ないのなら 造ってしまえ ホトトギス
赤緑 3日
山間の道を前後数騎の騎馬に守られた状態で馬車が走る。
漫画等で時々描写される風景だが、遠くから見るならともかく、その中に居るものにとっては苦痛でしかない。
馬に跨がっていれば前方に石があったら気付いて身構えることが出来るのに、外の見えない馬車の中ではそうもいかない。
「相変わらず馬車移動は辛いな」
「そうじゃな。馬の方が楽なんじゃが……」
揃って溜め息を付く祖父と孫。行きは急ぎな王城への登城だったから、騎士として騎馬で移動だった。
帰りは伯爵家の当主と次期当主。…貴族としての移動だからそう言うわけにもいかない。
「これもお主が無茶を言うからじゃぞ?」
「賛成したから爺さんの責任だろ?」
「ウグッ」
「まあ、無茶を言っているのは分かっている。けれど、やるだけの価値がある無茶だろ?」
「そうじゃな。
学校と言えば、王立の士官学校だったのがそもそも間違いじゃ。
その学校の質が悪いならこちらで良質な学校を造れば良いと…」
私立と言うわけだ。学校のような教育機関は国立が当たり前と言う先入観を叩き壊せば後は意外とどうとでもなる。
『ルナライト領立総合学園設立計画』
表紙にそう書いた『紙』の束を手に取る爺さんは恐らく一昨日の夜に思いを馳せているのだろう。
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赤緑 1日 (一昨日)
「爺さん、学校を造ろう‼」
俺達用の部屋に戻ってきた爺さんに会うなり、口を開いた。
「なんじゃ? 藪から棒に」
「今日、王立士官学校へ行っただろ?
そんで行ってみた感想は、駄目だ。こいつらって感じな訳で……」
「…まあ、儂もダグラスが小指を失った時には思うところもあったがな?
現場監督の教師1人を首にして終わりにしおった」
しみじみと呟く爺さんも大分思うところはあるのだろうな。
「それで学校を造ろうと言うのか?」
「その通り。国法を確認しても私的に教育機関を設けてはならないとは定めていない」
「当たり前じゃろ!
そんなことをすれば国中の工房が潰れるわい!
じゃが、我が家で大々的な学園を造れば、宰相家が良い顔をすまい」
「大丈夫。メリウス宰相は西部の弱体化を望まないとクリス嬢から言質を取ったし、今日だけでも山ほど借りを作ってきたから何も言えないはずだ」
「お主は何をやって来た!」
「父さんのことがある以上は、俺が現状の王立士官学校に入るのが西部の弱体化に繋がると言う不安が消えないのだし、やりたいようにやろう。…爺さんも思うところはあるだろう?」
「……どうせ抵抗しても無駄じゃろう?」
「そうでもないぞ? 計画が遅れて、その分爺さんが苦労するだけだ」
その返しに顔に手を当てて天を仰ぐ爺さん。
しばらく固まっていたが再起動したら目が据わっていた。やる気になったな。
「……詳しい計画を聞こう」
ドカッとソファ-に座り込む爺さんの前に座って、準備していたわら半紙を差し出す。
「これは?」
「俺が作った『紙』に同じく、俺が作った『鉛筆』で書いた計画書だ。
…爺さん?」
計画書を開く前に突っ伏したぞ?
「お前は…。こんなとんでもないものを当たり前のように出すな‼」
「あまり品質は良くないぞ? トール叔父のような絵描きなら怒るレベルだ」
「この手の計画書で羊皮紙の代用に使えるなら十分な品質じゃろうが‼」
「爺さんがそこまで言うなら、製紙事業を立ち上げるのも手だな。
とは言えその辺は後回しだ。
先ず新しく街を用意する所から始める。最初の1枚を捲ってくれるか?」
「これは新設する場所の地図じゃな? …シングから北西の草原地帯か?」
「ああ。ジムケン準男爵が治めていたジムケン村を中心に、キルケ閥の領土全てを治めた大学園都市『シード』だ。
それに付随してスルーの再開発を行う」
「…スルーを物資の受け入れ港にするのじゃな?」
「そう。そしてそこから馬車2台が通れる幅で石畳の道を作って物流を活性化する」
「お前、軍事資料の詳細地図を見て設計しおったな」
「もちろん」
山や森の詳細図を使わずにこの規模の都市設計ができるか。標高のあるジャギ村から上水道を引き、下水道を配備してシードから数キロの距離に設置する沈澱池を経由してスルーから北にある湾へ流れる。
上下水道完備の近代都市。
沈澱池の近場では、木炭製造とその教育を行う施設を配置して出来損ないの木炭を沈澱池に運んで消臭。
回収した木酢液を肥料と農薬を兼ねて利用する。新農法の普及。
これらは卒業が近い生徒に教える職能教育施設となり、それ以外にも中央部には軍事訓練を受ける施設や読み書き算数を教える初等部、芸術学部のようなものまで思い付くままに設計を施した。
「とんでもない規模じゃな。都市の外壁だけでレルテを遥かに上回る」
「正確にはレルテ8個分、王都ザルトヒルム6個分くらいだ。
だが、教育機関を主幹にしているから最終計画まで遂行しても税収はレルテの8割程度だろう」
「この規模の都市を造るとなるとどれ程の金がかかるか、分かったものじゃないぞ?」
「1枚捲って」
俺の端的な一言で予想が付いたのか、嫌そうな顔で2ページ目を見る爺さん。
「金板108万枚じゃと‼」
「初年度投資だけでな。伯爵家の総資産のおおよそ3割。十分出せる額のはずだ」
「…無茶苦茶な」
頭を抱えているところ悪いが、翌年以降も見てほしいものだ。
「爺さん。3ヶ年計画だぞ?
2年目に金板14万枚、3年目も同じく14万枚だ」
「税収じゃな! お主は伯爵家の税収をそのまま寄越せと言いたいんじゃな‼」
「正解。現状であれば出せるはずだ。投資金額の回収は30年かけて行う」
「気の長い話じゃな。…毎年の支出額も馬鹿に多いぞ?」
「それこそ、この計画の肝さ。
平民階級の在学中の食費と住まい、制服は伯爵家の持ち出しにする。実質タダで勉学に来れるわけだ」
「なんじゃと‼ そのような施しは見過ごせんぞ‼」
「慌てない。その代わり、卒業時に金板1枚の借金を負う」
「割りに合わんじゃろうが? 年間でも金板1枚半くらいかかるのに7年間教育を施せば…」
「金板10枚半。大損だよな?」
そこでニヤリと笑う。そうここで損をすればするほど、後々プラスに繋がるのだ。
「先に4枚目の卒業時の条項を読んでほしい」
「これか?
『平民は卒業時に金板1枚の卒業税を伯爵家に納めるとする。ただし、その場合は以下の条件により支払い方法が変わる。
1、伯爵家に能力を認められ、そのまま伯爵家に仕える場合は税は全額免除とする。
2、伯爵家に認められずとも、その領内にて働く場合は税は10年間の返済期限内に支払い、無利子と定める。
3、西部域の他家の領に移る場合はその家に立て替えてもらうことができる。
4、以上に該当せぬ場合は1年間に支払うことを義務付ける』
どういうことじゃ?」
「優秀な者を雇い放題、多少能力不足でも領内の発展に寄与。人次第では寄子に盛大に恩を売れると言うわけだよ」
「なるほど、学園都市単独では採算が取れるまでに時間がかかるが、領全体で見れば…」
「正確には数字に出ないと思う。けど、卒業生が生活を安定化する10年目からかなりの税収増を見込めるはず」
「そう言うことか」
感心しているところに悪いが、この納税はもうひとつの利用価値がある。こっちが実は重要。
「何よりも卒業するまでの学園生は当家の借金奴隷に等しい。
つまり伯爵家の財産」
「ふむ。そう言うことか。
他の貴族が平民階級の学生を害すれば、伯爵家に損害を与えたとすることが出来る」
「そう。そしてその資産価値は不定。
銅貨1枚も稼げない穀潰しになるかもしれないし、金板1万枚の価値に比肩する才人となるかもしれない」
「殺そうものならそれぐらいは支払わせる気じゃな?」
「もちろん。ルナブラッド王家だって容赦はしない。払わないと言ったらその債権を黒の竜の里に売り付ける」
「その事はもちろん告知するのじゃろう?」
「それはするさ。平民も4年生となって貴族と共に勉学をする段階で説明する。平民が悪用しないように言い聞かせるし」
さすがにそんな騙し討ちはしない。けど、理解できない馬鹿は必ずでる。特に最初期は。
……平民1人の為に西の王家が動くなんて思えないだろう?
その空手形にクリムゾン血統が乗れば、初期投資の金板108枚は一気に減るが期待するのは問題だ。
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赤緑 3日
「フォル。…聞いておるのか? フォル!」
「爺さん? …ああすまない。これを話した時の爺さんの唖然とした顔を思い出していた」
「性格悪いのぅ。こちらは戻り次第動き始める。フォルはクリングオルフのサート家に礼を言いに行くのじゃぞ?
頼むから、あそこを貶めて帰ってくるなよ?」
「それはもちろん。…向こうがアホな対応を取らなければ」
「お主は…。まあ、あの家の現当主はかなり優秀と聞く。良い勉強になるじゃろ」
「そうありたいものだね」
馬車の振動は徐々に減っている峠を越えて西部に戻ってきたのだろう。
……そう言えば規模の申告は、中央のどこの貴族にも言っていない。
完成式典では驚くだろうな。
或いは動乱以上の騒動を乗せて馬車は、一路レルテを目指す。




