに来る子に仕える様に」と、大きな男の人から言われた。



言われた通り、ぼくはぼうっと鯉や鳥達といった動くものを眺めていると誰かが隣に座った。



顔は手で覆われて見えないが、ぼくと背丈が同じ位の小さな女の子だ。



小さくピクリと動きながら鼻をすすっている。泣いているんだ。



なんとなく、なにか大切なものを失くしたのだと思った。





どの位時間が経ったのか分からない。

てっぺんにあったお日様が外壁近づいたころ女の子はようやく顔を上げた。



「なんでみつきのいすに、あんたがいるの?誰?」



「………」



「なんかいいなよ」



”だれ”と言われて思考が停止した。ぼくは一体誰なんだろう。



「名前ないの?」



「うん」



「じゃあなんでここにいるの?」



「ここにきた子に仕える」



「ふうん。じゃああんた助蔵ね」



「すけぞう?」



「あんたの名前。私を助けて、殺したいやつがいるの」




後に、三希様になぜ助蔵なのか聞いたら、"助けて欲しかった"のと”人斬り以蔵のように強く”とのことだった。

丁度、幼いながら幕末の志士に憧れていたらしい。

まったく三希様らしい。





ぼくが助蔵になった日から、三希さまに仕える身となった。

修行し、勉学に励み、寝食共に過ごした。



昔からじゃじゃ馬でそれはもう振り回された。

お陰で生傷は絶えなかったが、幸いなことに傷ができてもすぐに治る体質で一日しないうちに全快した。

三希さまの盾としても存分に働けていると思う。



定期的に雲海様に三希様の状況について報告を行う場が設けられた。

そこで改めて飼い犬を雲海様の策略で自ら殺してしまったことを知らされ、あのとき縁側で泣いてた理由を知った。





三希様はぼくと出会って間もなく、悪夢を見ることが多かった。

そう言うときは必ずそばにいき、すがられるままに胸を貸し、ぼくも彼女を両腕で包む。

泣きじゃくる三希様も落ち着いてぼくの温もりを確かめてから眠りについた。



三希様には申し訳ないけれど、ぼくはこの時間が永遠と続けば良いのにと思っていた。

ぼくの何も無い心が満たされていたんだ。






愛おしい三希様。



夜は眠れているんだろうか。



ぼくが側にいなくて泣いていないだろうか。



ぼくは温もりが離れて行ってしまうのではないかと怖くて仕方が無い。



いっそのこと、ぼくのになってはくれないだろうか。



苦しい、ぼくを助けて。



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