グリニカ・サート
赤緑 7日
初日の観光を終えてすぐ、サート領家主催の晩餐会に参加するにはかなり早い時間に領主館を訪れた俺達は会議室へ通された。
この時点でサート領家には期待が出来ると思いつつ、促された席に着いてサート家の者が来るのを待つ。
「いきなり会議室へ通されたわね」
「正しい対応だぞ?
謁見の間に通すのはこちらを下に見る行為だし、逆に貴賓室に通すのはこちらを上に見据えることになる」
「そう言うものかしら?」
「ああ。家格では一応対等扱いだろ?
だが、こちらは次期当主の俺が直接来ているのだから基本的にはこちらをたてる必要があり、だが、訪問の理由が先日の内乱鎮圧助力への礼だろう?
だからこちらを下に見る方がいい。
けれど、その内乱鎮圧の手助けはサート家の善意であって、ルナライト家とサート家の間に密約はなかったのだから、それを大っぴらに出来ない。
そう言う諸々を考慮するなら、建前はお互いに善意的行動であり、対等な貴族同士のやり取りにする。
ここは水面下での調整の場だ」
「なら向こうからこちらの宿を訪ねればいいじゃない?」
「領主家の者が一観光客の宿へ長時間入り浸るのは対面が悪いだろう?」
リムの不満気な言葉に若干声を大きくして返す。多分、リムも理解してやっているのだろうが…。
「有り難いわ。子供ばかりでやって来たから政治的な判断はきかないのじゃないかと心配していたのよ?」
扉を開けて入ってきた少女がそう言いつつ椅子に座る。リムはもちろん、ルシアもアイシャも平然としているので全員気付いていたらしいと分かる。
「初めまして、ルナライト伯爵家次期当主フォルセウス・イルン・ルナライト・アルヴィスです」
「次期当主正妻のルシア・ミル・ルナライトです」
「次期当主側リムティエル・ミル・ルナライト・オーゼ・セルラニア・アルヴィスです」
「恐れながら、同じく次期当主側として側に仕えますアイシャ・ミル・ルナライト・ダウトでございます」
「これはご丁寧に、サート領家当主のグリニカ・サートよ。
…相変わらずルナスフィア貴族の名前は長いわね?」
「そうですね。しかし、それだけ組織として熟しているとも取れるのでは?」
「…そうかしら?」
「ルナスフィア王国は多種多様な種族で構成される多種族国家ですから、見た目でその貴族がどの立場にあるかを判別出来ないのですよ?」
「なるほどね。それじゃあ私を見ても眉ひとつ動かさないわけだわ」
「さすがに金麗の朽ちなき姫君方ほどではありませんよ?」
「懐かしい呼び名だわ。黒の竜の里と親しいと言うのは本当みたいね。ルナスフィア貴族は知らないはずだし…。
黄昏の魔女と呼んでもいいわよ?」
…どんだけ年寄りなんだよ。
黄昏の魔女なんて、ペリル子爵家が平原地帯に配される前に呼ばれていた蔑称だろうに。
さすがは不老長寿を超える種族。
この見た目で推定2400歳以上か?
『見た目は関係ないよ?』
『そのようだな。本当に生物より精霊に近いな』
『そうよ? 千年ちょっと生きているけど、生後1週間からこの見た目のままね』
『契約精霊との念話に割り込みか。とんでもないな』
『あら、心外ね?
その精霊に聞いているでしょ?
私達がどういう存在か…』
『昼時から情報が筒抜けか…。アリス顕現していい』
「あら、内緒話も楽しいのだけど?」
近くの椅子にアリスが座るのを見てニコニコと笑うグリニカ卿。
黙って睨み付ける俺と恐らく不機嫌な顔をしているであろう3人娘を眺めて観察していたんだろうな。
「念話ではルシア達に聞こえませんから。
本当に精霊みたいな存在ですね?」
「普通の子はそんなことないわよ?
まあ10年くらいで成人して、寿命を迎えるまでその姿のままだから、他の種族とは違うけど」
「…ちょっと待って。
そこのグリニカ卿はフォルとアリスの念話に割り込んだってことよね?
そんなことって出来るの?」
「実際にやったぞ?」
「念話は魔力の波長を合わせて意志疎通をする能力なの。
波長率を読み取って、それに同調できる才能さえあれば可能だよ」
念話の理屈が分からない俺の代わりにアリスが説明をしてくれた。よくあるラノベ的な能力だったんだな。
…その理屈なら電話モドキを作れないかな。
同じ波長に統合出来る結晶性の石を2分割して、って思いっきり遠話水晶と同じ理屈じゃないか!
「…補助魔道具があれば誰でも出来るわけだが、自力では困難を極めるな。
精霊に近いゴルドパイヤならではじゃないか?」
「どうかしら?」
さすがにうっかりコツを言うほど間抜けではないよな。
「まずは感謝を。当方の内乱に際して、街での略奪を行わなかったことは助かりました」
「私達もケンタウルスを襲う利点はないもの。霧の少ない平原の街は治めるのに不便だしね」
「結果的に我が家の被害を抑えて内乱の鎮圧が出来ました」
「結果論に過ぎないけど、お祝いの言葉を贈りましょうか?」
「いえ、結果論とは言うものの恩を無視するは当家の恥となります故、サート領家へはそれに足る恩返しを致したく思います」
「隣人を助けるのに理由がいるのかしら?
多種族による融和的な国家運営を好むのは貴国の在り方ではなくて?」
「それも間違いではありませんが、クリングオルフにはクリングオルフのやり方があるのでは?」
…つうか爺さん達から聞いているんだよ。こっちは俺の側室の席を1つ提供したと。
とは言え、順番もあるんだよな。
「そうね。けど、私達のやり方を強制するわけにはいかないでしょ?」
「そうですね。では改めてこちらから出せるものを考えさせてもらえますか?」
「良いわよ? それではその間は当家に逗留してはいかがかしら?」
「ではお言葉に甘えましょう」
「そう。じゃあ簡単な食事会をしましょう?」
面倒くさいが、1度は交渉が決裂していることを見せて、今回の件が両家による共謀でなかったと対外的に見せておくことが利益に繋がる。
更にいえば、食事会に参加しサート領家に逗留場所を変えるのも理由がある。
これから交易が増えるはずのルナライト伯爵家の次期当主がクリングオルフにいるのだから、多くの貴族は顔繋ぎをしたがるだろう。
交渉期間が延びて、その分逗留期間が増えればより遠方の貴族がここに来れる。
それだけサート領家の影響力が増して、その恩を売った分だけルナライト伯爵家は利益を与えたことになるわけだ。
しかも、共謀の事実は高位の貴族達がなかったこととして扱ってくれるだろう。
最初に宿屋に泊まっていたのに迎賓館へすんなり移動したのもサート領家をたてる行いとなる。
ルナライト側は『特別親しい訳じゃないから、宿屋に泊まっていたが、サート領家とはこれから仲良くしたいから迎賓館を使ってと言うお言葉に甘えた』
と。一方のサート側は『交渉相手だから迎賓館を提供したし、迎賓館ならじっくり交渉することも出来るでしょ? …他の貴族も』
となる。…対外的にだが。
「しばらく隣人として過ごすのだし、食事の時間にウチの娘達を紹介させてね?」
「そうですね。こちらも本国との兼ね合いを考えれば長らく逗留することになるでしょうし、親睦を深めるのも良いかと」
名目上は好きな人が出来たから結婚したとなる訳で、懇親を深めるのは良い手だろう。
……本当に貴族と言うのはめんどくさい。




