続・宰相の頭の痛い日々
赤緑 5日
王都のビスト侯爵邸では、メリウスとその3人の子供が一室に集まっていた。
3人の子供と称したが、見た目で子供と言えるのは末子クリスのみ。書類に目を通している長子ライオスは中年。ガーランドからの普通な手紙を読んでいる3女メイラもそこに片足を突っ込んでいる。
自分の後任を任せられる候補として目を掛けている子供がこれだけしかいない。
ダグラスを逃したのは惜しかったとため息をつきたくなる。
……この手紙は試金石の扱いだ。これらに含まれる情報を正しく理解し処理できるかで次の宰相を見極める。
父親の期待と不安に満ちた思惑も知らず、3人はお互いの書類を交換しあいながら、読み進めていた。
やがてライオスが机に書類を置いて正面に向き直る。
「さて、お前達の意見を聞こうか?」
「…壮大な計画です。ルナライトの次期当主は本当にこんな物を造る気なのですか?」
最初に口火を切ったのは長子ライオス。
温厚そうな中年は、首を傾げながら困惑している想定される予算案の額に理解が追い付いていないのだろう。
「伯爵家の総資産を加味すれば、出せる額ですわよ?
完全に赤字でしょうけど…」
それにメイラが反論を述べる。これは互いの普段の仕事の影響だろう。
当主補佐をしているライオスはビスト侯爵家の資産を念頭に置く。対して財務閥の貴族として戸籍管理を職分にしているメイラは主だった貴族の資産状況をわきまえている。
「そこがわからない。我が国には王立の士官学校があるのに何故こんな物を造るのか?」
「お馬鹿な子供の綺麗事でしょ?
伯爵家の資産が減るのは、戸籍管理部としては朗報だけど?」
「お兄様方、ご冗談はやめてください。あの次期伯爵はあえて西部に動乱を起こして政敵を一掃した傑物ですよ?」
「クリスこそ冗談はやめたまえ。
あれは馬鹿なガムト子息が引き金になって起こった半ば事故のようなものだろう?
晩餐会で見ていた限りは穏やかであまり賢そうには見えなかったのだし」
「あら、交渉相手としては手強そうだと思いましたわよ?
当たり障りのないうわべだけで軽くいなされました。あれだけの招待客の相手をさせられながら、最初から最後まで穏やかな印象で徹すのはただの10歳の少年に出来ますか?」
「あ」
「相変わらずですわね。あの少年はクリスよりも年下でしたのよ?
普通は嫌になって対応が雑になるはずでしょ?」
「ましてフォルセウス卿はゲストだぞ?
こちらはあの少年の様子見で放置したが、本来なら割って入るのが誠実な対応と言うものだ。
向こうは借りが出来るから丁度良いとでも思っていただろうが、お前はその程度のことも分からんのか?」
ライオスへの叱責を向ける。長子として相応しい教育を受けながら、他の子に諌められるとは情けない。こいつがしっかりしていれば当主の地位くらいは押し付けられるのだが。
「すみません。しかしそんな子が綺麗事を言うかな?」
「あ」
ライオスの反論は上から目線ばかりのメイラの欠点を突くものだな。
侯爵令嬢にして、宰相の娘でありながら戸籍管理職に甘んじているのはこの性格ゆえだろう。
「…この卒業生に税を支払わせる為の条件を見る限りは、広く人材を集め、優秀な者を伯爵家で囲う気にみえますね?
そうでなくても西部に人が集中するような?」
「「なるほど」」
やはり、頭1つ分クリスが優秀か?
だが、他の子もそうだが、悪意に疎いのは困る話だ。特にこの少年が伯爵家を継げば、様々な手を使って来るのが予想される現状では。
「加えて、平民の保護を目的としているな。他の貴族が平民を害すれば、伯爵家に攻撃を仕掛けたととれる。平民が卒業出来なければその分は丸々伯爵家の損害。しかも領内の発展に寄与するからこそ金板1枚の扱いだ。額面通りに金板1枚で赦してはくれんぞ?」
「しかし、西部に属する伯爵家が他の地域へ軍を出せば、批難は免れませんよ?」
「だからお前は甘いんだ! あちらには竜族と言う強力な遊撃戦力があるだろう‼」
あまりにぬるい考えのライオスについ怒鳴ったが、その指摘は3人の顔を青ざめさせるに十分だったらしい。
「実行力のある相手に損害の賠償を求められたら応じずにはいられない。よほどのバカでなければ躊躇するが、未成年にそれを求めるのはな」
「血の雨が降らなければ良いですね…」
「怖いことを言わないで。…どうにかこの学園計画を中止出来ないかしら?」
「無理だ。西部が力を付けるとは言え、国益に叶う計画だぞ?
こちらに非があるのにそんな行動をすれば王国の信義が疑われる」
「そうよね。ガーランド様もダグラス様のことで中央とは距離を置いているし、冒頭に『孫に甘いと笑われそうだ』って書いてあるけど、これはお前達は信用できないからフォルセウス卿を士官学校に入れないとも受け取れる」
「……お父様、それにお兄様方にも訊きたいのですが?」
ため息をつくメイラを横目に遠慮がちに手を挙げるクリス。注目を集めたのを確認してから。
「何故、王国へ援助を要求しないのでしょう?
これだけ緻密な計算が出来ているのですから、フォルセウス様の『概算で当てにならないから援助を受けるわけにもいきません』ってのは嘘ですよね?」
「嘘と言うのは口が悪いぞ?
メイラはこれを聞いてどう思う?」
クリスを嗜めつつ、これくらいは分かってほしいとメイラにふる。
「財務閥としてはうれしいわね。予算編成も要らないし、的確な運用を確認しに行く手間もない。失敗した時に責任も生じないわ」
「だから?」
「こちらの仕事は減るけど口出しする権利もなくなるわね?
工期が遅れようと関係ないもの」
「そうだ。王国が予算援助をするなら総額の3割りほどを出して、その代償に教員の1人くらいを送れるだろうがな」
「割りに合いませんよ?」
「それぐらい気を使わなければ今後は各貴族が王家の援助を警戒して公共事業が滞る。例え1人でも他派閥の貴族を押し込めれば、どうにか出来る糸口になるのだが…」
…どちらにしろ、送り込める人材がいないな。
「教員が無理なら生徒を送り込むしかないですよね?」
「…なるほどその手があったか」
クリスは良い着眼点があるな。それなら問題ない。士官学校からの編入とすれば…。
「無理ですわよ?」
「何故じゃ?」
「目的のところに、一貫して教えることで汎用性と専門性に長けた生徒を育成するとありますから、士官学校を中退して、入学試験を受けて入学となります」
仮にその試験に受からなければ、貴族としての経歴に傷が付く。誰もやりたがらないだろうな。
「…貴族の受け入れは3年後を予定とあります。小飼を育てるしかないのでは?」
「そうだな。しかし、フォルセウス卿と同じ学年になるわけだから、そこを加味して選考しろ。
直情的な者は利用されて終わるぞ?」
神妙に頷く3人に満足して会議を終える。
こちらから奇手を打って主導権を握りたいが、下手な手は逆撃に終わる。
慎重な判断が求められるな。これでは後継者など決められそうもない。




