サート領の見学
赤緑 7日
久方の温泉を堪能して、乾物でない夕食に満足し夜襲の心配のない布団でしっかり寝て体調を整えた俺達は朝からそれぞれに行動を開始した。
そこそこの滞在期間があるので食料の買い出しはないから、随行メイドの7人が護衛や世話係として俺達4人に付き、2名が宿で待機、残りが自由行動と言う組分けだ。今回の旅は名目はサート家へお礼を言いに行くためとなるが、実質は観光旅行に近いから組分けも緩い。
そんな俺達4人は俺とルシア、リムが私服でアイシャは何時ものようにメイド服。観光旅行の気分で宿の店員を1名雇い、街をうろつくだけだと言うのにあくまで私服を着ようとしないアイシャは周囲のメイド達から苦笑されているのに気付いていない。
ちなみにこの辺りは金髪の比率が恐ろしく高い、ゴルドパイヤの治める街だから当たり前か?
そんな街だから、俺達は目立つ。
まあ黒髪のメイド集団に護衛される子供達だからな。
そのゴルドパイヤについては面白い生態をアリス経由でこの辺りの精霊から聞くことができた。
「変わった街ね。宿もそうだけど木で出来ている家ばかり」
「皆様、そうおっしゃいます。私どもはこの国を出ること自体が少ないので皆様の暮らす家々がどのような物か理解できないのですが?」
「ルナスフィア王国では家の建材は日干しレンガがメインだからだろう。
日干しレンガはその名の通り、型に入れたレンガを天日で乾かした物だが、日光に弱いゴルドパイヤがそれを量産するのは酷だろ。逆に山間部で木は入手しやすい」
「材料の入手難度の差と言うわけね?」
木造建築の町並みに首をかしげていたルシアと案内役に事情を説明する。…ゴルドパイヤの性質は後だな。敵対するわけでなし、火急に情報を整理する必要はない。
「この街は日中5時間程度やや弱い日差しがある程度だろう?
湿度も高いし、日干しレンガを作るには不向きだ。
加えて元々森の中で暮らしていた彼らは木材の加工技術に長けているはず。
湿気が多いから火事にもなりにくいか?」
「…なるほど」
根本的な原因は違うが、気候自体は日本に近い。日本より平均気温が低く寒暖差が少ないから服装は着物には程遠いが。体の線が出るほどピッチリとした服で袖は二の腕くらい。
…袖のあるチャイナドレスと言えば分かりやすいが、何故だ?
「どうしたの?」
「皆、似たような服装だなと思ってな」
「あれは私どもの民族服でございます。ご覧の通り、泥が服に付きにくいように服の端が地面に付かないように出来ております。
森で暮らしていた頃は袖もない服だったと言われておりまして、肌寒いこの地に移住してから袖付きを着るようになったとも…」
異世界の吸血鬼がチャイナドレスだった件。
まあゴシックドレスも近代に出来た服飾だし、俺らの世界に吸血鬼が実在していても、ゴシックドレスは着ていなかっただろうけど。
「そんな物か。…そう言えば、ルシアはどこを目指して歩いているんだ?」
「え? リムちゃんの目的地に付いていっているだけよ?」
「始めてくる街だから、私はルシアに付いてく積もりだったけど?」
「私だって始めてくる街よ?」
「「「……」」」
…これはあれか?
皆して他の者を頼りに街へ出ていただけと…。
「それぞれで目的を出そう。俺はこの街の食べ物に興味がある」
「私は服を見て回りたい」
「私もルシアに賛成。ゴルドパイヤの民族衣装が欲しいし」
「私はフォル様にご同…」
「アイシャもこっちね‼」
「いえ、私は…」
「女の子同士で買い物とか楽しそうでしょ?
はい。こっち。…リムちゃん」
「そうね」
「お待ちください、お二人とも!」
組分けは俺と3人娘の2つ。護衛役は、3人娘がツーマンセル。俺に4人。案内役もこちらに付けて、彼女らは良さげな店を探しながらぶらつくらしい。
ここでも何時もの前世との差が出てくる。異国の地に少女3人の方がトラブり易い気もするが、男女比3対7のこの街では俺の方がトラブルに巻き込まれる可能性が高いと言う判断で、宿の店員の案内のもと、取引のある食料品店へ直行。終わったら宿へ直帰のコースに確定した。
…楽しそうなルシアとリムがムカつく。
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辿り着いたのは街の南門近くにある食料品店だった。店構えはかなり大きいのに出入りの人の数は少ない。
大棚となれば、一見さんはお断りしてもそこそこの商売が出来るのだろう。
引き戸を開けて中に入る案内役に続く。
「すみません。『夕霧』のアルラですけど、コッカさんはみえらえますか?」
「大旦那様ですか? 直ぐに呼んできます」
…いきなり店のオーナーを呼んで欲しいと言う依頼をする案内役もそれに疑問も挟まず対応する店員も良く出来ている。
さすが本物の高級宿の店員とその取引先。下手に貴族を疑れば痛い目に遭うと言う教育が行き届いている証だ。
見渡した店内もキッチリ清掃が出来ている。衛生管理などまともにない世界でこれは期待できるだろうな。
「お待たせしました。店主のコッカでございます。
本日はどのような物をお求めで?」
奥から出てきたのは、おかめ顔の小太りのおっさん。…ゴルドパイヤが営んでいる店じゃないのか?
「俺はルナスフィア西部の貴族だ。この国独特の食材があれば買って試したい」
「おお、遠路遙々ようこそ。
当店の一番の名物はこちらの山菜類です。宿に届けさせて料理としてお出ししましょう」
「なるほど、上手いやり方だ」
ワラビのような物やキノコを見せながら説明するコッカのやり方に感心する。
癖の強い山菜を調理法を知らない貴族に無責任に売って反感を買うより、宿に届けてそれらの調理法を知っている連中に委ねる。
直で売るより利益は下がるが、下手な反感を買わずにすむからトータルで見ればそちらの方が良い。
「ありがとうございます。私どももお客様が優れた貴族様であらせられると見込みましてですが、こちらをご紹介させていただきたいのです」
コッカが指差すのは小さめの樽。…実は俺も気になっていた。見た目が前世の老舗漬け物屋の店先とかに置いてある漬け物樽だし。
蓋を開いたそこにあったのは真っ黒な粘土質の物体。
まさかの?
「こちらは味噌と言う調味料です。この国では普通に食されているものですが、独特の癖が御座いまして、下手な貴族様にお出しするとお怒りを買うこともしばしば…」
来たよ、来たよ! 来ちゃったよ‼
湿度が高いんだから発酵調味料の1つくらいあっても不思議じゃなかったわ!
「よし、試してみよ…」
「「「「若様! ここはまず、私達が毒見をします‼」」」」
しゃもじのような物に付いた味噌を味見してみようとしたら、メイド集団に邪魔された。
…お前ら普段は毒見なんてしないじゃないかよ!
「毒なんて滅相もない‼」
「それはそうだろう。俺がここを訪れる計画なんてなかったんだから、安全そのものだ。それともこの老舗が無差別で毒をばら蒔いているとでも?」
ジト目を向けながら問い掛ければ、一斉に目を逸らす。少し睨み付け続ければ、最年長のメグルが観念する。
「…正直に言います。すごく美味しそうな匂いだったので食べてみたかったんです」
「…なるほど」
犬科の動物ってこの手の発酵臭が大好きだもんな。
「お連れの皆様もどうぞお試しください」
気を使うコッカを無視して、人差し指に付けた味噌を舐める。
…田舎味噌に近いな?
違うか。日本の味噌が鰹節のような添加物が入っているせいだな。
「お気に召しませんでしたか?」
不安そうに聞いてくる店主。多分、貴族の中には文句を付けるやからがいるのだろうな。
「いや、十分に旨い。これは保存も効くな?」
「はい。常温でも1月程は…」
「ルナライト伯爵家宛にこのサイズを一樽送って欲しいんだが?」
「よろしいので? こちらは金板で10枚ほどになりますよ?」
「大丈夫だ。…あちらを見るにそれぐらい買って帰った方が良さそうだし」
目をキラキラさせている黒狼族のメイド集団がいる。やはりコイツら好みの味だったか…。
「それとルナライト伯爵領都に支店を出す気はないか?
助成金を出すぞ?」
「…申し訳ありませんが少し考えさせて下さいませんか?」
まあそうなるわな。レルテに支店を出せば、この店自体は利益が上がるが、サート領家が良い顔をしないかもしれないし。
「では、…メグル」
「そうですね。こちらをお納めください」
俺の意図を察したメグルが懐から取り出したのはロッディアムーンを刻んだ紙。
「それを見せれば優先的にウチへ謁見出来るだろう。気が向いたら教えてくれ」
良い買い物が出来た。伯爵領内で味噌が買えれば最高だが、最悪ここまで買い出しにこれば良いと分かっただけでも満足だ。
「さて、帰るか。
夕飯を楽しみにしているぞ?」
「はい! 最高品質の物を届けます‼」
コッカの深い敬礼を受けながら、意気揚々と宿への帰路に付いた。




