サート家の朝
赤緑 8日
「にゃわーーー!」
耳元で響く大声に一瞬薄目を開けて、再び微睡みにつく。
…昨日は夜遅くまでグリニカ卿と交渉していたのでかなり眠いのだ。
別に交渉結果がほぼ全敗だから、ふて寝をしているわけではない。
そもそも分が悪すぎたのだ。
長年積み重ねた蓄積がある木材建築技術に、元が土霊に近いから土を用いた建築術も優秀。
精霊種に近い彼らは粗金属を扱えないから、鉄や銅、金も求めない。
銀か魔銀オンリーで、彫金細工を欲しがるようなこともない。
向こうが欲しがるものがないから、普通の交易を始めれば、直ぐに貿易赤字を被る羽目になる。
何せ、こちらは長年研鑽を積んだの発酵技術に、木材加工技術と言うような欲しい物が多いのだ。
縁戚関係になるのに不義理を働くわけにもいかないから、目的の技術を入手したら貿易量を減らすと言う真似も出来ない。
更に言えばサート領家がクリングオルフ方面におけるウチの開設する学校の窓口になることで利益を増すことになる。
スルーからクリングオルフ最大の港があるハピアまでの航路を拡げて、発酵食品は船乗りに、宝石類はクリムゾン血統へ流して中間貿易をメインに付き合うのが一番効率的か?
「…きなさい。おきな…さい。いい加減に起きなさい‼ フォル!」
柔らかい枕に頭を付けながら、寝ぼけ半分の頭でこれからの付き合い方を考えていた俺に我が姪御殿の不機嫌そうな声が降ってくる。
寝かせろよ。こっちはお前らが部屋に帰ってからもあのロリババア1時間くらい交渉してきたんだぞ?
今日は特に予定もないだろうに!
「…後1時間くらい寝る。起こすな!」
「フォルセウス様。離してもらえませんか?」
? 離す? 誰を?
変なお願いをいぶかしんで目を開けると目の前に少女の顔。
……ふむ。
抱き枕のようにくっついていた少女を離して起き上がると不機嫌そうな顔のリムとルシア。アイシャは頻りに首をかしげていてそれどころではなさそうだが…。
「どういうことか、説明してくれるのよね? フォルセウス」
「それは俺が訊きたいな。何故、リンラ嬢が俺のベッドで寝ているんだ?」
怒っているリムに逆に問い掛ける。
見た感じは、ハーレム系の漫画でよくあるパターンの1つだな。あれは主人公が一番最初に起きて、現状打破の為に画策するのが面白いのに俺が一番最後に起きていては世話がない。
「…連れ込んだんじゃないでしょうね?」
「誰がそんな事を仕出かすんだ?
現在の交渉が更に不利になるだろうが」
ただでさえやられまくっているんだぞ?
俺の苛立ちに気付いたのか。呆れてため息をつくリム。ルシアも頬に手をあててジト目でこっちを見るな。
吸血鬼が欲しがるような産物がないのが悪いんだぞ!
「フォル様、ひとまずはソファーに移動しませんか?」
アイシャの言葉に頷いて立ち上がる。何が起こっているのか、興味深いしな!
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「ねえ、リムちゃん。
あの子の将来が不安なんだけど?」
ソファーに向かうフォルに付いて行こうとした私を止めたルシアが漏らす。
それは同感だった。
いくら転生者で前世の記憶があるからって、10歳の子供が起きて目の前に少女がいる状況で平然としているものかしら?
問い質しても交渉が不利になるとか、政治的配慮を言い出すし…。
「あの子、恋愛恐怖症でもやっているんじゃないでしょうね?」
「…やっぱりリムちゃんもそう感じた?」
「じゃあルシアも?」
「妙に恋愛関連になると逃げ出そうとするのよね。そのわりに政略結婚とかの話は平然としているし」
「合理主義と言えばそれまでなんだけどね。まあ、それは私達にはありがたい話だからいいわ。
それより、リンラと言う子が問題よ?」
フォルが寝ていた部屋は一続きになっている造りの一番奥にあり、その手前の部屋にアイシャ達が寝ていたはず。
今向かっている広間には不眠番を担当していた黒狼族もいたでしょうし。
「どうやって入り込んだと思う?」
「魔術を使ったと考えるのは難しいわね」
「ええ。黒狼族だけならそれで大丈夫だけど、竜族や魔人族に気付かれないと思う?」
「誰かが手引きするはずもないけどね?」
「足元に地面があるのは当たり前だよ?」
「…アリス」
「2人とも難しく考えすぎ。まだあの子は魂のあり方が精霊に近いんだよ?
パパに惹かれるのは当たり前。
精霊化したら誰にも気付かれないのも当たり前。ただそれだけの話だよ?」
「精霊化?」
「魂を精霊側にずらすことで半精霊になる能力。魂が完全に固定される前のゴルドパイヤには時々出るみたい?」
「何で疑問系?」
「あそこまであからさまな精霊化はこの辺りに古くから居付いている土霊も初めてみたいだから。
今までもお仕置き部屋からいつの間にか抜け出している子供とかいたみたいだけど、ほんの一瞬だから感知はできなかったような?」
この子自身が知っているんじゃなくて、周囲の精霊から情報を貰っているのね?
あれ?
「アリス、その情報はサート家の者にも伝わっている?」
「多分。元々この領都内でグリニカに隠し事は無理かな?」
「そう。何故彼女が突如その能力を発揮したかは不明なのかしら?」
「だね。多分先天的な要素が大きいと思うよ?」
…良かった。アリスが私のアイコンタクトに気付いてくれて。
絶対原因は、フォルの中で寝ている自分勝手な竜神様よね?
下手な伝わり方をしたら、クリングオルフとルナライトで戦争になりそう。
「稀有な才能の持ち主が竜に惹かれているんだよ?
精霊契約とかをすれば、面白いことになるかも?」
…時々思うんだけど、この精霊は精霊で自分の目的の為に動いてるフシがあるのよね。
フォルに対する甘えた態度もあざといし。
「どういう現象が期待できるの?」
「私達みたいに魔力を共有出来るようになるはず。そうなれば太陽に当たっても問題ないんじゃないかな?」
「ゴルドパイヤの弱点を克服できるのね?」
「うん。結局ゴルドパイヤは魔力の持っている量が少ないんだけど、それが命に直結しちゃっている種族なの。
日光に当たると活性化した地の精霊力が精霊魔法化する。精霊魔法化したら、それと同時に魔力が消耗して、魔力がゼロになると完全な精霊化が起きて自我消滅」
「召喚精霊術みたいな種族ね?」
「基本は同じだね。ただ、召喚精霊術で喚ばれた精霊は契約者の魂に自分の基礎情報が残っているから、復活できるけど…」
「魂が一緒に消滅したら復活出来ない」
大正解と笑うアリス。絶対グリニカ卿にこの情報を流しているわね?
何を企んでいるのかしら?
契約精霊が増えるのはアリス的に面白くないはずなのに?
「あの子なら仲良く出来そうじゃない?
どうせ、パパは他の精霊とも契約するんだし、私と仲良く出来る子に契約を持ちかけて欲しい」
…本当に油断ならない。
私達の後押しを得るためにあえて事情を説明したわね。
…利益がある以上は乗るべきだけど。
ニコニコしているこの子を見ると癪にさわるわ!




