工事現場の視察 前編
1日目 学園都市東端の街道
辺り一面から騒音が響く平原を馬に乗って進む。
馬の数は8頭。
俺とアイシャ、キリエとルシア、リムとリンラのタンデムした3頭を中心に前後左右に1頭ずつで、これには黒狼族の騎士が1名ずつ騎乗している。
前の騎馬と並走して案内役を兼任したアデルが騎乗している馬が1頭。
街道沿いの多くの町や村をまとめて1つの大都市を作る計画、その主導的立場たる次期当主及びその婚約者による視察に訪れている訳だ。
俺の同級生となるジェイムス達が住み込む準備で忙しいタイミングをついてのハードな視察旅行だ。
レルテから都市東端まで1日、都市東端から都市西端まで5日掛かる都市圏を2週間で大まかに見て、帰路につけとか無謀にも程がある。
「今回の査察は、北部にある若様の指示された炭焼き場と下水設備。
南部の上水道貯蔵池を経て、西部の搬入港を確認しましたら、帰りに建設中の中央校舎を見てからハージヒルムへ戻ることになります」
「直線距離で行って戻ってくるだけでも10日よね?
無謀じゃない?」
「先日設置が完了しました駅舎の利用実験も兼ねておりますので、充分に可能かと」
「ずいぶんすんなり済んだな?
馬の確保を考えると来月くらいまで割り込むと思っていたが?」
「最も距離の遠い東部閥としては他より優先順位を上げる必要があったのかと…」
「東部閥?
馬は北部の方が有名だと思ったが?」
「軍馬であればやはり北部ですが、飼い慣らされた平時に利用する馬であれば東部です」
軍馬にするなら胆の据わった野生馬を飼い慣らした方が良いが、荒事に巻き込まないなら良く馴れた飼育馬を利用すると言うことか?
そんである程度の馬を確保できている東部閥の貴族が北部閥を出し抜いて馬を提供してきた。
結果、北部閥の飼い慣らした馬を想定していた俺達の予想以上の早さで駅舎の設置が完了した。
「質問。その駅舎って何かしら?」
「一定の間隔に設置した馬の貸し出し小屋だ。
誰でも身分証明が出来れば、格安で馬を借りることが出来る」
「…ごめん、フォル君が何を言っているか分からない」
「リムは?」
「そうね…。
まず思い付くのは、馬の維持費が要らなくなる分だけでも行商人が増える可能性が出るかしら?」
リムの答えに納得の表情を浮かべるルシア。…とキリエにリンラ。
この手の内政事はやはりリムが頭一つ抜き出ているな。
なんだかんだ言ってガルド兄もこの姪に内政に関する教育を施していたらしい。
「そうだな。それによって物流量が増えて、価格競争が起こり、物価の低下による移住民の増加が見込める。
それらを起こす根底にあるのが、伯爵家の駅舎による馬の借り出し費用だから…」
「物価の制御が出来るのね!
良いわね! 父様に手紙で教えるわよ?」
「セルラニアも治安が良いし。…多分大丈夫か? 良いぞ」
「ありがとー!」
治安が悪いと盗賊とかの勢力拡大に繋がるから問題だが、伯爵領を上回る治安の良さを誇るセルラニアなら問題がない。
大喜びのリムに比べ、微妙そうな顔を浮かべる他の面子を眺めながら、北西に馬足を向ける。
……今日、明日は移動だけだろう。
3日目 下水処理施設
目の前の貯溜池予定池は思いの外、大型だった。元々有った4つの池を水路で繋いで一番手前の池の前に人工池を設置。その人工池の底に6本の管の出口を設置して池の手前にある小屋内の管入り口から、空気を送ると人工池の底からエアレーションが起こり、下水中のアンモニアを硝酸へ酸化させる。
金魚の水槽のブクブクと同じ原理だ。
それによって、毒性の低い硝酸化された下水が元々存在した池に流れ込み、植物の栄養となる予定。
実はこの施設。現状では必要ない。
学園都市をスタートした時点では、7千人程度の人口予想だし、上水道で希釈していれば問題ないのだ。
この設備が本格的に必要性を要するのは、人口が5万人を越えた頃。
計算では30年後くらいらしいが、これをモデルケースに原理を教え、現在既に公害が起きつつある10万都市へ技術者を派遣する予定だから造らせた。
…ちなみに今回の同行者はアゼルのみ。
婚約者達は現状必要がない設備だと聞いたら誰も同行しなかった。
一足先に炭焼き場へ向かい明日合流する流れになった。
現在の日本から見たら原始的でも、この文明レベルなら画期的な技術なのに必要がなければ見向きもされないのが悔しい。
4日目 炭焼き場
昨日とはうって変わって賑やかな一行を率いてやっていたのが、炭焼き場だ。
既に俺以外は昨日の時点で炭についてレクチャーされているし、俺は炭を教えた側。
今日は木酢液についての話だな。
まず簡単な前提知識。炭と言うのは何か?
普通木の中には樹液中の脂を始めとした様々な化学物質が含まれる。
木に火を付けるとこれが最初に燃焼を始め、その熱で木の主成分であるセルロースの発火点まで温度が上がるとそれらが燃え始める。
それなら火を付けないで熱を加えたらどうなるか?
想像しやすく言うなら、鉄の鍋に入れてコンロに掛けるとしたら?
最終的に木の主成分セルロースが残り、他の成分が飛んでいく。
その際に脱水縮合とかのややこしい化学現象もあるがそれはおいておくとして、それで出来上がるのが炭。
その炭の利用方法は様々だが、その用途と現在の品質は説明されているらしい。
それで今回の目的となる木酢液についてだが、炭を焼いた時に発生する蒸気、つまりは先程言った木の中の不純物だな。
これを冷却管で冷やして液体として回収したものが木酢液となる。
「わざわざ炭を作る時に取り除いた物を回収するの?」
そこまで講義した時に疑問符を投げ掛けてきたのは、キリエ。
まあ、今回は全員分かっていない。…婚約者達どころか、護衛や説明に同行していた炭焼き職人達もだ。
「用途が別なんだ。
この木酢液の中には木の一片中に少量ずつ存在している木が自分が腐らないようにする為に分泌する物質とかが濃縮されている」
「…腐りにくい状態になる?」
「まあ分かりにくいだろうな。
このまま使えば、折れた木の幹の防腐剤。他にも糞尿の臭いを消す効果とかもある。
薄めて撒けば虫除けや動物避け。土に鋤き混めば、焼き畑をした土壌のように土が良質になる」
「良いことずくめね」
ルシアがしきりに頷いている。説明に納得し、有益さに関心を持ったようだな。
実際に炭を焼かせたのは一辺2メートルの正方形、深さ50センチの箱で上に置く蓋は手前半分が開閉部。奥側には煙突が取り付けられている。
特徴的なのは煙突の先1メートル位の高さで直角に折れ、2メートル程横に延びている。
煙突の出口は蒸気を逃しにくいように上側半分が閉じられている。
煙突の出口下には桶が置かれ、その中に溜まっている焦げ臭い茶色の液体が目的の木酢液だ。
「撒いた直後はすごい臭いですが、半日程で大体薄れます。
ただその状態でも黒狼の方々にはキツいと言われますが」
周囲で悶えている護衛達を見ながら呟く炭焼き場責任者ゲルトの言葉がむなしく響き渡る…。




